第15話
「……あレ?」
最初に声を発したのは、エクスだった。茂みから顔を出し、きょとんと首を傾げている。そこからさらに一拍遅れて、シオンが跳ねるように起き上がった。
「って、なんで爆発しないんだよ!?」
「オレに怒るなヨ! オレだってわかンねえヨ!」
魔獣越しに口論が始まりかける。
が、そんな余裕などなかった。魔獣は爆弾が不発だったことを見て取ったのか、ぎろりと黄色い双眸をエクスに向けた。そして返却すると言わんばかりに、長い尻尾で爆弾を彼に向かって打ち返すと、自身もそれを追うように飛び上がる。
「うおおおおオ!?」
悲鳴を上げて転がり、落下する爆弾から逃れ、さらにそこへ降ってきた魔獣もなんとか避ける。
しかし魔獣は着地と同時に舌を地面に突き刺すと、トサカを慣らし始めていた。
「エクスさん!」
全く無意味だが、思わず危険を告げる声を上げる。その時には既に、彼は息苦しそうに喉を押さえて地面を這っていた。辛うじて数歩分は離れたが、急激な酸欠で意識を朦朧とさせたのだろう。
私は咄嗟に立ち上がり、駆け寄ろうとするが、間に合わないことは明白だった。
「このッ、やめろおおおおお!」
それでもシオンは、魔獣にも劣らないほどの咆哮を上げて駆け出していた。
間に合わない。明白である。
私は動くこともできず、ただ熱波と酸欠で苦悶する少年と、それを助け出そうとする青年、そして青年を止める女冒険者の姿を見つめるだけで――
次の瞬間。
ずどむっ! と地面が激しく叩き付けられるような音が響き渡った。同時に猛烈な熱風が逆巻き、私は咄嗟に目を閉じていた。撒き散らされる炭が顔や髪に触れるのがわかる。
それはほんの一秒か、二秒かというほどの出来事だっただろう。呆然として、完全には立ち上がらないままだったことが功を奏したらしい。私は激風の中でも吹き飛ばされることなくその場に留まれていた。
目を開けると……雪のように舞う灰の中、エクスと魔獣が消え、代わりに草葉の薙ぎ倒された跡だけが残っている。シオンはエルに押さえつけられる形で、その場に伏せていた。
何が起きたのか咄嗟には理解しかねるが……エクスを探して視線を彷徨わせると、水溜りの中に発見する。
幸いにして仰向けで、顔が水に覆われてもいない。何より意識も保っているようだった。呻きながら、なんとか身体を起こそうとしている。少しすると、そこにシオンが駆けつけるのが見えた。
「一体、何が……」
「爆弾が爆発した。ただそれだけのこと」
答えてきたのはエルだった。いつの間にか、こちらに歩み寄ってきていたらしい。
「え? でもさっきは何も起きなかったのに……」
私の疑問に、彼女は内側からローブをはたき、ばさばさと灰を落としながら。
「魔獣の扱う魔法を誤解していただけ。あれは一つの魔法ではないし、炎を発する魔法でもない」
「えっと……どういうことですか?」
「魔獣が操るのは”酸素”と”熱”だった、ということ」
彼女はローブの下から二本の腕を見せ、その片手に持っていたハンマーの柄を引き抜いた。仕込み杖ならぬ仕込みハンマーだったらしい。柄からは銀色の刃がぎろりと顔を出し、それを見せながら言ってくる。
「一方の魔法で酸素を消滅させ、もう一方で加熱する。魔獣はそれを同時に行っていた。……加熱といっても当然、料理でされるような生易しいものではないけれど」
「なるほどね。そのせいで植物は立ったまま炭化していたし、導火線の火だけを消されたってわけか」
納得したのはシオンだった。額に汗を滲ませているが、エクスを連れて戻ってきたらしい。
その少年冒険者の方も、鎧のおかげか単に身体が頑丈なのか、ひとりで歩いている。そして同様にエルの言葉に納得し、茂みの方を一瞥して歯を見せる。
「ドジな奴だナ。せっかく避けた爆弾ヲ、自分から爆発させるなんてヨ」
「そういったものとは知らず、火だけを見ていたのかもしれない」
真相はわからないと肩をすくめるエル。刃をハンマーの柄に収納し、ローブの中に仕舞い込む。
私はなんとなしにそれを終えるまで待ってから、慎重に、そして期待を込めて尋ねた。
「つまりあの魔獣はもう、さっきの爆発で……?」
「いいや、残念だがそうではないらしい」
断言したのはシオンである。そこへエルが続く。
「そもそも酸素が失われて、爆発こそあれ、延焼は起きなかった。だからこそエクスが無事で済んだ。つまり」
ふたりは油断ない双眸で茂みの中を見つめていた。
私がそれを追いかけ、同じ場所に目を向けると――ごそごそと茂みが大きく揺れ始めた。
ひっ……と声を上げる暇もない。私が顔を青くするよりも早く、そこで激しく、ばちゃんっと水が跳ね上がる。
同時に暗緑色の影が宙を舞い、私たちの方に向かってきた!
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