第23話

 トンネル内が爆発したのだろうと、私は確信していた。

 しかし実際には違うのだと、次第に理解できていく。濛々と立ち込める土煙の中、冒険者たちは半ば手探りで一箇所に集まっていた。それが私の周りであるのは、私を守るためではなく、道の中央だからだろう。

 目を凝らして見てみれば、彼らは全員が背を向け合うようにしながら武器を構えていた。

 やがて煙が薄れていくと……十数に及ぶ影が浮かび上がってくる。

 さらに完全に晴れる頃には、ハッキリとわかる。それらは鳥の姿をしていた。ただし鳥類とは呼べない――モンスターだ。

 ダチョウを一回り小さくさせたような姿をしている。首が太く、筋肉質なのが、一見してわかる違いだろうか。細かく見れば嘴がツルハシのような湾曲と鋭さを持ち、体毛は針めいている。

「い、いつの間に……!?」

「さっきのは、こいつらが現れたせいだろう。巣の拡張中に私たちの侵入に気付き、壁や天井を破って出てきたのだ」

 マナガンの説明に、そんなことができるのかとは思わなかった。同行を任された際、モンスターについても調べている。

「って、そ、そうだ! このモンスターの情報は――」

 と、私が告げようとした時だった。

「あいつはディーバーだ! 飛べない代わりに地中に潜りやがる。異様に硬い嘴と羽を使って岩山に巣を作る、鳥型の蟻かモグラみたいなやつだ――だがそんな情報、いまさら必要ねえ!」

 早口に怒鳴りつけられ、私は息を呑んで身を縮こまらせた。さらにその間にも、彼の怒声は続いた。

「お前は黙って記録だけしてればいいんだよ! 知識も経験も、同行員なんぞより俺たちの方が遥かに上だ!」

「それは……」

 その言葉は、紛れもなく事実だった。少なくとも私はそれに反論する術も資格もない。思えばこうして情報を伝えるのも、遅すぎる――

「話は後だ、来るぞ!」

 マナガンの声に呼応するように。

 ディーバーの群れは一斉にこちらへ飛びかかってきた。

 二本の足は棒を組み合わせたような形状だが、太く力強い。鋭い爪を持つ二本指で地面を抉るように蹴って、跳躍すれば天井までも簡単に届く。

 実際、数匹は天井を蹴って急降下してくるようだった。しかし地上で突進してくる固体もいるため、冒険者たちはその両方に対応する必要を迫られる。

 真っ先に動き出したのは、オデッサだった。残るふたりの前に飛び出し、突進する魔物群に真っ向から戦いを挑む。

「直進馬鹿が!」

 彼は剣帯から鞘ごと抜き放つと、それで先頭のディーバーの足を薙ぎ払った。それも、両足が浮いている瞬間を狙ったのだろう。がづっと石を殴りつけるような音が響くと、モンスターは空中でバランスを崩し、速度そのままに地面を転がった。

 さらにオデッサはそれを見送るまでもなく、次の標的へと動き出している。身をひねる勢いで、二匹目の首へ鞘ごとの剣を叩き付ける。

 ぎゃっ! という音は、あるいはモンスターの悲鳴だったのか。脳を揺さぶられたように横倒しになり、隣を走っていた一匹を巻き込み転倒する。

 最後の一匹は、走る途中で狙いをオデッサひとりに定めたらしかった。かなりの速度にも関わらず機敏に旋回すると、流れるような動作で体当たりを仕掛けていく。

 しかしその途中で、今度は別の何かに真上から殴り倒された。それは柄の長いハンマーである――エルの得物だった。確か、柄には剣が仕込まれているはずだ。

「……この杖は、なかなか便利」

 彼女はそう呟くと、杖だと主張するハンマーを上に向かって振り回した。ごしゃっと叩き潰すような音を立てて、急降下してきたディーバーの一匹を打ち払う。

 その近くでは別の一匹も、地上に落ち切る前に脳天を割られていた。マナガンの斧が、魔物の硬質な嘴すら叩き割っている。

 私はといえば、頭を抱えて身を縮こめる他になかった。すぐ近くに落下した魔物がその鋭い嘴を地面に突き立てるが――嘴を引き抜き、私に狙いを付ける頃には、マナガンの斧がそれを叩き飛ばしていた。

 魔物の群れは瞬く間に打ち払われ、少なくともそれで最初の攻撃は終わったらしい。絶命するか気を失うかした魔物以外はふらふらと起き上がりながらも、冒険者たちの力量を理解し、警戒して距離を取っていた。

 あるいはこのまま逃げ出すのではないか、とさえ思えたが――

「キュルィイイイイ!」

 ディーバーは一斉に、そのような奇声を上げ始めた。

 洞窟全体を振動させるような甲高い絶叫である。私は思わず耳をふさいだほどで、冒険者たちもそれは同様だった。

 そして――声が収まった時。冒険者とディーバーとの間に突如、天井から、べちゃりと何かが降ってきた。

 私はそれを見て、思わず引きつる声を上げていた。

「こ、これ……スライム!?」

「マウントスライムと呼ばれている種族だろう。ディーバーの巣に寄生していることが多いのだ。半透明の身体は、触れている部分と同じ色に変化させることができる」

「え、あ……そ、そうなんですか?」

 マナガンの解説に、私は感心するほかになかった。その情報は知らなかったのだ。

「身体がやや硬く、通常のスライムと違って火に強く、通常のスライムと同じで殴られることに強い」

「じゃあ無敵じゃないですか!?」

「世の中、無敵の魔物などいないものだ。ましてこいつの場合は、通常とは逆で刃に弱い」

「話は後じゃなかったのか?」

 と、横から皮肉に告げてきたのはオデッサである。

 マナガンは話を打ち切ると、それに余裕の笑みを返した。

「そうだったな。では手早く処理して、話の続きをさせてもらおう」

 ふたりがそれぞれに得物を構える。敵は扇状に展開しており、マウントスライムの数は十にまで及んでいた。ディーバーもまだそれに近い数がいる。

 それらの状況を見回して、言ってきたのはエルだった。

「……数が多い。分担をするのが効率的」

「ふむ、それは言えるかもしれんな」

「手分けして倒すってのか? 誰がどれをやるんだ?」

 提案に、ふたりの冒険者も頷いたらしい。エルは先頭のスライムをハンマーで牽制しながら、

「私の武器は、スライムには向かない。私がディーバーを引き付ける間に、スライムを」

「なるほど、いいだろう」

「へっ、すぐにそっちへ行ってやるよ」

 私はエルの言葉に若干の違和感を抱いたが――冒険者たちは納得し合うと、合図もなく全員が同時に動き出した。

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