第28話

 誘拐事件は警察の仕事ではないのか――と。冒険者ライセンス取得のために勉強していた頃、リコネスは疑問に思ったことがあった。

 都市、あるいは主要な町には、国営である警察組織が設けられている。逆に言えば、その設置こそが町の規模を示す基準ともなるのだが――東都ヴィレアゾットにも当然、警察は存在していた。百を超える警察官が所属し、全く正常に機能している組織である。

 しかし人数や機能の有無とは関係なく、誘拐事件は基本的に冒険者ギルドの管轄とされるのが通例となっていた。場合によっては警察に駆け込んでも、ギルドへ回されることがあるほどだ。

 これは冒険者の方が盗賊を相手取るのに慣れており、誘拐という暴力的な事件を起こすのが、それに分類される武装集団であることが多いためだった。

 ただしそれは警察に対する民衆の期待を裏切るものではなく、反対に企業犯罪などには警察が必要とされることになる。

 つまり最も簡単に言えば、荒事は冒険者に、法的な取締りは警察に、というのが一般的な解釈だった。

「たいていの場合、荒事になった時点で逮捕するのに令状が必要なくなるわけだしね」

 というのは同行員になってから、ローザに聞かされた話である。

「――もっとも、私たちが今から行うのは犯人逮捕ではなく、人質の救出だがね」

 こちらの心中を読むように言ってきたのは、マナガンだった。

 リコネスはハッとして顔を上げた。物思いに耽っていたため、状況が上手く把握できていなかった。

(また、私は……!)

 自分を強く叱咤して、急ぎ周囲を見回す。

 ヴィレアゾットから北西に向かった山間の町。ミッドウォー。

 東部はかつてこの地から始まったとさえ言われる旧都市である。

 ヴィレアゾット以上に、直接的に三方を山と森に囲まれ、街道に続く正面から以外の侵入を全く許さない様は、その説が全くの出任せではないことを暗示していた。

 そうした立地だというのに刑務所を内包する警察組織の建物が存在し、土地面積も広く、当時の最大人口は大陸でも屈指だったと伝えられている。

 その時の正確な数字は定かではないが――代わりに現在の人口は正確に断言できた。

 ゼロである。

「この地が廃墟と化したのは六年前のことだ。ある凶悪なモンスターの軍勢に襲撃され、滅びた。お前たちの記憶にはないかもしれないが、私は冒険者としてここで戦ったことがある。負傷し、撤退を余儀なくされたがね」

 そうしてこの東部始まりの町ミッドウォーは盗賊に占拠され、神官の娘を監禁する場所として利用されてしまったのだ。

 リコネスはそうした会話を聞いてか聞かずか、目を凝らした――

 星と月だけが輝く夜の下。彼女たちがいるのは、そうした廃墟の中だった。

 さらに言えば、民家だったのだろう廃屋の陰である。屋根は崩れ落ちているが、壁は蔦を這わせ、無数のヒビを走らせながらも辛うじて残っている。そこに背を付けることに躊躇がないのがマナガンで、残るふたりは数歩分ほど離れていた。

 三人は堂々と正面の街道を通って町に入り、近くにあったそこへ身を隠したのだ。それも見つかりそうになったからというわけではない。今後見つからないよう、呼吸を落ち着けるためだ。どうせ普通に歩いていてもしばらくは見つからないだろう、というのがマナガンの見立てだったが。

「空は晴れているが、月明かりが不利になるということはない。どうせ暗闇だからだ。その中で、いつどこに現れるかもわからない侵入者を正しく発見するのは困難極まりない」

 最も経験の深いであろう中年冒険者が、今後の作戦のように語る。

「反対に侵入するのなら、闇を隠れ蓑にじっくりと相手を確認できる。目を凝らしてやっと効力を得られる程度の月明かりは、まさしく侵入のための光明と言っていい」

 今がまさにそうだと、彼は天に感謝でもするように頭上を見上げた。

 オデッサはどうでもいいとばかりに鼻を鳴らす。

「ふん、大仰に言いやがって。要するに暗闇に乗じて潜り込むってだけだろうが」

「そもそも請負人がふたりしかいないというのは、秘密裏に潜入して救出しろということに他ならないからな。そしてたったふたりで、潜入のための策などそう多くはない。つまりはひとりが囮になるか、ふたりで忍び込むかだけだ」

「相手の大まかな人数も配置もわからねえ、監禁された建物も、その内部構造もわからねえんだから、陽動の仕掛けようもねえだろう。周りをくまなくぶっ壊せるなら別だけどな」

「全くその通りだ。つまりふたりで忍び込む以外の道はない」

 しかしマナガンはそこで「ただし」と付け加えた。

「監禁された場所や構造なら、大まかに把握することはできるかもしれんぞ」

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