第20話
(しっかりしなくちゃ……同行員として、しっかりと)
草と花の匂いがそよぐ街道から、乾いた土と石の臭いに晒される砂利道へと変わった景色を横目に見ながら――
つまりは乗合馬車を乗り継いで北へ進んだのち、山に沿うように徒歩で東へと向かっている最中のこと。
リコネスは無言しか流れないパーティーの中、胸中で強く自分に活を入れた。
(考えよう、今の自分にできること。私がやらなくちゃいけないこと――)
しばし悩んでから、ごそごそと手持ちの鞄から依頼書を取り出す。
マナガンが気付いて訝るように視線を送ってくる中、リコネスは咳払いを一つ挟んでそこに書かれた内容を読み上げた。
「えっと。今から行くのはタムロッジ山脈の麓にある、依頼主の住む村です。内容は下級モンスターの群れの退治。元々は山の中に巣を作っていたモンスターなんですけど、最近になってなぜか麓まで降りてきて、村に被害を出すようになったみたいです」
「聞いたことがある。別のモンスターが住み着いたせいで、他の生物が移動を余儀なくされたらしい、とな。今回の事件もその影響なのだろう」
補足してきたのはマナガンである。そこに――つまりその中年冒険者の方に、エルが尋ねる。低く聞き取りにくい声に、警戒心を滲ませながら。
「別の、モンスター?」
「山の裏にあった町や村を一晩で壊滅させたというモンスターだ。詳しくは不明だが、上級モンスターであることに間違いはないだろう」
「依頼書にも、そのことは記載されていません。で、でも町を壊滅させるほどの力なんて……!」
リコネスは恐怖に身震いし、きょろきょろと辺りを見回した。まさかそこに、そのような強大なモンスターがいるはずもないのだが。
砂利のみならず、中に混じる大小の石によって凸凹する道と、乾燥地帯で見られるまばらな樹木とが目に入る。空風と舞い散る砂埃はどこまでも荒涼とした土色をしており、色味が薄く殺風景に、そして魔的に見えてしまう。
そんな中、それよりは若干濃い灰色の髪を持つ青年、オデッサが苛立たしげに声を上げた。
「ンな話はどうでもいいんだよ。原因も、ここにいないモンスターも関係ねえ。俺たちの役目は指定された敵を倒すだけだ」
こちらに視線を向けようともしないまま、腰の剣帯に手をかける。抜きはしないが、いつでもそうできる気配ではあった。
リコネスはふたりの冒険者を挟み、オデッサと正反対の位置を歩いていたが、それでも怖気を感じて身体を縮こまらせた。
「……ところで」
雰囲気を変えようと思ったわけではないだろうが。エルがぼそりと声を発した。前髪に隠れて見えない瞳をリコネスの方へ向けて。
「今から、村に行くのよね」
「あ、はい。そこで依頼主の方と会って、改めて情報を聞き、そのまま村で休憩したのちにモンスターの巣へ向かいます」
エルはその手順を聞き、無表情に――顔の半分が隠れているので表情も読み取りにくいが――頷いた。しかしそうしてから、首を横に振る。
「私は、このまま巣へ向かった方がいいと思っている」
「え? 今から直接、ですか?」
「体力的な心配は必要ない。馬車は休憩のようなもの。歩くのは準備運動と同じ。だから休憩を挟むのは無意味」
「でも……」
実際、冒険者はそれほどヤワなものではないだろう。受諾確認も終わっているため、依頼主に会わなければならない理由もない。
それでもリコネスが停泊を予定に入れたのは、できる限り万全の態勢で戦いに挑むべきだろうという理由に他ならなかった。以前のような――バジリスク討伐の時のような事態を招かないためにも、念入りに情報収集をするべきだと考えていたのだ。
ただし、この二つはある意味で対極であり、また解決しない問題だった。本人が言っているのだからという主張と、それでも万全を期するべきだという主張で、平行線を辿ってしまう。
それゆえ同行員の判断力が問われる場面でもあるのだが――横から、マナガンが割って入る。
「同行員には従うべきだと言っていたはずだが、急に変心したものだな。急ぐ理由でもあるというのか?」
皮肉げに言い、横目でエルを見やる。
彼女は煩わしげな気配を発して、僅かに首を縮めた。それを小さく横に振る。
「違う。私は提案しているだけ。出発してから、現時点で二日が経過している。村へ行って既知の情報を聞くよりも、早急にモンスターを退治した方が得策だと判断した」
だがマナガンはそれにも疑わしげな目を向けて、
「村のことを思って、ということか? 意外だな。キミはもっと利己的な目的を持っているように思えたのだが」
「冒険者程度が、人を見る目に自信を持つべきではない。まして、人情と利己主義は誰しも同時に抱えている」
「四人のうち、その前者が最も欠けているのはキミだと思っていた、ということだ」
「ま、待ってください、ふたりとも! 落ち着いてください」
険悪な雰囲気が漂ってきたところで、リコネスは慌てて声を上げた。手前にいたのがエルだったため、彼女の肩に手を置きながら、わたわたと続ける。
「エルさんがそんなに酷い人とは思えません、けど……その言い争いも今は無意味です。とにかくその、これからの予定は……」
そこまで言った時点で、実のところまだどうするべきかの結論は出ていなかったが、即断しなければいけない状況ではあった。
ふたりの冒険者はリコネスに視線を集めており、オデッサはどうでもよさそうに雲のかかる青空を見上げている。
リコネスは少し考えた末、自信なさげに結論を出した。
「その……確かに、早く退治した方が村のためになりますから、エルさんの言う通り、直接向かいましょう。巣の場所はわかっています」
「賢明な判断と言える」
賞賛してきたのはエルだけだ。表情の判断は難しいが、口の端が微かに上がっているようにも見える。
マナガンは肩をすくめ「元より私はどちらでも構わないがね」と言い、それきりエルに突っかかるのもやめたようだった。
それから四人は再び無言となって、乾いた道を進んでいく。リコネスはその道中、ふと左手にそびえる山を見上げた。
近付いているおかげで全貌を望むことなどできないが、そこにモンスターが生息していると思うと恐ろしくもなる。まして今からそれを倒すとなれば、自分が戦いに参加しないとしても緊張する。魔獣との戦いを経ても、あるいはだからこそ余計に恐怖が付き纏った。
(それでも私は、やらなくちゃいけない……同行員としてできることを、やらなくちゃ)
張り詰める空気の中、リコネスの頭にはそうした意志が、呪詛のように回っていた。
ただ、不意に考えてしまう――彼女の心中に一瞬だけ、真っ暗な光が走った。
(私は……何ができるんだろう?)
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