第4話 テスラと遊ぼう!

 椋に連れられて俺達はブラザーフッド夜刀浦市支部の基地へとやってきた。


 基地の中は停電の影響か知らないが薄暗い。街を守るこの施設は優先的に停電から回復するようになっている筈だが、まだ治らないのか。


 この調子で停電が続けば医療施設とかインフラとか大変なことになるに違いない。


 思ったよりも、事態は差し迫っているようだ。


「さあ、入って二人共」


「はいはーい」


「失礼するぞ」


 久しぶりに入った応接室はあいも変わらず黒革のソファーとガラスのテーブル以外は何もない殺風景な部屋だ。


「支部長、二人を連れて来ました」


「ありがとう如月君! やあやあ二人共良く来てくれたねえ! まあともかく君達が無事で嬉しいよ。本当にあのテスラが現れたと確認できた時にはおじさん肝を冷やしたものさ」


 ニコニコとした笑顔を浮かべ、如何にも呑気な雰囲気を漂わせたサラリーマン風の男性が俺達を出迎える。


 この無精髭の男性がブラザーフッド夜刀浦支部の支部長“真田さなだ秋成あきなり”である。


「支部長、お久しぶりです。この前の鎌倉での事件以来ですね」


「真田さんこんにちわー!」


 対邪神機関ブラザーフッド。一ヶ月前のル・リエー浮上、そしてそれに伴う全世界的な神話生物の出現に際して現れたNGO、すなわち非政府組織である。


 彼等が各国政府と協力して神話生物による最初の大規模攻撃を撃退した為、俺達は現在も文化的な生活をおくることができているのだ。


「ああこんにちわ有葉君、ティナちゃん。支部長なんて言われるとむず痒いからさ。有葉君も真田さんと呼んでくれよ」


「わかりました。では真田さん、早速ニコラ・テスラの件についてお話致しましょう」


「ああ、そうだね。だがその前に有葉君の知っているテスラの情報についても教えてくれないか?」


「僕も気になるな。なんだか緑郎がボヤかしていたから聞いていなかったけど、こと此処に至ったからには聞かない訳にはいかないね」


「情報という程のものじゃありませんよ? 俺はただ夢を見ただけで……」


「夢? まあともかくおじさんに聞かせてくれよ」


「あれはきっとクトゥルーの夢だと思われます。ニコラ・テスラがル・リエーを襲撃する夢を見たんです」


「その話、偵察衛星からの映像と符合するね。確かに今日未明、何者かがル・リエーすなわちルルイエを襲撃して島を破壊し尽くしたことが確認されている。破壊の痕跡や戦闘スタイルからニコラ・テスラである可能性は高い」


「そうでしたか……。ところで真田さん、ハワード・フィリップス・ラブクラフトという名前をご存知ありませんか? テスラが彼の仇を討つと」


「ハワード? 何故君が知っているんだ。我々にとっては有名人だが、君みたいな元一般人が知っているなんて……」


 真田さんが驚いていることからすると、有名な魔術師か何かなんだろうか。


「どうしたんですか真田さん」


「いや成る程、これならもっと早く君から詳しい話を聞くべきだったな……」


「今朝は何か別件でお忙しかったのでしょう?」


「いや、混乱に乗じて犯罪を起こした望者を捕縛しててね。あと、あのクトゥルーがよりにもよって君達に自分の状況を伝えるというのも信じがたかった。だがそれは君から話を聞くことが遅れた理由にはならない。おじさんの判断ミスだよ」


「まあ、ティナとロクローはパパと喧嘩別れしてるからねえ。どうする? 今ならティナと里帰りしてル・リエー再浮上を手伝えば許してくれそうだけど」


 ティナはそう言ってニヤニヤ笑う。


 特に意味のない裏切りとかストーリー上面白く無いので却下です。


「あいつらの島にはネットが通ってないので論外だ。どうやって俺の作品を世間に発表しようというんだ」


 俺の言葉を聞くと真田さんはほっと安堵の溜息を漏らす。


「安心してくれ有葉君。ブラザーフッドは何時でも君の作品を支援するから」


「俺はこの街とブラザーフッドの味方です! ええ、当たり前ですとも! 人間として!!!!」


「緑郎は本当にぶれないな……まあ良い。とりあえずこのファイル見てくれよ。今朝からテスラについて調べていたんだから」


 椋は応接室の机の上においてあったファイルを俺に手渡す。


「まあみんな座ってくれ。おじさんもそろそろ足腰を労りたい歳なんだ」


 俺はファイルをパラパラとめくり始める。


「はーい!」


「では失礼します……緑郎、ぼっとしてないで座り給え」


「あ、すまんすまん」


 俺は柔らかなソファーに座ってファイルを読みふける。


「ニコラ・テスラ。1923年の第一次ルルイエ浮上事件によって異能グリードが覚醒、ニャルラトホテプの化身として当時最新鋭の一柱であったチクタクマンとの交信に成功。ヴラヴァッキー夫人及びトーマス・エジソンの紹介によりプロヴィデンス支部長ハワード・フィリップス・ラブクラフトと交友を持つようになり、ブラザーフッドに参加。しかし、人外への考え方の違いから当時のブラザーフッドのメンバーと決裂、独自の路線で神話生物との戦いを開始するに至る。その過程でイスの偉大なる種族との技術交換を行っていたともされる。要約するとこんな感じか」


 うん、俺の知っている世界史と違う。


「これはどういうことですか真田さん? 世界史やら何やらで見た名前が混じっているみたいですけど……」


「ブラザーフッドによって隠蔽されたり、捻じ曲げられた歴史は多いってことだよ。おじさん達、正義の味方でも真理の探究者でも無いからさ」


 そう言って真田さんはにへらーと笑う。


 旧支配者だの、外なる神だの、神話生物だの、確かに世の中に広まれば秩序を保てるか危うい真実は沢山有る。


 今だってそうだ。ブラザーフッドの存在によって世間は仮初の秩序を保っているものの、何か一つでも間違いが起きれば何が起こるか分からない。


 それが今の世界の現実だ。良い悪いじゃない。受け入れるしか無いのだ。


 ニコラ・テスラはそれができない人間なのだろう。


「でもさーなんだか不器用そうな人だねえ。過激すぎたのは昔からなのー?」


「ティナの言うとおりだ。ニコラ・テスラは元々人付き合いが不得手だったと思しき節が有る」


 これでも一応作家志望だ。ニコラ・テスラについての知識は多少ある。


「ロクローと同じだ!」


「残念ながら俺は異能を与えられただけの只の人間だ。俺の知識によればテスラは八カ国語を操り、交流電流を実用化にこぎつけた天才。しかもそれだけじゃなくてラジオ、ラジコン、蛍光灯を発明している。俺如きと比べるのもおこがましい」


「へー! 人間にしては頭が良いんだね。それなら私達やイスの連中とでもそこそこ良い勝負するよ、きっと!」


「でも晩年は孤独だったそうだ。今の話を聞くと邪神との戦いのために敢えて人を遠ざけたともとれるな」


 両親が仕事で海外暮らしをしている俺としては、遠ざけられる側の人間の事も考えて欲しいと思うが仕方ない。


「いやー、それ聞くとおじさんも息子のこと心配になっちゃったな」


 真田さんも妻子と離れてここで働いているから辛い立場なのだろう。


「偶にでいいから会いに行ってください。俺みたいにひねくれた奴になりますよ」


「ま、君達にこの街を任せられるようになったらね」


「俺みたいな奴を増やさないように頑張れってことですか? ただ椋はともかく、俺達は外部の人間ですよ。あまり頼らないでくださいってば」


「……いや、実際すまないね。おじさん、君達に苦労ばかりさせているよ。薄氷の上をおっかなびっくり歩くような仕事なんて子供にやらせるものじゃないのに……」


「いえ、その、俺も……」


 椋が俺達二人の暗い雰囲気を見かねて割って入ってくる。


「はい二人共! そういう湿っぽいのは無し! 僕達がやるべきなのは今この街を訪れるニコラ・テスラを倒すこと! そうですよね支部長!」


 椋が俺達の会話に割って入る。


 俺の親友をやっているだけあって、会話が気まずくなった時のカバー力は高い。


 現実って小説程会話がスイスイいかないよね……。


「ははは、その通りだな如月君。あとおじさんのことは真田さんと呼んでくれて良いよ」


「ねえねえ真田さーん、さっきのロクローの説明で気づいたんだけどさ。イスの偉大なる種族と交流してたなら精神交換とかしていたのかな?」


「ティナちゃんの言う通りだな。彼の奇矯な性格はその精神交換の結果って可能性も有るかもしれない」


「精神交換? 一体何だそれは?」


「ああ、それは僕が説明するよ緑郎。イスの偉大なる種族って連中は人間のような知性体の中でも特に優れた科学者や芸術家なんかと自分の精神を交換することで、多種族の文明について調査するんだ」


 成る程、だから高い科学力を保持しているのか。


「調査ね……それなら今のテスラがそのイスの偉大なる種族に精神を乗っ取られているという可能性は?」


「それは無いよ緑郎。イスの偉大なる種族はブラザーフッドに協力している。一部はホムンクルスの身体を使ってブラザーフッドの支部長になっているくらいだ。テスラのように過激な行動なんてとるわけがない」


「分かりました。つまりニコラ・テスラは完全に自らの意思を以てル・リエーを襲撃し、同じくクトゥルーの娘であるティナを付け狙ったと」


「ま、そういうことだね」


 椋が頷く。


「同じ人間が敵か……」


 ため息を吐いていると、俺の携帯電話がブルブルと震えだした。


 発信者不明。


 この状況で考えられる相手は一人しか居ない。


「有葉です。どなたですか?」


 テスラだな?


「わ た し だ !」


 テスラだったね。


「お前か」


「そう、この私! 天才ニコラ・テスラが君に直接電話をかけようというのだ!! 光栄に思い給えそしてありがとうグラハム・ベル!」


「ベルって電話の開発者か?」


「その通り! 君も彼に感謝し給え! 何せ私が君のもとに直接話に来たらブラザーフッドと戦争になっていただろう! 君達はそれに巻き込まれて大迷惑というわけだ!」


「いや電話の発明そのものには確かに感謝はしているが……」


 俺はポカーンとした表情を浮かべている三人に視線を送る。


 支部長が口をパクパクさせつつジェスチャーで『有葉君、とりあえず会話続けて』みたいな事を伝えてきたので俺は黙って頷いた。


「さて、Mr.アルバ!」


「アルバはファミリーネーム。ファーストネームはロクローです」


「おおっと失礼! 日本語は覚えたての人間には難しいみたいだ。許し給えMr.ロクロー」


「わざわざ日本語勉強していたのか……?」


「元々八カ国語に通ずる天才だからな! このニコラ・テスラは! まあそれはどうでもいいことだ。なにせ言葉を覚えることはさして難しいことでもない」


 まあ元々詩作や哲学にも深い素養を示していたらしいからな。


「では一体何の用でわざわざ電話なぞ……」


「決まっているじゃないか。そのティナとかいう娘を引き渡し給え。奴は邪悪の萌芽だ。放置していれば我々人類に致命的な事態を招くぞ」


「お断りだ! 俺は生憎と面白いこと最優先でな。神々から追放され、人間と共に戦う少女なんて最高の題材だろうが!」


「はてな? 今に復活したこの天才の方が余程面白かろうに。ネタ不足ならば私をモデルにしていいぞ。かの魔人エジソンよりも格好良く書いてくれたまえ」


「もしかしてエジソンの伝記が人気なの気にしてるのか?」


「知らんな! まっっっっったく気にならん!」


 そうか、気にしているんだな。俺もその気持ちは多少わかるぞ。繊細さだけなら同類という自信があるからな。


「分かりやすくって飛び抜けた天才キャラって主人公に据えると書きづらい。あと、天才だけならまだしもあまりエキセントリックだと読者が共感してくれない」


「なっ……なにぃっ!?」


「あとあの交流電流? 子供にわかりづらい。ぶっちゃけ俺も頭悪いので理解できてないしな。世界中に電気を送信するシステム位に言えば良いのだろうけど……」


「なんとぉっ!? そうか! 子供には私の業績は理解しづらかったか!」


「仰るとおりだよ大天才。いくら凄くても言葉で伝えなければ人は理解できんのだよ。まったく辛い話だ」


 真田さんが何やら真っ青になって口をパクパクさせている。


 よくよく見ると何やら必死で俺に伝えようとしているらしい。


『有葉君! 無駄に煽らないで!!』


「…………」


 やらかした。やらかしてしまった。


 小説書いているからといって他人の気持ちを上手に察することができるとかそんなことは特に無い。


 特に気にせず言いたい放題言って地雷を踏んでおしまいだ!


 少なくともいまコイツを怒らせて事態が好転する見込みは無い!


 これはやらかしたっぽいぞ俺!


「ふっ、ふはははははははは! そうか! そう見たか! そう見えるのかMr.ロクロー! いかにもありきたりな意見ではないか! 望者アクターとなった男らしくもない!」


 おっと意外にも好感触!?


「世界はありきたりに回って、ありきたりに存在し続ける。その中で生きるありきたりな人間の俺の意見がありきたりであったとして、何の不思議が有りましょう」


「だから愚かなのだ君は! それではまるで洞窟でロバを拝む教皇だ。人は私が死んでいた間に一つも進歩しなかったのか!」


 ああ……この言い回しはニーチェか。そういえば近い時代の人だったな。


 となればあの作品を踏まえた言い回しが良いだろう。


「愚かなりに自ら考えた結論だ。何か間違っていたならアドヴァイスの一つでもいただけないでしょうかね?」


「……ふむ、良かろう。君のことは多少なりと分かった。私が君の導き手ディーターになってやろうじゃないか」


「ディーター?」


「ツァラトゥストラしか読んでないのか! 君はもう少し読書をしたまえ……まあ良い。有葉緑郎、君と少し話をしてやる。私は時間を惜しんで凡才を見捨てるような定命の天才ではない」


「俺と?」


「興味が湧いたんだよ」


 興味が湧いた、ね。


 考え方によってはこれはチャンスだ。


 次回作のネタを集めつつ、テスラに迫って今回の問題も解決できるかもしれない。


 え、問題解決? そんなもの二番目だよ。そんなことより次回作のネタだ。これできっと面白い作品が書ける。


「話をしてくださるのは一人の作家志望として興味深いのですが、それにあたってお願いをしたいことがあるのです」


「急になんだね?」


「現在、夜刀浦市は大規模な停電に見舞われています。この停電の為にインフラや医療施設への電力供給が断たれている状況です。インフラはそれぞれ公務員の皆様が、病院は自家発電によってなんとか支えていることでしょうが、それだって限界が有る筈です。この心配が有る限り、貴方とゆっくり話すことは難しいのではないかと俺は思うのです」


「話が長い。君は頭が悪いのか?」


「…………」


「ああ、失礼。罵倒したつもりはないんだ。要するに君は私を停電の原因だと睨んでおり、できれば解決して欲しいんだな」


「は……はい」


 こいつ絶対友達居ないわ。


「もしかして停電とMr.ニコラは関係ないのでしょうか?」


「有るよ。戦闘の為に失敬してた」


 こいつ……本当にこいつはさあ!


「で、ではなんとかしていただけませんか?」


「良いだろう。私も一時的に臨戦状態を解除してやろうじゃないか。だがしかし、条件がある」


「なんです?」


「私がこれから指定する場所に今すぐ君一人で来い。君の友人達には今のところ興味は無いし、愚かなブラザーフッドもまた然りだ」


「分かりました!」


「場所は駅前のムスタングドーナッツ。その後は私と共に来てもらう」


「分かりました」


 よっしゃあ! テスラに取材ができるぞ!


「覚えたな? それでは失礼するぞ」


 通話が終わる。


 いやーやり遂げたぜ。


「何やってるのさロクロー!?」


「僕はついていくぞ! 緑郎! 君をあんな危険な連中と一緒になんて……」


「はいはいそこまでだ」


 いきなり詰め寄ってきたティナと椋を止める真田さん。


「有葉君の邪魔をしない。貴重な相手の手がかりを得られる機会だしね」


 こういう時には話が早くて助かる。


「待ってください真田さん! 緑郎のことです。すぐにテスラに無力化されて捕まりますよ!」


「今回ばかりはティナもエルフに賛成だよー! また鎌倉でダゴン秘密教団と戦った時みたいに触手まみれになっちゃうよ! 誰も得しないよ!?」


 それに引き替えて、こいつらはこういう時ばっかり!


 確かに何度も捕まったことについては否定しないけどさ! 風魔の残党とか! ダゴン秘密教団とか! 鮫とかゾンビとか! さんざん捕まってますよ俺!


「まあ、とりあえず行って来なさい有葉君。これは支部長としての君への依頼だ。ニコラ・テスラについて調査を行い、そして無事に帰ってくること。これはおじさんとの約束だ。イイね?」


「はい。真田さん」


「ま、何か有ったら素直に助けを呼びなさい。おじさんは冷たい上司だから分からないけど、君も見て分かる通りにこの二人なら絶対かけつけるだろうから……さ」


「反対! 絶対反対! また捕まるに今夜の晩飯をかける!」


「ティナも! ティナも!」


「はいはい、じゃあおじさんは捕まらない方にかけてあげるから奢って欲しいメニューでも考えておきなさい。停電ももうすぐ止まるだろうから今夜は外食だ」


 そう言って真田さんはティナと椋の首根っこを掴みながらニコリと笑う。


「……真田さん」


「なんだい?」


 この人も俺捕まるつもりで話してるよ……。


「い、行ってきます!」


 俺は指定された場所へと向かうべく応接室を飛び出した。


【第四話 テスラと遊ぼう! 完】

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