第7話

 現れたのは五人の男。上半身裸の男がふたり、ショルダーアーマーを革ベルトで留めている男がひとり、素肌にジャケットを羽織っているのがひとり――いずれにも無闇に筋肉質で、異様に人相が悪い。

 しかし少なくとも友好的な人々ではないと理解できたのは、顔や格好ではなく、彼らがそれぞれナイフや斧を構えているためだった。

「えぇと、なんとなく盗賊っぽいような気がするんですけど……」

「フッ……奇遇だね。僕もそう思っていたところだよ」

 否定の言葉が欲しくて呟いた言葉に、ヒュアキンはあっさりと同意してきた。

 もっとも否定したところで、事実は変えられなかっただろう――彼らは自ら、名乗ってきたのだ。

「俺たちは魔獣盗賊団っていってな。ここを拠点に冒険者どもを襲ってるんだよ」

 余裕の笑い声を含みながら言ってきたのは、しかし眼前に並んだ五人の男ではない。

 彼らは声に反応して、扉の前から脇へとずれた。すると廃屋からもうひとり、もったいぶる足取りで現れたのは――

「ベインさん!?」

「へっへ。依頼遂行、ご苦労だったな」

 見間違うはずもなく、それは依頼主の男だった。昨日見た格好そのままに、しかし手にはいかにも凶悪な肉厚のナイフを持っている。

 恐らく彼が親玉なのだろう。五人の男に挟まれる形で中央に立ち、ニヤニヤと笑う。

 一方、ヒュアキンもいつもと変わらず軽く笑っていた。髪を弾いて。

「フッ……なるほど。偽の依頼で冒険者を誘い込んでいた、というわけだね」

「そうだったんですか!?」

 ベインは、ゲハハと汚い声を上げた。手にした銀色の刃に、陽光を反射させながら、

「理解が早くて助かるね。わかってるなら、大人しく金目の物でも置いていってもらおうか」

「そ、そんな、困ります! だってそんな……依頼書にない緊急事態とか、いきなり起こされても!」

「そこなのか!?」

 依頼主改め盗賊のベインがなぜか声を上げるが、私は精一杯に困窮していた。

「だって私、まだこの仕事を始めてから十日も経っていませんし、こんな時どうしたらいいか……それにお金なんて言われても、同行員って意外とお給料が少ないみたいですし!」

 私は悲痛に叫んでいた。この時、給与がもっと多ければ穏便に解決することができたのだろうと思ってしまったのは、やむを得ないことだろう。ランク一とはいえこういった事態が起こり、同行員、及び冒険者が危険に晒されてしまう可能性があることを、上層部に理解してもらいたいと思ったところで、私には非がないどころか、現場の生の声を届ける正しき同行員として評価されるべきでさえある。そして評価というものは明確な形で与えられるべき――

 いや、ともかく。いずれにしても私たちには、ギルドが多めに給与をくれない以上は、このような卑劣な連中に渡していいものは何一つ持っていなかった。

「へっ! それなら仕方ねえな」

「僕と戦うつもりかい?」

 六人の盗賊が、じわりじわりと包囲するように広がっていく。ヒュアキンはそれらに視線を走らせながら、余裕の表情を崩さなかったが、形勢の不利には違いない。

「ど、どうしたら……盗賊に遭遇する危険は考慮してましたけど、依頼が偽物で、盗賊に囲まれてピンチに陥った時の対処法マニュアルなんて教えてもらってないし。せめて何か使えるもの……」

 私は慌てて周囲を見回して――そこで、ヒュアキンが手にしている鉄製のケースを発見した。

「あ、そうだ、この荷物! この荷物がどうなってもいいんですか!」

 ヒュアキンからケースを奪うと、叫びながら盗賊たちに見せ付けてやる。つまり――

「フッ……人質とは、なかなかやるね」

「違います! これはそんな卑劣な行いではなく、いわば正当防衛です!」

 懸命に主張しながら、ともかく私は精一杯に凄みを利かせ、盗賊たちを牽制した。

 ……が、ベインは一度きょとんとまばたきしてから、突然に大笑し始めた。

「ゲハハ! そいつがどうなるっていうんだ?」

「ど、どうって……壊すとか、持って帰っちゃうとか、色々あるじゃないですか!」

「お前、その中に何が入ってるのかわかってんのか?」

 なじるように、ナイフでこちらを指してくる。私はそういえばと、ケースを見下ろした。

「それは、わかりませんけど……でも、大事な物じゃないんですか!」

「へっ、開けてみればわかるぜ。それが人質に使えるかどうかが、な」

「何を……」

 妙な含みを持たされて、私は怪訝な思いを抱きながらもケースを地面に置いた。

 そこまで言われては、開けざるを得なかった。好奇心もあるが、確認しないことには人質として使えないのだから、仕方ない。

 盗賊たちが妙にニヤニヤと、そしてヒュアキンがどこか警戒を滲ませながら見下ろす中。私は奇妙な緊張に上がる息を抑えながら、ゆっくりと留め具を外し、蓋を持ち上げて――

 その瞬間。

 私が自力で開けきるよりも早く、蓋はバンッと内側から勢いよく開かれた。

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