第17話
気を失っていたのかもしれないと、ふと思ってしまう。
しかし当然、それまでの時間の全てを思い出すことができた。最初に思い出したのは私が九歳の頃のことで、次に思い出したのは十一歳の頃のことだったが、それはまあいい。
余りに唐突で、衝撃的で――物理的にも――だったので、記憶が混濁していたのだ。
いずれにせよ私たちは帰路に着いていた。
ぐちゃぐちゃとぬかるんで歩きにくい湿原の中、振り向けばそこにはいくつもの、穴のような真っ黒い円が見える。
その中にひとつ、同種であり異質の、本物の丸い穴があった。炭化した地面を抉り、人間がひとりくらいは簡単に収まってしまうような穴。
紛れもない、エクスが生み出した爆破跡である。
――魔獣の死は間違いないことだった。正確に確認したわけではないが、まさか飛び散った部位を全て集めて復元しろとは言われないだろう。
「まあ水溜りが増えただけなンだかラ、別にいいンじゃねえカ?」
と言ってくるのは、当のエクスだった。
爆弾数個分の爆発を最も間近で受けたはずだが、信じがたいことに彼は致命的な怪我を負わなかった。複数の小さな怪我はあるし、今も他のふたりの冒険者に両肩を支えられた状態だが、意識もハッキリしている。
曰く、爆発の威力を殺す術は熟知している、ということらしい。
頭からつま先までずぶ濡れで、泥や水草が各所に張り付いているのは、吹き飛ばされて頭から水溜りに突っ込んだせいだが、それも狙ってのことかもしれない。
しかしシオンは当然、怒っていた。疲労のためか汗を滲ませ、表情を険しくさせながら。
「全くよくない! 一歩間違えばお前も今頃、魔獣と一緒に散り散りだったんだぞ」
「魔獣と戦ったンダ。命の危険は当然ってもンだロ? はっはァ!」
ひとりでは動けないながらも、なぜか異様なほど陽気な少年。隣ではエルが、何か妄想に耽るような顔でぶつぶつと呟いては笑っていたが、ともかく。
私はそれよりも気になることがあった。シオンの言葉と同じような気持ちだが、また少し違う。
「あの……」
冒険者たちから一歩分ほど後ろを歩きながら、私はそれを尋ねなければならなかった。
足は止めないまでも、彼らが振り向くのを待ってから、なんとなく恐る恐る聞く。
「どうして、あんな無茶をしたんですか?」
「……それは魔獣との戦闘のこと? それとも、彼の自爆のこと?」
聞き返してきたのはエル。私はそのどちらにも頷いた。
「両方です。両方とも……死んでしまっても、おかしくないことですから」
冒険者たちは一瞬顔を見合わせた。そしてまた私の方を向くと、最初にシオンが言ってくる。
「あの時も言ったが、村が危険だと思ったからだ。たとえ世話になった村でなくても、同じことを思って、同じことをしていただろうけどな」
「見過ごして、見殺しにするようなことはできない。それは許されない。……もっともワタシは、ほとんど何もできなかった。もっと命を懸けて冒険者を守り、敵を倒すべきだった」
「命を……」
エルの言葉を、私は口の中で反復した。命を懸けて――
最後にエクスが、快活に笑う。
「それに命懸けじゃねえト、やってられねえヨ。何しろ依頼だっテ、命が懸かってるンだからナ。命の”懸け合い”じゃねえと不公平ってもンだロ?」
「……!」
その時、私は何か大きなものを感じた気がした。強い衝撃に、身体ごと揺さぶられたような、そんな気持ちだった。
正体はわからない。言葉にすることはできなかった。ただ私は……
……言葉にすることができない。
「その分、オレの勇敢な活躍をしっかり記録しておいてくれヨ! ははハ!」
「アナタの場合は、ただの無謀」
「そうカ? これこそ冒険者のあるべき姿だと思うンだけどナ」
「……言いたいことは、わからなくもない」
そんなエルとエクスのやり取りを聞く間も、私はどくんどくんと大きく脈打つ心臓に、苦しささえ覚えるほどだった。
全くわからない、わからなければいけない気がする”何か”を抱いて、焦燥のようなものも感じていたかもしれない。
しかし、いずれにせよ――私があれこれと思い悩むような余裕はなかった。
軽口のように会話を続ける中で、不意にエクスの身体が、ぐらっと大きく傾いた。エルが慌ててそれを支えるが、当人はきょとんと目を丸くしている。
彼は全く変わっていなかった。傷付き、ろくに動けないままだが、意識も神経もそのまま。身体が傾いだ時も、張りのある少年らしい声音で驚きの声を上げていた。
エクスは全く無事だった。しかし彼が傾いたのは、一方の支えを失ったためである。
湿地のぬかるんだ音を立てて――倒れたのはシオンだった。
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