第24話

 エルが敵の先陣を突っ切り、一気に外周を取り巻くディーバーのもとへと向かっていく。その間に、残るふたりはスライムへ攻撃を仕掛けた。

 マウントスライムは幅も高さも人の腰ほどまでという大きさで、ずんぐりした楕円形をしている。動きはやはり鈍いが、大口を開けるように身体を持ち上げ、冒険者に襲い掛かろうとしてくる。

 オデッサは鞘から剣を引き抜くと、開かれたスライムの口らしき部位を上下にばっさりと両断した。べちゃりと身体を崩れさせる不定形生物は、増殖しそうな雰囲気ですらあったが、意外にもそのまま動かなくなる。

 さらにマナガンの方も、片手用の斧でスライムを左右に分断していた。彼らにしてみれば、この程度の相手など造作もないのだろう。その手際に、スライムたちは間もなく殲滅されるのだろうと思えた。

 決して機敏とはいえない不定形生物を相手に、ふたりはその分だけ丁寧に、確実に攻撃を重ねていき――

 しかし。その隙を狙って突進してきたのは、ディーバーたちだった。

「なっ……!?」

 オデッサが悲鳴と混乱の短い声を上げる。直後、彼は突き出されたツルハシの如き嘴に一撃され、仰向けに吹っ飛ばされていた。

 さらにその後を追うように、マナガンが翼に殴打されて地面に転がる。彼は斧を盾にして辛うじて身を守ったようだが、それでも針まみれの鉄扇より凶悪な翼を受ければ、全くダメージを受けずに済むはずがない。

 オデッサの方はさらに深刻で、革製の衣服の腹部辺りに穴が空いていた。出血は見て取れないが、起き上がれずに呻いている。

 ふたりは少なくとも、すぐには動き出せないようだった。動けるのは私しかいない――私は咄嗟に、護身用のナイフを手にしていた。しかしそれで何ができるだろう? 目の前には十近い魔物が、獲物にトドメをさそうと詰め寄ってきている。

(何もできない……私の力じゃ、どうしようもない……!)

 諦観する胸中の叫びを聞くように、魔物は飛びかかってきた。硬質な体毛と嘴を持つ鳥。冒険者ふたりを一撃で行動不能にするほどの力を持った魔物。自分には何もできない――

 私は咄嗟に身を屈めていた。全てを諦め、頭を抱えていた。そして次の瞬間に、ごすっという鈍い音を聞いた。

 ただし――

 それは私の頭上で響いた音だった。私の骨が砕かれる、内部からの音ではない。

 私は顔を上げた。そこに見えたのは、殴り飛ばされて転がるディーバーの姿だった。しかしオデッサはまだ呻くばかりだし、マナガンはようやく斧を支えに立ち上がったところでしかない。

 ただ、彼はこちらを向いている。正確には私の背後を見つめていた。そして怪訝と驚愕の混じった表情を見せる。

 私もそれを追って視線を動かした。そこには……見たことのある冒険者が立っていた。

「どうにか……間に合った」

 ぼそぼそと低い声で呟くのは、他でもない。エルだった。

 ただし姿は大きく変わっている。前髪で顔を隠しているのは同じだが、ローブを着ていない。下着の上にマントに似た布を一枚巻いただけという、お風呂上りのような格好をしていた。

 ハンマーは持っていない。その代わりなのか、右手には大きな石を握っている。魔物を殴ったのはそれなのだろう。

「エル……どういうことだ。ディーバーを引き付けるのではなかったのか」

「残念ながら、自分はそんな約束していない」

 ふらふらしながらも抗議するマナガンに、エルはしれっと言い放った。

「それよりも今は、敵を倒す」

「……まあいい。確かに、話はその後だ」

 ふたりの冒険者は改めて魔物の群れに向かって行った。私はしばし、それを呆然と見つめてしまったが……ハッと気付き、オデッサの手当てに向かう。

 彼はやはり、出血までは至っていないようだった。穴が空いたのも衣服だけで、腹部を貫通してはいない。打撲はあるが、衝撃に意識を混濁させただけだろう。……毒も、ないはずだ。

 応急的な手当てを済ませると、意識も少しずつ回復し始めた。エルとマナガンの中に混じるのは困難な様子だったが――それでも上体を起こすと、私の横に迫っていたスライムを両断した。

 その頃に、エルたちの戦いも決着したようだった。

 下級に分類される敵だとはいえ、十近い数をふたりで撃滅するというのは、冒険者の力というものを改めて思い知らされるものではある。

 動かなくなった魔物の群れをざっと見回し、マナガンは深く息を付いた。しかしそれは戦いを終え、依頼を完遂しただろうという達成感ではなく――抗議のためだった。

「祝杯の前に、後回しにした話を聞こう。我々が窮地に陥った原因がキミにあると、理解していないわけではないだろうな、エル?」

「全く理解していない」

 凄味を利かせる男の声に、エルはやはり淡々としていた。

「そも、ワタシが原因ではない。これは言い訳ではなく、事実。恐らくはもうすぐ、それが証明される」

「何を言ってやがる! お前がディーバーを引きつけなかったせいで――」

 オデッサはまだ痛みを引きずりながら声を荒げた。

 しかし、それが途中で途切れる。その原因は全員がすぐに理解する。聞こえたのだ、悲鳴が。

「きゃあああああああ!」

 トンネルの奥から、絹を裂くような女の声。私たちは一瞬だけ顔を見合わせると、すぐに声のもとへと向かった。

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