第5話

 東都ヴィレアゾットの周囲は、基本的に森林だと言って差し支えない。

 最も大きな街道の走る西方を除けば、南の林はもちろん、北には山森がそびえている。そして東にも、馬車で三日ほどの距離に森が広がっていた。

 それはヴィレアゾットを囲むとは言えない、と主張する者もいるが、少なくとも間にあるのは小さな町や村だけである。

 そして――そうした町のひとつに、リコネスは冒険者と共に訪れていた。土の道が伸びる、辛うじて村を超えているという規模と雰囲気を持つ町だ。

「フッ……それにしても、またキミが僕の同行員とはね」

「私も驚きです。こんなことってあるんですね」

 もはや見慣れた感のある、前髪の弾く動作を見上げる。瞳に映るのは前回と変わらず、ヒュアキンだった。

 ヴィレアゾットから乗り合い馬車で一日ほど。この小さな町に辿り着く間、ふたりは何度もその偶然に驚き合っていた。

 そして町の中をゆっくりと歩いていく今は、最後にこんな言葉を付け加えてくる

「だけどキミでよかったかもしれない。他の同行員は『格好良く記録してくれ』と言うと、なぜか面倒臭そうな顔をするんだ」

「そうなんですか? 私はそう言われると、がんばらなくちゃって気持ちになりますけど」

「フッ……やはり同行員はそうでなくてはね。キミは将来、大成するに違いないよ」

 冒険者の世辞に、リコネスは照れて頭の後ろをかいた。頬を緩ませながらその気になって、「張り切って行きましょう!」と意気込む。

 大股になって向かうのは――しかし依頼の遂行場所、というわけではない。言うなれば、それは出発地点だった。

「えっと、一応確認しておきますね。今回の依頼は、依頼主さんから渡される荷物を東の森にある集落へ運ぶこと。ただ、森の中には盗賊が潜んでいるという噂があります――だから依頼をしたんでしょうね、たぶん」

「フッ……盗賊程度、僕にとっては相手にもならないよ」

 その言葉に大きな間違いはないだろう、とリコネスは判断した。頷いて、確認を続ける。

「それで、今から行く場所は町の貸し倉庫です。そこで依頼主と会って、荷物を受け取るわけです。受諾の確認は代理人さんがやってくれましたから、ここでヒュアキンさんじゃダメって言われることはありません」

 通常、冒険者は依頼受諾後に依頼主と会い、彼らからある種の許可を貰うことになっている。依頼主としても、自分の依頼を請け負う相手を見定められた方がいい、というわけだ。もっとも、そこで断られるということはほとんどないが。

「倉庫で待っているということは、そこに荷物を入っているんでしょうか? 請負人はひとりでいいということですから、あんまり大きなものではないと思いますけど」

 呟きながら、倉庫を目指す。町はさほど整理されておらず、互い違いのように路地が枝分かれしていたが、迷いやすいというほどでもなかった。

 リコネスの案内によって、道を間違えたのは二回で済んだ。

「あ。ありました、あそこですね」

 目的の建物は、町の東端にあった。

 大きいだけが取り柄というような、かなり寂れた長方形の建物である。恐らくその中に個別の貸し倉庫が並んでいるのだろう。ただし倉庫の入り口は錆びた鉄戸が降りていて、中には入れそうにない。

 そのためか鉄戸の前に、目当ての依頼主らしき人物が立っていた。

「よう。あんたたちだな、俺の依頼を受けてくれたのは」

 近付くと、相手の方から声をかけてくる。リコネスはその姿を確認した。

 一見細身だが筋肉質で、背は高くも低くもない。据わった目付きで人相が悪く、頭髪は完全に剃っている。汚れたタンクトップに、袖のない黒革のジャケットを羽織り、同じ素材のズボンを穿いている。ベルトがトゲトゲ――

「依頼書通りの格好ということは、あなたが依頼主のベインさんですね」

「フッ……僕が請負人のヒュアキンだ」

 ヒュアキンが片手を差し出すと、依頼主ベインはそれをやたらと強く握り返した。

「さて、あんまりここで長話をしたくねえからな。早速だが荷物を頼むぜ」

「確かに、お喋りには向かない雰囲気ですね。……あ、もちろんいいところだとは思いますけど」

 取り繕いながら、リコネスは辺りを見回した。近くにあるのは鎧戸の閉まった商店や、建築事務所と書かれた廃屋だけで、薄ら寂しい環境ではある。倉庫の先はやたらと念入りな鉄柵が立てられ、町を防護している。

 ベインも同じくそれを一瞥しながら――不意に怪談話でもするような笑みを浮かべた。

「実はな……ここは以前、魔物に襲われたことがあるんだよ」

「えぇっ、そ、そうなんですか?」

「ああ。それも木でも石でも溶かして食っていくっていう、スライムとかいうぶよぶよした魔物だ」

「スライムって……中級モンスターじゃないですか!」

 斬ることも殴ることも効かない、低ランクの冒険者を苦しめる代表格として知られる、不定形の軟体生物である。動きは遅いが軟体がゆえにどこにでも入り込み、どこから奇襲を仕掛けてくるかわからないため、ランクの高い冒険者でも油断はできない。一応、溶かされない方法もあるらしいが。

「そっか、それでこの辺りは寂れちゃってたんですね……」

「まあそういうことだ。だから――ほれ、さっさと持っていってくれ」

 愉快そうに笑いながら、ベインは底の浅い、長方形の鉄製ケースを渡してきた。ご丁寧に取っ手の部分まで鉄でできていて、持ちにくい。

 受け取ったのはヒュアキンであり、彼の腕の動きから、それなりの重量があるのだとわかった。

「渡し先は聞いてるだろ? 森の中にある集落だ。相手はまあ、行けばすぐわかるさ。中身についてもそこで確認してくれ」

「了解しました。他に特筆事項はありますか?」

 リコネスが事務的に尋ねると、依頼主は一瞬考えたようだった。そしてニヤリと笑って、

「そこらでスライムに食われないように、ってところだな。張り付かれたら服ごと溶かされちまうぞ」

「ふっ……!?」

「フッ……」

 リコネスは顔を赤らめ驚愕したが、隣のヒュアキンは余裕に笑った。

「僕ほどの冒険者に、その忠告は不要だよ。何しろ僕は裸体でも格好良いからね」

「そういう問題じゃないですよ!?」

 返答に、依頼主はゲハハと豪快に声を上げた。そして釣られるように、ハッハッと高らかに笑う冒険者。

(なんか似てるのかも……)

 リコネスはげんなりと、その笑い合いをしばらく見つめていた。

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