第10話
■2
「えぇっ! ほ、本当ですか!?」
冒険者ギルドの事務局は、そこそこに広い。もっとも単に事務局と言った場合は、事務を行う建物全体を示すことが多く、目を丸くしているリコネスのいる部屋は”事務室”と呼ぶべきだが。
いずれにせよ、事務室も広い。十以上に分かれる事務室の中でも、とりわけ間抜けに大口を開けて固まっているリコネスのいる部屋は”同行員派遣管理部”として、上から数えた方がいいほどの広さを有している。
数十に及ぶデスクが並び、数百では足りない資料が行き交い、数千を遥かに超える情報が運び込まれてくるのだ。リコネスが現在、倒れないのが不思議なほどの前傾姿勢で立ったまま硬直しているのは、そうした中にあるデスクの前である。
そして彼女の絶叫にも似た大声は、管理部にいた同行員の全てを振り向かせるほどだった。
しかし、それも仕方のないことかもしれない。
リコネスに驚愕の瞳で見つめられた上司ローザ・エヴァンは、うるさそうにしながらも苦笑する心地でそう考えていた。
仕方のないことだ。ギルドに就職してひと月ほどという少女が、危険を伴うランク二の依頼に同行する権利を得たのだから。
「本当よ。二十日ほど前だったかしら? 貴女のランク上昇希望を聞いた時から、上には話していたのよ。私からすれば決定が遅いと怒るほどよ」
「で、でも私、まだランク一の仕事もあんまりやってないんですけど……」
依頼や冒険者と同様に、同行員にもランクの制度がある。経験不足の同行員を派遣して無用な負傷、あるいは依頼遂行の妨げになることを防ぐためだ。
もっとも依頼にはランク二に分類されるものが圧倒的に多く、同行員の数が不足しがちなため、希望すればすぐに昇格するという、ほとんど形骸化しているが。
「だから大丈夫よ」
「うぅん……」
それらの説明を聞き、リコネスは納得したような、実力ではないとわかって残念がるような顔を見せたが。
「ついでに言えば、どの依頼を貴女に回すかは私が決めることだけどね」
これもまた苦笑するような心地で告げる。依頼に対する同行員の割り振りを決めるのは各課の長――つまりはローザの仕事だった。
リコネスはそうした話にもやはり若干の不服や不満、あるいは不安を抱いたようだった。結局は変わらないのではないか、と。
しかし少し考えてから、前向きな解釈をすることにしたらしい。パッと突然に表情を明るくさせ、声のトーンを上げた。
「でもこれで、ランク二の依頼が回ってくる可能性ができたってことですよね! つまりますます冒険者さんたちの活躍を記録できるってことです!」
「まあ、そういうことね」
嬉しそうな部下に、ローザも微笑を漏らして――ふと、何かを思い出したようにまばたきした。
「そういえば貴女、冒険者に憧れているって言ってたわね」
「はい! それはもう、冒険者ごっことかやるのも好きでした! 誰も付き合ってくれないので、ひとりでやっていましたけど」
「そういう悲しい思い出はいいから。それより、どうしてそんなに憧れるようになったわけ? 何か理由でもあるの?」
そもそも冒険者に憧れを抱く人間というのは少なくない。だからこそ依頼も請負人となる冒険者も途切れることがなく、現在のようにギルドが運営できているのだ。
そして憧れる理由というのは、たいていは似たようなものである。つまりは人々を助ける姿、モンスターを退治する姿を格好良いと思ったから、という辺りだ。
リコネスのこれまでの言動、冒険者の戦う姿を記したいといった辺りから考えれば、結局それらと似たようなものだろうと、ローザは推測していた。
しかし、それでもあえて聞こうと思ったのはなぜなのか――ローザ自身、尋ねながらもよくわかっていなかった。あるいは、この不出来な部下のことを気に入っていたからかもしれないと、ローザは胸中で苦笑した。
そうするうちにリコネスが虚空を見上げ、記憶をひねり出すような思案顔で答えてくる。
「えっと……私、ファンフォームっていう村の出身なんですけど」
「ファンフォーム? ……どこかで聞いた気がする村ね」
引っ掛かりを感じるが、すぐに思い出すことはできなかった。
「ここよりもっと北、山の向こう側にある小さな村です。そこで私、冒険者さんに助けてもらったことがあって」
「冒険者にってことは、何か事件でも起きてたわけ?」
「詳しいことはよく覚えてないんですけど……でも、その時の冒険者さんが格好良かったってことだけは覚えてるんです!」
ふんっと鼻から息を吐き、嬉しそうに眉を吊り上げた力のこもる顔で言ってくる。とりあえずローザは、ずいっと寄せてきた顔を押し返して。
「それに憧れて、冒険者の姿を記録しようと思った、ってわけ?」
「実は……助けてもらったあと、近くの町に行ってその話をしたんですけど、みんなにあんまり感動してもらえなくて」
てへへ、と照れ臭そうに笑うリコネス。ローザは皮肉げに、デスクに置かれた書類に視線を落とした。そこにあるのは同行員の報告書である。リコネスのものではないが――彼女が最初に提出した報告書を思い出していることは明らかだった。
「なんでわざわざ町まで行ったのかわからないけど……あの報告書を書くくらいの話術だろうしね」
「だから同行員になって、冒険者のみなさんの活躍をしっかり残したいって思ったんです!」
「残念なことに、全くしっかりとは残せていないけどね。あの報告書だし」
「公表はされませんけど、せめて冒険者のみなさんが活躍したことだけは忘れられないようにと!」
「でもあの報告書だからねぇ」
「それはもう忘れてくださいよおおおっ」
とうとう根負けするように、リコネスが泣きながら上司の足にすがりつく。
ローザも「少し虐めすぎたわね」と微笑し、そのお詫びのように、這いずる部下の頭にぽんと書類を置いた。
リコネスがきょとんとそれを受け取り、そこに書かれた内容を読んでいく。
紙のなくなった頭に、ローザはもう一度、今度は直接に手を置いた。部下の表情が明るくなっていくのを見ながら。
「ま、理由はわかったから――あとはちゃんと、それを果たしなさい」
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