第2話
東部都市ヴィレアゾット。
北方に大きな山脈を望む、近隣では最も栄えた街である。それは都市の面積や人口のみならず、各種施設や文化の面でも同様で、時に周囲の町村を従えるリーダーと見られることもあるほどだった。
もっとも、実際にそれらを統率するような機構は備えていないのだが――そう捉えられるのは、この都市に大きな冒険者ギルドが存在するために他ならない。
人々の困り事に関する依頼と、その解決を行う『冒険者』という人々とを繋ぐギルドは、警察組織と比肩する影響力を持つとさえ言われている。
「そうしたギルドの中で最も重要とされるのが私たち、『同行員』なのよ」
お説教の口調で言う上司ローザの言葉が、リコネスの頭の中を反響していた――繰り返し十回ほど聞かされたためだ。
そしてそれには続きがある。
「私たちは冒険者に同行し、依頼の遂行を確認しなければならない。そしてそれを伝えるのが報告書。これが正しく書かれていなければ遂行状況はもちろん、依頼の成否が確認できなくなるのよ」
これみよがしに、リコネスが初めて書いた報告書を示してくる。その姿を思い出して、また恐怖に竦み上がる。
「つまり私たちがいなければ、そして報告書が正しくなければ、冒険者もギルドも依頼主も成立しないの。それをしっかり肝に銘じておきなさい」
(銘じてるつもりなんですけど……)
という言葉は口に出さなかった。出したらなおさら怒られるだろうというのは、リコネスにもわかっていた。
ともあれローザはそれらを繰り返してから、リコネスに改めて報告書の書き方を教えたのだ。
依頼遂行中は重要な点のメモを取り、帰還後にまとめるのが一般的である。同行員は冒険者ではないのだから、依頼の遂行ではなく、その様子の記憶に全神経を集中させること。冒険者と友好な関係を結ぶのもいいが、真の信頼関係は互いの役目を果たした末に築かれるものだ――
首を傾げながらそれらを聞くリコネスに、「わかってるの?」と疑わしげに半眼を向けるローザ。
慌てて懸命に頷く部下の様子に嘆息すると、彼女は最後に新たな仕事を言い渡した――
「依頼ランク一。南の河川付近に出現した魔物を退治する……と」
歩きながら依頼書の内容を復唱して、リコネスは隣に顔を向けた。
一般的な、草原地帯に作られた街道である。特にこれと言った目ぼしい障害物もなく、二頭立て馬車と同じ幅の土道が、先に見える林の中まで続いている。
そこを歩いているのがリコネスと、隣を行く冒険者だった。
ランク二冒険者、ヒュアキン・ナルソス。二十三歳。金色の長髪をオールバックにしながら、前髪をひと房だけ垂らした、長身痩躯の冒険者。吟遊詩人めいた、薄手の布が無闇に多いヒラヒラした服装をしている。白と青を基調とし、鮮やかな赤のケープという異様に派手な配色は、本人の趣味らしい。犯罪歴は無し。依頼失敗数、三。備考、自己陶酔のきらいがある。
リコネスは彼を見上げながら、そうした請負人の情報を頭の中に並べていった。
「今回の請負人は、ヒュアキンさんひとりだけですね」
「フッ……下級モンスター一匹の退治なんて、僕だけで十分だってことだよ」
彼はそう言って、自分の前髪を指で弾いた。
「でもうっかりすると呑み込まれちゃうみたいですから、気を付けてくださいね」
「フッ……丸呑みにされるなんて、僕の美学に反するね」
「美学の問題じゃないと思いますけど……」
困ったように頬をかくが、ヒュアキンはあくまでも余裕の表情だった。
「フッ……敗北する時も美しく。それが僕の美学だよ。その方が報告書映えするだろう?」
「いや、なおさらそんな問題じゃないですよ!」
そう声を上げた時、リコネスはふと、あることが気になった。困った顔を、悩む顔へと変えて、冒険者に問いかける。「変な質問ですけど」と前置きしてから。
「報告書の記録って、冒険者さんにとってはどんな気持ちなんでしょうか?」
「どんな、というと?」
「気になったりするのかなって。自分の活躍をもっと克明にとか、自分の気に入った言動をしっかり残しておいてほしいとか」
ヒュアキンはそれを聞くと、また「フッ」と息を吐いた。そしてまた前髪を弾いて、
「当然だよ。僕はそのために冒険者をしているんだから」
「そ、そのために、ですか?」
「僕の格好良い姿が記録される。そう思うとぞくぞくするだろう?」
「ヒュアキンさん限定というわけではないですけど……」
身を屈めながら顔を寄せてくる冒険者に、リコネスは少したじろぎながら困窮する。ただし、全く頷けない話というわけでもなかった。
「でも、そうですね……そうですよね。私が同行員になりたかったのだって、元々は――!」
意気込んで空を見上げ、拳を握る。ヒュアキンはそうした同行員の様子に満足したのか顔を離し、また前髪を弾きながら言ってきた。
「フッ……そういうわけだから、僕の報告書は是非とも格好良く書いてほしいね」
「格好良く、かぁ」
リコネスは澄み渡る青空と、そこに流れる雲を見つめながら、意気込む顔のまま呻った。
そして――閃くように頷いた。
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