第14話
先ほどまで緑色だったはずの茂みが、そのままの形を残したまま真っ黒に染まり……モンスターがこれ見よがしに尻尾を叩きつけると、粉となって地面に落ちる。その地面も黒く、一切の湿気がない乾燥した砂漠と化していた。
炭の砂漠――私が今踏みしめているのと同じものが、そこに生み出されている。
逃げるのに必死で目にすることもできなかったが、一瞬の炎によって焼き尽くされたのだろう。バジリスクは口から火を吹くと言われているが、そんなものではない。全く異質の力だと、私は理解した。
そんなことが成せる唯一の方法を知っている。だからこそ驚愕に叫び声を上げた。
「今のって……まさか、魔法!?」
特定の動作や言語を媒体として、任意の現象を引き起こす――漠然とそう説明される特殊な能力。それが魔法と呼ばれるものだった。
これについては、毒液を吐くのと同じような単なる生物の特徴だとか、全く違う超常現象だとか様々な説があるが、真実は解明されていない。そのせいで説明も漠然とならざるを得なかった。
しかし仕方ないことではある。いずれの見解においても共通しているのは、”人間には使用することができない”という点だったのだから。
「魔法を扱う、モンスター……魔獣と呼ばれる怪物」
この中で最も魔法が似合う格好をしたエルが、冗談でも言うように呟いてくる。しかしそれは全く笑えない話だった――
「ま、魔獣なんて上級モンスターですよ!? ランク三の冒険者が、討伐対象の専用装備を整えてようやく受諾可能かの審査に入れるってくらいなんですから!」
代表的なものだけでも……一つ一つ正確に名前を思い出すことはできないが、巨大なものや火を吹くもの、あるいは空を飛ぶものや財宝収集癖のあるものといった、奇怪なモンスターの類だろう。
私はそれら上級モンスターの暴虐な伝説の断片を思い出し、明らかに混乱したし、動揺したし、何より恐怖した。
目の前にいるモンスターも同種の、おぞましい力を持っているのだとしたら……
(逃げないと!)
ただ一つの考えとして、私の頭はそれに支配されていた。
私は明らかに、上級モンスターという存在自体に、それらが持つ能力以上に果てしない、心底から湧き上がる絶望的な感情を抑えることができなかった。頭の中には逃げなければいけないという考えしか浮かばず、激しい頭痛と嘔吐感に苛まれ、視界が白黒に明滅していたのだと思うが、それすらほとんど自覚できなかった。
しかし――私のそうした叫びの中でも、冒険者たちは全く退却の意志を見せなかった。
シオンを中心として、三人は魔獣を包囲するように扇状に展開し始めたのだ。
「な、なんで!? 早く逃げないと……逃げないと!」
「冒険者は受けた依頼を遂行させるってもんだろ?」
答えてきたのは、私の眼前に進み出たシオンだった。視線は魔獣の方を向いたまま、声だけを肩越しに届けてくる。
「正確に言えば俺は旅人だが――この先には小さな村があってな。俺はそこで世話になったこともあるから、放っておけないんだ」
そう言って、どこか不敵に、あるいはヤケクソに笑った。
「それにどうやら、魔法の効果範囲はそれほど広くない。だったら勝算がないわけじゃない」
言葉と同時に、彼は駆け出した。
既に剣は抜き放たれている。人の腰ほどの高さにある相手の頭目掛けて、シオンはそれを振り被った。
「ギュリャァアア!」
しかしそれよりも早く、魔獣が地面に舌を突き刺し、トサカを打ち鳴らして咆哮を上げる。
その瞬間、シオンは大きく横へ飛び退いていた。私のもとまでは届かないが、恐るべき危険を含む熱波から逃れるため、一歩目は足で、二歩目は手を付きながら転がり離れる。
そうしながら彼は、予め打ち合わせていたように叫んだ。熱波に息苦しそうな声で。
「エクス、今だ!」
「任せロ!」
応えたエクスは、シオンとは正反対の方向で、ほとんど茂みの中に入り込みながら腕を上げていた。そしてそれを、唐突に振り落とす――
どうやらその手には、爆弾が握られていたらしい。拳大の球形をした黒い塊が、緩い弧を描いて魔獣へ向かっていく。
(そっか! 自分の周りに炎を出すなら、爆弾を投げれば勝手に自滅してくれるんだ)
私は今更ながらに理解して、炭の地面に身体を伏せさせた。ちらりと見ればシオンも同じようにしており、それを庇う様にエルがローブを広げている。
爆弾は熱波の中で赤熱しながら、魔獣の手前に落下して――
ぼすっ、と炭を巻き上げて着地した。
数秒。沈黙する。
魔獣は既に舌を地面から抜いており、ただトサカを打ち鳴らすだけになっている。その不愉快な、胸のむかつく騒音だけが響き渡り……やがてそれも止まる。
見てみれば、導火線からは火が消えて、薄い煙を上げるだけになっていた。
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