第27話

■4


 リコネスは、十日間の同行員業務禁止が命じられていた。

 それは他でもなく、犯罪者の擬装を許してしまったためである。幸いにして大事には至らなかったが、それでも処罰は下り、期間中は事務的な処理作業をこなす、ある種の研修と言っていい業務のみに従事することになった。

 冒険者の活躍を記したいと強く願っていたリコネスにとってみれば、それは本来ならば落胆すべきことだっただろうが――

 今の彼女は、どこか安堵していたのかもしれない。少なくともこうして強制的に同行員の業務から外されれば、思い悩むものはなくなる、と。

 ……もちろんそんなものは単なるその場凌ぎでしかなく、リコネスは胸中の乾いた自分の笑い声と共に、皮肉な苦悩と、絶望的な自覚に悶える他になかったのだが。

「仕事よ、リコネス」

 不意に告げられて、リコネスはびくりと身を震わせた。事務処理を行っていたペンを止め、ぎゅっと拳を握り締める。

 振り返りたくないという思いを抱いてしまうが、そんなことができるはずもなかった。リコネスは恐る恐る立ち上がり、身体の向きを変えた。

 そこにいたのは他ならぬローザである。直属の上司、課長。各部下に同行の仕事を言い渡す役職でもある。

 最近は当然、事務仕事しか言い渡してこなかった。しかし――この日は違うことを、リコネスも気付いていた。

「というか貴女、なんの作業をしてたわけ?」

「……別の人の、同行履歴のまとめです。私が代わるからって、お願いして……」

「…………」

 ローザは嘆息したようだった。怒るとも違う、呆れ混じりの難しい顔付きでかぶりを振って、

「今までは仕方なかったとはいえ、貴女は事務員ではないし、そもそもそれは他人の役目よ」

「はい……」

「気持ちを切り替えなさい、リコネス。――今日からまた、同行員として働いてもらうんだから」


---


 依頼を請け負ったふたりの冒険者を見て、リコネスは驚愕した。

 そして同時に絶望もした。

 ただし、相手の方は全く違う感情を抱いていただろう。内臓をかき回されるような苦痛の表情を、どうにか隠そうとするリコネスに対して、ふたりはそれぞれに肩をすくめた。

「まず最初に、我々が偽者でないことを証明しておくべきかな?」

 冗談めかして言ってきたのは、大柄な男の方だった。汚く焦げた茶色の髪と口髭を持つ、中年の冒険者。鎧の上に羽織るマントは盗賊の女に被せたままだったためか、新しいものになっている。とはいえそれも新品ではなさそうだが。

「マナガンさん……」

 呼ぶともなく名前を呟くと、彼は冒険者ライセンスを見せてきた。確かに、彼のものである。リコネスはそれを細かく調べること自体が苦痛だったが……震えそうになる手を押さえながら、事務的にそれを確認した。

 すると隣から、もう一枚。別の冒険者ライセンスが差し出される。

 それには氏名の欄に、オデッサと記されていた。

 顔を上げ、見やる。革ベルトを巻いたような、艶のない黒色をした衣服。それ自体が防具であることは、以前に目の当たりにした。

 棘めいた髪と、それよりは僅かに明るい色をした瞳。柄の悪い目付きだが、今はそこに現れる威圧的な雰囲気を多少弱めながら、視線だけを逸らしていた。

 「さっさと確認しろ」と急かしながら、彼は言う。

「俺が引け目を感じたんだと思うなら、それは思い上がりだ。俺の条件に合う依頼がこれしかなかっただけだ」

 リコネスが冒険者ライセンスを手に取ると、ふんっと鼻を鳴らす。

「同行員の指定をしようとしたら、それは別の店でやれと言われたからな」

 彼なりに気を遣ったのかもしれないと、リコネスは理解することができた。

 ただしそれでもやはり、その気持ちを汲むだけの余裕がなかった。辛うじて小さく「ありがとうございます」と告げて頭を下げ、ライセンスを返すのが限界だった。

 リコネスは確認を終えると細く長い息をついた。その間、ふたりの冒険者は黙してじっと見つめてきた――同行員による出発の指示を待っているのだろうと、一拍遅れて気付く。

 しかしリコネスはその前に、別のことを口にした。震える喉で。

「おふたりとも、怪我は……」

「怪我? ……あぁ、あの程度のこと、翌日には完治していたと言っていい」

「ふん。まさかあんなかすり傷を気にしてたってのか?」

 冒険者たちはそれぞれ、無事を証明するように身体を動かしてみせた。実際、完治しているのだろう。それは朗報ではあった。

 リコネスもそれに、僅かながら安堵を得ていた。おかげで少しは、前向きな感情が湧いたのかもしれない。

(私は何もできなかった……でもせめて今度は、今度こそは……)

 劣等感と混ざり合ったものでも、それはリコネスにとって、出発するために必要なことだった。そうでもしなければ足が動きそうになかった、とも言える。

「依頼内容は……誘拐された神官の娘さんを助け出すこと、です。犯人は魔獣盗賊団を名乗り、供物となる宝を集めていると語っています」

 そうした盗賊の主張は意味のわからないものだったが、ともかく書類に書かれた内容を全て伝える心地で続ける。

「彼らはその”供物の宝”として神殿の象徴である神像を要求していますが……渡せるものではなく、応じることはできません。犯人の人数は不明。ただし人質の連れ去られた先は、大まかにですが判明しています」

 依頼内容の復唱を終えると、冒険者たちがそれに頷くのを確認し――

「……行きましょう」

 深い感情の吐息の中で、そう告げた。

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