第16話
「避けろ!」
「っひあああああ!?」
ようやく悲鳴を上げられたのはその時だった。シオンの号令を聞くまでもなく、私たちは散り散りにその場から飛び退いていた。
冒険者たちは華麗に、私は必死に地面を転がり、灰まみれになりながらも魔獣の圧し掛かりから逃れる。
なんとか止まり、顔を上げた時に見えたのは、煤けた魔獣の姿だった。ダメージはあるのだろうが、爆弾の一発程度では致命傷まで至らないらしい。全身から薄い煙を上げているのが、暴悪な怒りのようにも思えてしまう。
「要するニ――」
と呟いてきたのは、エクスである。私は彼の近くに転がっていたらしい。常に快活な笑みを浮かべていた少年は、今も同じだった。どこか戦闘的ではあるが、興奮した横顔で歯を見せている。
「あいつの近くにいくと酸欠になっテ、動けなくなったところで焼かれるってわけダ」
「そ、そんな!」
「ついでに言えバ、矢でも槍でも届く前に焼かれて使い物にならねエ。剣で斬るなンて自殺しに行くみたいなもンだナ。爆弾は火が点かないから問題外ってところカ? 矢と一緒に使えばいいかもしれねえガ、誰も持ってないしなァ」
「それって……つまり、手立てなしってことじゃないですか!?」
絶望的な状況を整理されて、私は自分の頭が恐怖に塗り潰されていくのを自覚していた。浮かんでくるのは、やはり一つの行動しかない。
「やっぱり、逃げないと……早く逃げないと!」
「シオンも言ってただロ? ここで依頼を投げるわけにはいかねえってナ」
「でも……」
反駁する私を遮るように、エクスはニカッと笑みを向けた。
「冒険者は命懸けで依頼を遂行するってもンダ」
直後。着火道具で手際よくいくつもの爆弾に火を点けると、それを抱えて魔獣のもとへ駆け出した!
「おらおらァ! 食らいやがレ!」
熱狂したように叫びながら、威勢よく爆弾をぶちまける。
しかし魔獣はそれを一瞥すると、トサカを打ち鳴らすことで酸素消滅の魔法を唱えたらしかった。全ての導火線の赤い点が、あっさりと消えて煙だけになる。
五、六個ほどの爆弾は、ただの黒い球となって魔獣の周りに落下した。
「やっぱり、爆弾じゃどうしようもないですよ!」
「そうでもねえサ――」
私が叫ぶと。しかしエクスは笑ったのだろう。彼の声には、私とは全く正反対の感情が込められていた。
「これであいつは逃げられないンだからナ!」
その言葉で、私はようやく気が付いた。ぶちまけられた爆弾が、魔獣の周りを囲んでいる。そしてそこから逃がさないようにと、他のふたりの冒険者も取り囲むような位置についていた。
「さあ偽バジリスク、魔法を使ってみやがレ! そうすりゃお前は木っ端微塵ダ!」
「そっか、これなら加熱の魔法は使えない! でも酸素は……」
「そんなもの、少し我慢すればいいだけ」
エルの低い声が、遠くからでも聞こえた気がした。
動きを止めた魔獣のもとに、彼女は走り出していた。ローブの下から杖めいたハンマーを構えている。
魔獣がトサカを擦り合わせて、ビィィィィっと不愉快な音を立てる。その瞬間、酸素が失われたのだろうが、エルは息を止めて駆け続けていた。
そして柄の長いハンマーが、とうとう魔獣の頭を捉える――
そう思った瞬間。魔獣はエルの方に素早く振り向くと、大きく口を広げた。同時に、ばちゅっとゴムの千切れるような音が響き、
「ぎゃっ!」
短い悲鳴を残し、エルはその場から消えていた。
正確には、何かに吹き飛ばされたらしい。地面を転がり、元の位置よりもさらに遠くまで飛んでいく。
彼女の身体には、べとべとした縄のようなものが巻きついていた。遠目によく見てみれば、それは……舌だった。
どうやら魔獣が自らの舌を射出したらしい。
「そんな攻撃まで持っていやがったのか……!」
シオンが驚愕し、警戒心を滲ませて構えを変化させる。自分に同じことがされた時、即座に対処できるようにだろう。さらにはその対処法を思案しているように、表情を厳しくさせていた。脂汗を滲ませ、青い顔で歯を噛み締めている。
「くそ、面倒な……動きを封じられたら、今度こそ丸焼けだぞ!」
しかし――エクスはそれを全く無視した。
興奮したような奇声を上げながら、懐からナイフを抜き放って魔獣へ突進していく。
「エクスさん!?」
「へッ、怖がることなんざねエ! 今まで使わなかったってことハ、一度きりしか使えないからに決まってらア!」
魔獣は威嚇に口を開けるが――
彼の言った通りだった。
そこに舌はなく、先ほどの攻撃も行ってこない。
代わりにせめてトサカを打ち鳴らそうとしたようだが、それすら無視してエクスは跳躍し、魔獣の頭に飛び乗った。
そして乱雑に、力強くナイフを振り下ろす!
ただし狙ったのは頭頂ではなく、トサカだった。ぞぶっと皮と肉を貫く音がして、トサカの根元に銀色の刃が突き刺さる。
「ギュアアアアグ!」
それで動かすことができなくなったのか、トサカの振動は止まり、代わりに魔獣自体が不快な絶叫を発する。
エクスはやはり熱狂に笑っていた。
「これで魔法は使えなくなったみたいだナ! つまリ、オレの爆弾は使い放題ってわけダ!」
彼は取り戻された酸素をいっぱいに吸い込み、魔獣の叫びにも負けず吼えると、手元に残っていた爆弾に手際よく火を点け始めた。
「って、ちょ、ちょっと待てエクス!?」
「派手に散れヨ、偽トカゲ!」
シオンの制止も空しく――次の瞬間。私の視界は爆発の赤色に染まっていた。
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