第6話

「そういえばヒュアキンさんって、ランク二の冒険者なんですよね?」

 私がそう尋ねたのは単なる好奇心とも言えたが――あるいは目的の集落へ向かう森の中、無言のままではいられなかったためとも言える。

 何しろ一泊してから朝に発ち、まだ日が傾き始めた程度の時間だというのに、森は不気味に薄暗かったのだから。枝葉の隙間から覗く木漏れ日も、逆に恐怖を演出していたと言える。

 まして街道はとうに枯れ果てたように落ち葉と下草に埋まり、どこまでも変わらない風景が続き、吐き気を催す濃厚な緑の臭いが漂っていたのだ。がさがさと茶色い葉を踏みしめる不快な音だけでは、精神が保てないというものだ。

 一方、当の冒険者は軽く前髪を弾いてみせた。

「フッ……当然じゃないか。僕の情報は確認してあるだろう?」

「そうなんですけど、前回も今回も、ランク一の依頼ですよね」

 冒険者、そして依頼にはランクという制度がある。これは駆け出しの冒険者による無謀な挑戦を防ぎ、当人や他の冒険者を守るためのものだ。冒険者が依頼のランクに及ばなければ、それを請け負うことはできない。

 ランクは三つに分かれており、一ならば子供のお守りや下級モンスターの退治など、比較的安全なもの。二となればモンスターの群れや、スライムを初めとするさらに高位のモンスター、あるいは隊商の護衛など、危険が伴うもの。ランク三ともなると強力な大型モンスターの退治や未踏の地の調査など、命の保証をされないものが少なくない――が、まあそこまで大きな依頼はほとんどない。

 いずれにせよ、中級モンスターをも退治できるランク二の冒険者が、立て続けに低ランクの依頼を受けるというのは多くないことだった。必要となる時間がそう変わるわけでもなく、実力と報酬が釣り合わないためだ。

 今にして思えば、私が何気なく行った質問は、そうした冒険者の不可解な言動を調査し、なんらかの犯罪や不正を抑止するという効果もあったに違いない。であれば私が図った干渉は賞賛されるに値するものだが――

 それはそれとして、彼はよくぞそれを聞いてくれたという顔で答えてきた。

「僕は最近、ある発見をしたんだ」

「発見ですか?」

「そう……それはランク二の依頼を受けると、他の冒険者たちも僕と同じランクだということさ!」

 演劇のように片手を胸に、もう片方の腕を広げながら叫ぶ。私はその言葉の意味を、しばし考えなければならなかったが。

「え、っと……それって普通のことですよね?」

「そうだね、当然だ。なにしろランク一の冒険者はそれより上の依頼を受けられないのだから」

 意外にも彼はあっさりと頷いてくれた。しかし、まだ考えが足りないといわんばかりに指を立てて。

「僕の発見はそこからさ。つまり――ランク二の依頼を受けていると、他の冒険者も強くて僕が格好良く見えないのさ!」

 ヒュアキンは堂々と、そして自信たっぷりにそう告げてきた。

 私はまた、その意味をしばし考えざるを得なかったが……

「それってつまり……ヒュアキンさんが弱いってことでは……?」

「フッ……だから僕は低ランクの依頼を受けて、格好良く目立とうと思ったわけさ」

「それ言っちゃったら格好良くないような」

「報告書の中で格好良ければそれで結構!」

「……すごい人だなぁ」

 私の中に湧き上がった感情が、純然たる感心なのか、あるいは単なる呆れなのかは、判断が難しいところだった。

 しかし彼の奇妙な言動に不正や犯罪が一切ないことを証明するために、あえてこれを記しておくことにする。

 ともあれ――

 そうした話をするうちに、私たちは荷物を届けるべき、目的の地へと辿り着いていた。

 その場所への道順は、依頼の代理人から地図を貰っており、また依頼人からも直接仔細に聞いたため、間違いないはずである――要するに、例えほとんど目印がなくとも、真っ直ぐ進むことだけはできたのだ。

 しかしそこは、集落とは言いがたい場所だった。

 一応、一度切り開かれたようではある。ただしその外周は、全力で走れば五十秒ほどで周れてしまうだろう。

 その中にぽつんと一つ、伐採した木で造ったのだろう家が建っていた。きこりの家なのかもしれない。ひとりで暮らすに十分な大きさだが、もう随分と長く手入れされていないらしく、端の方が崩れている。

 当然かもしれないが、他に民家はない。切り開かれ、陽光の差し込む中に、廃屋と化した家が一軒置かれているだけだ。

「以前はここで林業に従事する人がいたんだろうね。でもなんらかの理由――例えばスライムの襲来なんかで辞めてしまったというところかな」

「ス、スライムの襲来……!?」

 脅すような口調ではなかったが、ヒュアキンの言葉に私は恐怖を感じざるを得なかった。慌てて見回すが、幸いにもそれらしい姿はない。

「何もいません、よね?」

「フッ……少なくとも、ここに居住する人間はいないだろうね」

 ヒュアキンはそう言って、廃屋に近付いていった。私も恐る恐るだが、それに続かなければならない。背に隠れるようにしながら、尋ねかける。

「こんなところに届け物なんて、どういうことなんでしょう? それに集落でもありませんし」

「僕としては、荷物の中身の方が気になるね」

 コンコンと鉄製のケースを指で叩いてみせる、ヒュアキン。軽く振っても、中からは音がしなかった。何かがみっしりと詰まっている様子である。

「そういえば何が入っているんでしょうね? 受取人のところで確認してくれって言ってましたけど」

「フッ……つまり”彼ら”が教えてくれるということかな」

「え? 彼らって――」

 私はヒュアキンが足を止めたことに気付かず、首を傾げたままその背中にぶつかった。鼻を押さえて顔を覗かせれば、廃屋まであと数歩という距離である。

 なぜ止まったのか、彼らとは誰なのか――私はそれらを尋ねようとして、けれどそれより早くヒュアキンが答えた。

「ここには誰も居住していない。けれど、拠点とする人たちはいるということさ」

 その言葉に応えるように。

 ぼろけた廃屋の半開きだった扉が、中から完全に押し開かれた。

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