第19話

■3


「では改めて、請負人の確認をさせていただきます」

 依頼遂行のために出発する準備が整うと、リコネスはそう告げて左右に視線を走らせた。

 ヴィレアゾット冒険者ギルドの前である。正確を期するなら依頼受付所、事務局、斡旋所と三つに分かれるギルド棟のうちの、事務局裏門前となる。

 表には冒険者の向けの商店などが軒を連ねて賑わっているが、裏門となれば閑散としている。倉庫や貸し会議室など、人の出入りが少ない施設が多いためだ。

 反対にそういった場所であるなら、特定の集まりの中に無関係の者が紛れ込む心配がないとも言える――例えそれが、たった三人の集まりだとしてもだ。

「まず――マナガンさん」

 依頼を請け負った冒険者の一覧が記されている、依頼受諾書を見ながら。リコネスは改めて冒険者を確認していく。

「ああ、間違いない」

 返事をしたのは、左に立つ中年の男。歳は三十五。汚く焦げた茶色の髪と、同じ色の口髭を蓄えた、堀の深い顔をしている。

 背が高く、がっしりとした身体つきに鎧を着込み、それがいっそう屈強な印象を強くさせた。全身鎧ではないが重戦士といった雰囲気であり、ボロボロのマントの下から覗く片手用の斧からも、それが感じられる。

 リコネスはそれらの特徴を観察しながら、受諾書に記された本人の特徴と一つ一つ比較し、確認完了の印を付けていく。

 ……もっとも、そもそも別人が請負人に成りすますことに大した利点がないため、たいていは省略される作業なのだが――リコネスは熱意を漲らせ、正式な手引きを丁寧に辿っていった。

(しっかりしなくちゃ……私にできること、全部やらなくちゃ)

 そうした思いが彼女をかき立てていた。必死にならなければいけない。何に対してかわからないが、とにかくそういった焦燥感だけは強く感じていた。

 マナガンに冒険者ライセンス――手の平大のカードだ――を提示させて確認を終えると、ようやくその隣の人物に向かう。

 彼は既に焦れているように片足を揺すっていた。そっぽを向いて不機嫌な顔をしている。

「次に、オデッサさん」

「…………」

 返事はなく、目も合わせてこない。しかしおどおどした様子ではなく、くすんだ灰色の瞳を柄悪く、異様に鋭くさせていた。

 資料によれば十八歳の青年である。一本一本が棘のような短い、瞳よりも暗い色の髪を持っている。

 マナガンと比較すれば幾分か見劣りする――とはいえ十分に戦闘的な体躯に纏うのは、伸縮性のある革のような素材を使った、身体に張り付く衣服だった。艶のない黒色をしており、一見すればベルトを滅茶苦茶に巻きつけたようにも見える。

「え、と……ライセンスの確認をさせていただきたいのですけど」

「…………」

 提示を求めるが、彼はやはり返事をしてこなかった。ライセンスを取り出す素振りも見せず、苛立つように腕を組んで、擦れた青年めいた顔を酷くしかめている。

「あの……オデッサさん、ですよね?」

 不安になって改めて問うと、ようやく彼はこちらを向いた。しかしそこに異様な圧力を湛えながら、睨んでくる。リコネスが思わず怯んで息を詰まらせると、入れ替わるようにオデッサは口を開いた。

「子供の遠足じゃねえんだ。点呼なんか取る暇があったら出発させろ」

「え、で、でも……」

 自分の声が竦んで震えていることを、リコネスは自覚する。だからこそ一度言葉を区切ると、深呼吸して改めた。焦燥感をやる気に変換しようとしながら、精一杯に毅然と言い返す。

「円滑な依頼遂行のために、必要なことですから」

「俺は今までいくつも依頼を受けてきたが、こんな”おもり”めいたことは一度もされたことがない」

「それは……」

 あっさりと言われて再び言葉に詰まる。今度は恐怖したわけではないが、萎縮はしていた。実際、リコネスもこの工程を行ったのは二度目だった――一度目は研修の時である。

 リコネスが反論に困窮していると、オデッサはチッと小さく舌打ちした。

「この依頼は外れだな。同行員が新人じゃないことも条件に入れるべきだったか」

「…………」

 あからさまに向けられた害意に、リコネスは沈黙した。新人であることは事実だし、自分が有能でないことも自覚しているため、それに反論はできない。かといってそれを外部から抉られると、強い痛みになった。

(私は……)

 そうした苦痛に顔をしかめて、耐えるために拳を握る少女を見かねたのだろう。言葉を返したのは同じ請負人の冒険者である、マナガンだった。

「オデッサ。お前が新人でないのなら、それは口に出すべきではないな」

「ふん。そいつがいかに無能で間違ってるかってことは、さっさと教えておいた方がいいだろ。自覚させてやってるんだから、感謝してほしいもんだな」

 即座に反論し、マナガンの方を睨みやるオデッサ。しかし続く言葉が聞こえたのは反対側だった。そこにいた人物は、リコネスにとって覚えがある。

 毒々しい紫色のローブで全身を覆った女冒険者、エル――彼女が青年に向かって、低く聞き取りにくい声を発していた。

「……同行員は、ある種、絶対的な存在。どんなやり方であれ、従うしかない。依頼の成否を証明するのは彼女らしかいない」

「その証明ができそうにねえってことだよ」

「…………」

 三人の口論を聞きながら、リコネスは沈黙するしかできなかった。傍観していたのではなく、自分の些細な行動による諍いに混乱し、動揺し、思考できなくなっていたのだ。

 そのうちにオデッサがもう一度舌打ちすると、他の冒険者ふたりまでも置いて、さっさと歩き出してしまう。彼が数歩以上も離れていった時、ようやくリコネスは思考を取り戻した。

「あ、ま、待ってください! わかりました……行きましょう」

 結局、解決する方法はそれしかなかった。

 まだエルの確認が残っていたのだが――彼女とは面識がある。エルの方からは何も言ってこなかったが、リコネスは一度だけ相手に視線を走らせると、それで確認を完了とした。

 そうして残る冒険者たちに出発を告げる。ふたりは一度視線を絡ませ合ってから、肩をすくめて頷いた。

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