第26話

 ――盗賊はひとまず、トンネルの出口側から最も近い町に突き出し、私たちは帰還することになった。町に冒険者ギルドがなかったため、自警団で事の次第を説明し、事後処理を頼んだ。ギルドへの連絡も頼んだため、賞金の処理も行われるだろう。

 トンネル内にはモンスターがいなくなり、依頼も間違いなく解決したと言える。残る処理までは依頼されていないため、それは村か、あるいは領、国の行うべきこととなる。

 ただ……私は手放しに安堵することができなかった。

「誰かが確認を急かさなければ、もう少し簡単に解決したのだろうがね」

 マナガンが冗談めかすように言う。エルの偽者のことだろう。それが向けられていたのは紛れもなくオデッサだったが、彼はあくまでも否定した。

「どうせ結果は変わらねえよ。見抜ける奴は、あんな悠長な方法なんて必要ない。そうでない奴は、どれだけ入念に調べたって見抜けねえんだよ」

 それでも彼はどこかバツが悪そうに顔を歪め、目を逸らしていた。賞金の辞退を申し出たのも、負い目があったせいかもしれない。

 しかし私は、それに謝罪の言葉を返すのが精一杯だった。彼の気持ちを汲む余裕も、感謝する余裕もない。ただ強く悲観的な衝撃を受け、苦悩せざるを得なかった。

 それは再発の予感や、なんらかの新たな事件の予兆を感じ取ったわけではない。人がスライムに溶かされようとする様についてでもない。

 私の頭には、冒険者の言葉が反響し続けていた。

 命を懸ける冒険者に力を貸さず、見殺しにしようとした――


---


「…………」

 リコネスはペンを止めると、終わりかけていた報告書をぐしゃりと丸めた。それを近くのゴミ箱に放る力もなく、紙の中で項垂れる。

 周りには同じような紙屑がいくつも転がっていた。彼女のデスクは以前に比べて資料の類こそ整頓されていたが、今はその丸まった紙が散乱して、似たような状態に戻っている。

 そして、以前そうしていたのと同じような格好で――以前よりも強く苦悩していた。

(私は……)

 帰還してから既に二日が経過している。しかしリコネスは未だ、その依頼の報告をまとめることができずにいた。

 どうあっても、自分の苦悶で溢れてしまう。頭の中に潜む何者かが自分を常に責め立てているような、そんな陰鬱な感情を消すことができなかった。

 冒険者の姿を、冒険者の活躍をまとめようとしても、以前のように晴れやかな気持ちにはなれない。それどころか正反対に、憂鬱な感情が増すばかりだった。

(劣等感……)

 ふと、そんな言葉が浮かんでくる。

 ただし能力が劣っていることを悲観しているわけではない。リコネスは自分の中に生まれている感情を、今になってようやく理解していた。

 単純なことではあった。

(私は、なんの役にも立ててない……命懸けで戦う冒険者を、ただ見ていることしかできない)

 自分でも奇妙なほど、それは耐え難い事実だった。

 リコネスは両手で自分の顔を覆った。手の平に冷たい、水滴の感触が伝う。同時にばちばちと閃光のように、見たこともない光景がまぶたの裏に弾けた。色はわからない、けれど揺らめくような一色の景色。その中に微かな、幼少の自分の影を見つけて……また流れた雫の感触で、辛うじて元の世界に連れ戻される。

 しかしそれで劣等感や、焦燥感が消えるわけではなかった。

(私は、見ていることしかできない……私は見ていることしかできない、見ていることしかできない!)

 見ていることしかできない――

 けれど、そうであってはいけないはずだと、リコネスの心中は狂いそうなほど悶え続けていた。

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