第11話

 向かうのは南西。以前に下級モンスターを退治した川の、さらに上流である。以前と同じく、そこにいるモンスターを退治してほしいという依頼だが――リコネスの意識は以前と大きく違っていた。

(何しろ今回は、中級モンスターなんだから!)

 命の危険まで生まれ始めるという、中級に分類されるモンスター。その討伐に同行するというのは、リコネスにとって恐怖である以上に歓喜だった。

 意気込みながら、彼女は依頼を受けた三人の冒険者たちと共に、魔物の発生地を目指していた。

 川に沿う林を横目に見ながら、晴天の街道を進む。その道中、冒険者のひとりが気楽な声を上げる。

「しっかし奇遇だナ。またお前に会うなんてサ」

 目を閉じて歯を見せ、キキキとどこか猿めいて笑う少年。実のところ出発した時から、リコネスは彼と同じ感想を抱いていた。

 改めて見やる少年冒険者――エクス・ローディン。その名前だけは、依頼の受諾に際して初めて聞いた。しかし顔は見たことがある。

 ぼさぼさに跳ねた赤い髪に、同じ色をした吊り気味の大きな瞳。その顔立ちと、リコネスと同じ程度しかない背丈に加え、常に見せる快活な笑い顔のおかげで、子供っぽいと印象を受けてしまう。実際の年齢は、リコネスよりも二つ上らしい。

 服装も少年めいた、だぼっとしたものだった。冒険者用の厚手の服だがサイズが合わなかった、という風にも見える。一応、上半身を守る薄い鉄鎧を身に付けている。敵の攻撃を受けるためではなく、爆風を受けるためのものらしい。腰には黒い球状の爆弾がいくつも括られていた。

「以前は助けていただいて、ありがとうございます」

「いいってことヨ。報告書にはちゃンと書いてくれたみたいだしナ」

 上機嫌に言って、手を頭の後ろで組む。そんな仕草も子供っぽく――ついでに、その低い背の頭に手を乗せられる様も子供そのものである。

 一方、手を乗せたのは別の男だった。エクスとは頭一つ分ほどの差がある、薄い青色の髪をした青年。

「こんな奴の言うことなんか、いちいち真に受けなくてもいいってのになぁ」

 いかにも好青年じみた声で冗談めかすのは、共に今回の依頼を請け負った冒険者――ではなく、旅人らしい。

 確かにそれっぽい、とリコネスは判断していた。

 シオンという、エクスよりも一つ年上の青年である。細身だが、しっかりとした身体つきではある。濃緑や土色をした、いかにも旅人っぽい形状の衣服を纏い、その上にやや厚めのマントを羽織っている。

 実際のところ旅人と冒険者の違いは曖昧で、辿り着く町々で冒険者業を行う者もいれば、望む依頼を求めて長い旅をする者もいるのだが。リコネスは単純に、マントなどの環境対策の装備をしているか、鎧などの戦闘用の装備をしているかで判断していた。

「どうせまた無闇に爆弾を放り投げて、結果的には助かったってだけだろ?」

「うっせエ。その結果が大事だってンだヨ」

 冗談めかすシオンに対し、エクスもじゃれるように言い返す――ふたりは旧知の仲であり、旅人であるシオンが久しぶりに町に帰ってきたため、ふたりで依頼を受けることにしたらしい。

 小突き合いながらはしゃぐ姿はとても、危険を伴うランク二の依頼には思えない光景だが、リコネスはそれにどこか安堵を抱いていた。ランク二ともなれば、冒険者も常に気を張り詰め、時には冒険者同士の衝突もあるのではないかと考えていたからだ。

 そしてその心配を打ち消すのは、もうひとり――三人目の冒険者である、エルのおかげでもあった。

「ふ、ふふふ、ふふ……」

 毒々しい深い紫色をしたローブで頭からすっぽりと覆った女冒険者、エルの笑い声が聞こえてくる。

 黒い前髪で目を隠しているため、正確な表情は読み取れない。二十歳ということらしいが、その年齢が窺えるものもなかった。背丈もリコネスよりやや高い程度でしかない。

 しかしいずれにせよ彼女は、エクスたちの方を見ながら明らかに嬉しそうに口元を綻ばせていた。涎も垂れているかもしれない。

「固い友情で結ばれたふたり……長く離れ離れだったのが、久しぶりに再会して、ふたりで……ふふ、ふふふ……!」

 低くぼそぼそした声に唾液が混じるせいで、リコネスにはその言葉を聞き取ることができなかったが――

(笑いの絶えない職場! 理想的だなぁ)

 青空の下でそう思い、自分も自然と笑顔になっていた。

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