第18話
その日は――いや、その日も。
リコネスはひとり、頭を抱えるように机に突っ伏していた。
以前にランク二への昇格を聞かされ、歓喜した大部屋とは違う、『派遣管理十一課』と記された小さな事務室である。そこにある自分の机で、彼女は乱雑に置かれたいくつもの書類の中に紛れていた。
周囲には同僚の机がいくつも並んでいるが、たいていは同行の仕事で出払っている。そのためひとりになることが多く、こうしてうつ伏せるのに気を遣う必要もなかった。
「私は……」
「まだ落ち込んでるわけ?」
誰もいないと思っていた室内で不意に声をかけられ、リコネスはハッと顔を上げた。
そこには黒く真っ直ぐな長い髪を持つ、パンツスーツの似合う女が立っていた。リコネスは苦悩のために一瞬、彼女の名前を思い出すことができなかったが。
「……あ、ローザさん」
彼女は名前を呼ばれると、勝手に近くの椅子を拝借し、そこに座った。頬杖をつくようにしながら、目を閉じて暗唱するように言う。
「シオン・ラバー。ランク二依頼遂行中、魔獣と思われる生物によって片足を負傷。外面的な負傷の度合いは大きくないが、魔獣の爪に神経毒が含まれていたと思われる。現在、ヴィレアゾット内の診療所で治療中――」
「……毒があったなんて、気付けませんでした」
リコネスが独り言のように言うと、ローザが目を開けた。吐息と共に。
「魔獣の情報なんてそう多くないんだから、気付ける方が稀よ。ましてその冒険者――旅人だったかしら?――は、別に死んでしまったわけじゃないわ。しばらくは動けないでしょうけど、そのまま命を落とすなんてこともない」
彼女はそこで言葉を区切ると、未だ俯く部下に向かって顔をしかめた。
「ランク二の依頼で負傷者が出たからって、気に病んでいたらキリがないわよ。きつい言い方だけど、死者が出なかっただけマシよ。まして魔獣と戦ったのならね」
ローザは何度かこうして、リコネスに声をかけていた。単純な励ましというより、受け止めることを教えるという様子だったが。
いずれにせよ部下の方は、どうしても肩を落とすだけだった。
しかしそれでも、その日は少し変化があった。リコネスは僅かに顔を上げると、首を小さく横に振った。
「違うんです。そのことは……ショックでしたけど、無事ならと思って安心したんです。ただ……」
「ただ?」
「……すみません、上手く説明できません」
しゅんとして、リコネス。
言葉にすることができなかった。帰路の時と同じ。いや、それよりも強く、大きくなっている。自分でもわからない感情が膨れ上がって、自分を内側から押し潰そうとしているようだった。
ローザはやれやれと吐息すると、立ち上がった。部下の頭に軽く手を置き、いつもと変わらぬ上司としての口調で言ってくる。
「まあいいわ。とにかく今は貴女の役目を果たすだけよ」
「はい……」
「それがわかったら、早く準備しなさい。仕事よ」
リコネスは再び、頭の上に依頼書を乗せられた。
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