第3話 イカモノ魔法少女プリティー☆トゥルー!

「フハハハ! 作家の朝はコーヒー! ハムエッグ! トースト! そしてサラダと決まっている! 何故ならそのほうがお洒落だからだッッ!」


 三時間後、俺達は朝のごきげんな時間を過ごしていた。


 呼び出しに備えて俺は中二病患者御用達デザインなお洒落スーツ、ティナは薄手の青いスカジャンに黒いホットパンツと外行きの服装をしていたんだが台無しだ。


「一人暮らし長かった割に料理しないよねロクロー。今度料理作ってあげようか? 魔法で」


「この有葉あるば緑郎ろくろうはお祖母ちゃんっ子だ! 自分で料理の練習なんてしている訳が無いだろう!」


 一昔前のラノベに良くある一人暮らしをしている主人公特有の主婦力なんて、所詮幻想だ。創作者としてそれだけは声を大にして言わせてもらいたい。


「手伝いくらいしてもバチは当たらなかったんじゃないかな?」


 はいごめんなさい、皿洗いくらいしかしていませんでした。


 皿洗い程度で威張るのもちょっと恥ずかしいので話題を逸らそう。


「ところでティナ、さっきはハムエッグと言ったが実は今日のメニューは一味ちがうんだ」


「なぁに?」


「来月から発売される魔法少女プリティー☆トゥルーウインナーの試供品を使ったウインナーエッグだ! お子様の成長に配慮してカルシウムを配合しているぞ!」


 そう、ティナはブラザーフッドの支援の下、魔法少女プリティー☆トゥルーとして地道に町内を守っている。


「やったね! すっごい美味しそう! でもこういう露骨なCMっぽいことってどうなのかな? なんか恥ずかしくない?」

 

 いわゆる邪神側の存在にも関わらず人間の味方をする彼女の物語は大きなインパクトを与えたようで、他の国や街に存在するそういった小神達マイナーゴッズの物語と一纏めにして現在アニメ化計画が進行しているのだ。


 このウインナーもそのアニメのタイアップ商品である。


「俺は俺の作品のスポンサー様のご意向に従ったまでだ! スポンサー様の提供してくださる物ならば、筋書き以外は何でも良しと俺は言うぞ! 存分に召し上がれ!」


「すっかり平和になったもんだねえ。頂きます!」


 そうだ。平和になった。


 大混乱に陥った世界だが、ル・リエーの浮上から半年も経てばこんなものだ。


 ブラザーフッドによる治安維持がなければどうなっていたか分からないが、世界はいまだ平穏である。


 そのル・リエーが今度は沈められた……と聞いてしまった今、俺の心は穏やかじゃないが。


「お味は?」


「悪くないよ。ねえそれよりロクロー、あんまりブラザーフッドと仲良くしないほうが良いよ。あいつら、色々と怪しいし」


「確かにブラザーフッドが信用できないというのは分かる。奴らは魔術師、異能グリードを持つ望者アクター、そして人に与する神々への差別や偏見を無くすというお題目を掲げている。しかしその実、差別の代わりに特別を、偏見の代わりに崇敬を、無辜の人々に強いているのじゃないか不安になるよ」


「そこまで言っちゃう? ロクローってばweb小説家としてティナをモデルにした話を書いて、ブラザーフッドのプロパガンダに協力してるくせに」


「俺は物語の従僕だ。より面白い物語の為ならば、俺は例え神にさえ背を向けるだろう」


「うわー、ロクローったらとんだ節操無しだね! でも安心したよ! じゃあティナはイッシュクイッパンの恩義があるから何が有ってもロクローの味方ね!」


 一宿一飯の恩義だとわずかな恩義という意味になるのだが……まあ言うまい。


「ああ、ありがとう。そう言ってくれる神はお前しか居ないよ」


 俺はテーブルの上にトースト、カリカリに焼いたウインナーエッグ、サラダ、コーヒー、ミルクを並べ、ティナと一緒に朝食を楽しむ。


 椋とその上司は何時まで経っても俺達に連絡一つ寄越さなかった。きっと別の仕事で忙殺されているのだろう。


 その間に俺達はゆったり休日を楽しめるのだから、わざわざ様子を伺って藪蛇を突くこともあるまいて。


「ロクロー」


「なんだいティナ?」


「テレビつけてテレビ、そろそろ新番組のアルティマンオーラ始まっちゃうよ。あのデュワッて奴」


 先に言っておこう。俺は清く正しいニチアサっ子だ。


 だから勿論特撮全体が好きで、アルティマンだって大好きだ。


 そしてティナはそんな俺の影響を受けてすくすく俗世に染まっている。


 こんな姿を鎌倉で戦ったダゴン秘密教団の人々や、あそこに居たティナの姉妹に見られたら何と言われるやら……。


「あれか? そうか、そういや今日から放送開始前特番が始まるのか。少し待っていろ」


 俺はリモコンでテレビのスイッチを点けようとした。


 だが点かない。


 テレビのスイッチに触れても駄目だった。


 さっきまではトースターだって使えたというのに。


「なんだこれ……?」


 首を傾げていると携帯にメールが入る。


「夜刀浦市一帯に停電のお知らせ? 原因は調査中ね……」


 いきなり妙なことになったものだ。


 まさか椋が戻ってこれないのもこの停電が原因か?


 だとすれば俺が少し寝ている間に案外事態は不味い方に…………


「ロクロー! 空が!」


 ティナが窓を指差す。


 先ほどまで雲ひとつ無い空は暗雲で黒く染まり、遠くでは青白い光が落ちている。


 遅れて届く物騒な雷鳴。それは次第に次第にこちらの方へ近づいてくる。


 まるでこの雷雲そのものが意思でも持っているかのように。


「妙な事態になってきやがった……」


「ロクロー! 望者アクターが近づいてきている気配がする! 多分あの雲の中だよ!」


 肌の表面を荒いスポンジで擦られているような、分かりやすい殺気。


 自らの正体を隠すつもりが一切無い。


 望者アクター同士はお互いの存在が分かるというが、これは分かるなんてものじゃない。相手の息遣いまで耳元に聞こえてきそうだ。


「ああ、探知が苦手な俺でも分かる。相手はとびきりの阿呆か……」


 携帯には神話生物発見時の緊急避難警報が届く。これが来ると、メールの送信元である対邪神組織ブラザーフッドの指定したポイントから半径10km圏内における緊急避難が行われる。


 アルティマンでも良くある一般市民の避難誘導って奴だ。


「とんでもない強敵ってことでしょ?」


「多分そうだ。だから無理せず街の皆さんが逃げる時間くらいは稼ぐとしよう」


 ここで他人を見捨てて逃げれば、明日食う飯がまずくなる。


「逃げないの?」


「逆に聞くが、この三ヶ月間に逃げてどうこうなる相手が追いかけてきた事はあったか?」


 俺は目を閉じて静かに精神を集中させる。


 すると両手に蒼白い粒子が集まり、朱金色の本と銀色の万年筆へと姿を変えた。


「うーん……ないねー」


 筆と本を構える。これこそ俺の望者アクターとしての臨戦態勢だ。剣士が剣を構える如く、ガンマンがホルスターに手をかける如く。俺は筆を執る。


「そういうことだ。やるぞティナ!」


「オッケーロクロー!」


「我が銀筆よ――始源を著せ。瀛神謡コールオブクトゥルー!」


 俺がそう唱えると同時に、右手の銀の鍵の刻印がついた万年筆が目にも留まらぬスピードで動き出す。


 この筆は俺の意思に反応し、俺の思うままに文章を書き上げてくれる優れものだ。こいつのお陰で「書き上げた描写を現実に変える」という俺の異能グリードが、戦闘中であっても使い物になるのだ。


【ティナは胸元から青いブローチを取り出して宙へと放り投げる】


神話開幕アレア・イァクタ・エスト!」


【宙で回転する青いブローチは放つ光で室内を満たし、その光に包まれながらティナはその宇宙的変身を開始する】


【手にはピンクのフリルがついた蒼の指抜きグローブ、足元にはピンクのリボンの付いたハイヒール、タイツが彼女の腿を包み、上半身もパフスリーブの蒼いドレスに変化する】


【たなびくドレスのスカートは細やかに金色の刺繍が施され、弾ける飛沫のようであった】


【最後に白かった髮が蒼く染まり、小さな光を散らしつつ可愛らしい真珠と海星の髪飾りが何処からか出てくれば変身は完了である!】


【なおこの変身の間だが、ティナの素肌はまぶしい光に包まれており彼女の裸体は一切見えない! 魔法少女だから! 俺の中で様式美だから!】


 変身はここで終了、後は決め台詞と決めポーズだ。


「波濤の神子みこ! プリティー☆トゥルー只今見参!」


 波を模した動きで両腕を揺らし、叫ぶティナ!


 今回も美しく決まっている!


 “自在に魔力を振るう怪物”である邪神の娘を“様々な魔法で人を救う魔法少女”に変化させたのだ。弱い訳が無い。


「ふっ、何時見ても俺の能力は完璧だな」


「サンキュー! この後も異能グリード使った支援よろしく!」


【そう叫ぶとティナは窓から飛び出した】


【雷霆の一撃が逃げ惑う人々に降り注ぐその直前、彼女は雷を魔力で受け止めた】


【そして「そこまでよ!」と叫び、我が夜刀浦の街に迫る男の前に立ちはだかる】


【衆目は絢爛なる彼女の姿に惹きつけられ、その鮮烈さと勇姿に記憶は塗り替えられるのだ!】


 俺はこれだけ書き終わると急いで階段を登り、家の二階に有るベランダから身を乗り出す。こうすることで誰も俺の存在が目に入らなくなるのだ。


 その気になればティナと視界を共有することも可能だが、やはり情景は俺の目で見なければ良い文章異能の効果書けない弱くなる


 さて、俺がベランダに到着すると、空の上でティナと洒落たスーツに身を固める西洋風のナイスミドルが既に対峙していた。不思議なことにティナのスカートの下が見えないのだが、まあ俺が付与した魔法少女という概念のせいだろう。見えないから良いんだよ。


「東の果ての辺鄙な田舎に身を隠していた癖に態々わざわざ出てくるとは愚かだなクトゥルーの娘!」


 遠いからハッキリとは分からないが、俺はあのナイスミドルに見覚えがある。


「貴方が誰かは知らないけど、この国を辺鄙な田舎だと思っているの? じゃあ私は貴方の方が田舎者だと思うなあ」


「笑わせるじゃないか。まさかクトゥルーの娘が下らない会話に乗ってこようとは思わなかった。考えていたよりも人間に染まっているようだな!」


「こっちのことは知ったような口ぶりで話すけど、一体貴方は誰なの? 知らない人とあんまり気軽に話すのって応援してくれる子供達の教育に良くないから名乗ってほしいんだよねー」


「――――ふっ、くくく、くふはははははは! 良かろう! 良かろうとも! 我が雷名ライメイを音に聞け!」


 西洋風の美中年は右手で高く天を指さし、左手を腰に当てる。長く艶やかな髮を一度振り乱し、彼は高らかに叫ぶ。


「我が名はニコラ・テスラ! 天上の神威カムイを統べる支配者! ニャルラトホテプの望者アクターにして、稀代の碩学! 人類史の守護者也!」


 やっぱテスラだ!


「それじゃあ名乗るよ! 私の名前はプリティー☆トゥルー! 邪神クトゥルーの娘にしてこの町を守る正義の魔法少女なんだから!」


「街を! ふはっ!! 守るだと!? それは愉快だ! 君のような生来の悪がそのような戯言たわごとを言うなんてな!」


 戯言たわごと……か。


 今、聞き捨てならない言葉がテスラの口から飛び出した。


「戯言かどうかは貴方が確認すれば良い話だよ。私は破滅の神子みこでなく、正義の魔法少女として貴方と戦うからね」


「ハラワタが捩れるぞ! なんだ? ジョークのつもりなのかね?」


「そちらこそジョークのつもりか、ニコラ・テスラ!」


「む?」


 言葉にするべきではないと分かっているが、こんなことを言われて黙って聞き過ごすこともできない。


 夢で見たテスラの性格のことも計算に入れて、少し相手の様子を探ってみるとしよう。時間稼ぎにもなるしな。


「プリティー☆トゥルーの言っていることは本当だ! 人の夢を愚弄するなんてニコラ・テスラの名が泣くぞ!」


「……む?」


 テスラは俺の存在に気づいてこちらを見下ろす。


「何やってんのさロクロー!」


 ティナは慌てて俺の方へと魔力噴射で飛んで来る。


「面白い、この国の望者アクターにしては願いに悲壮さが無い。日本も随分富み栄えたようだな。あの凡骨エジソンが贔屓にしていたから馬鹿にしていたが、中々興味をそそられるじゃないか」


 遥か上空に居たテスラも俺の下へとゆっくりと降りてきた。


 ティナは慌ててテスラの前に立ち塞がる。


 モブの皆様の避難は終わっているみたいだし、俺も顔を隠さずにベランダから飛び出して屋根の上に立つ。最初の異能の行使のおかげで、望者アクター以外は皆ティナから目を離せなくなっているしな。


「やはりそうか、君も望者アクターだな? 邪神の力を感じる……しかも憎きクトゥルーの! そうかそうか、時代は変われど日本人のクトゥルー好きは変わらんか!」


「黙れ! お前が本当にニコラ・テスラならば他人の夢を笑う醜さを知っている筈だろうが! なのにティナのやりたいことを否定するっていうのか?」


「随分噛みつくじゃないか。とはいえ私も懸命に努力する人間を笑う趣味は無い。あの凡骨エジソンに対しても、哀れみこそすれ愚弄したことは無いつもりだしね。良ければ君が邪神相手にそうまで庇い立てする理由を聞かせてくれないか、若き望者アクターよ。それ次第では考えなくもないぞ」


「……理由、か」


 そもそも旧支配者の一柱だった筈のティナが、魔法少女なんてものをやり始めた責任は俺にある。


 俺の異能グリードのせいで、ティナは神としての力を失い、挙句ル・リエーから追放された過去がある。


 だから、テスラの発言を俺は見過ごせない。


 そう、彼女の神生じんせいをねじ曲げた人間として譲れない一線が有るのだ。


「ロクロー! そんな奴とまともに話し合う必要なんて無いよ!」


「……確かに、こいつに話してやるのは勿体無い。というかテスラ、お前という男が信用できん。お前こそ危険過ぎる存在のように俺は思うよ」


「何故に?」


「この電気、何処から持ってきた?」


 テスラは俺の面を見て小さく笑みを浮かべた。


「この街全てだよ」


「そんなことすれば、病院が、インフラが、物流、行政、その他諸々が大混乱になると予想できなかったとは言わせないぞ」


「私は交流電気の王。王がその財を使うことの何が悪い?」


「よく分かったよ、お前が話の通じないタイプの危険人物だってことがな」


「くくく……少年、君の言うことは正しい。確かに凡俗では私の思考は理解できないだろう」


「それに、俺の仲間の夢を笑ったのも気に食わん」


「私も人の夢ならば決して笑いはしなかったろう……それが紳士というものだ。しかし!!」


 テスラはティナを睨みつける。


「そこの少女は神であって人ではない。いずれこの世界の歪みとなる存在だ。私は我が科学で神という神を討ち滅ぼす。人と神は同じ世界にあってはならんのだよ! 私は君にこそ問いかけたい! 今を生きる若者よ! その歩みを止めるつもりなのかと!」


「その道理は分からない! ル・リエーは浮上した! 人は神々の存在に触れた! その中でそこそこ上手くやっていっているのに! その新しい秩序を壊そうっていうのか!」


「それはただの退化だと分からんのか。人類は神から離れることにより進化を始めていたのだぞ!? 神の雷は火に、火は灯りに、灯りは火から電流に。そうやって自らの歩みで豊かになっていく筈だった人類に神などという力を与えてみろ! 努力をやめる。神にすがる。そしてついには自分の頭で何も考えない猿以下の存在となるのだ! それこそ人類史の破滅ではないか!」


「だからってこの娘も殺そうと言うのかよ! 邪悪に堕したな、見損なったぞニコラ・テスラ! 俺の知るニコラ・テスラという偉人はそんな男ではなかった!」


「悪で結構! 悪逆もまた人類史を進める大いなる力! 君もまた大いなる欲望の使徒A Big Gならば、その異能グリードで貫き通してみるが良い!」


「否! 我らは単なる欲A Big Gに非ず! 俺が書くのは夢の如き物語! 多くの人の思い描く明日を見せる物語だ! 今のうちに言っておくぞニコラ・テスラ! お前が笑ったティナはそういうものを背負った存在なのだ!」


 今度、お子様向けアニメの題材にもなるしな! 


「吼えるじゃないか三文作家パルプフィクションライターッ! 貴様のその夢想家ぶりと大言壮語は気に入った! どれほどその言葉に力があるか、測るとしようじゃないか!」


 そういってテスラは両掌に開いた砲口をこちらに向けて構える。


「ティナ!」


 俺は素早く本にティナの行動を書きつける。


【ティナは魔力噴射を用いてテスラに飛びかかる】


【正面からの一撃と見せかけ、魔力噴射による高速移動で一瞬にして背後へ回り込む】


 このフェイントにより、ティナはテスラの電気銃の一撃を回避。


 流れ弾が近所の山田さん家を粉微塵に打ち砕いた。


「おぉっと、電気が滑ってしまったか?」


 一歩間違えば俺に直撃だったが、かまっている暇はない。


 書け、書け、書き続けろ。有葉緑郎、それこそがお前の意義であり欲望なのだから。書くことで、この異能を使うことで、お前は初めて満たされる。


【肉薄したティナは背中からテスラに掌底を打ち込み、その打突インパクトの瞬間に手首を回転させつつ、発勁の要領で魔力を放出する】


【回転のかかった魔力はテスラの鋼の肉体の内側まで浸透し、微細な内部構造さえも破壊する】


 この一撃は確実にダメージになる。だがティナの隙が生まれたことも間違いない。


 俺がテスラならばこの機会に反撃を考える。


「私に触れてなんとするっ!」


 テスラは自らの周囲に電撃を放ち、ティナの攻撃に対するカウンターを狙う。


 思った通りだ。


 こんな事もあろうかと、既にティナの防御描写は書き上げている。


【しかしティナは自らの周囲に薄い氷の皮膜を張ることによってテスラの起こした電気の流れを誘導し、自らへの直撃を回避する】


「ハワードと同じ概念付与エンチャントか! 戦況をある程度予測する目が有ればさぞかし便利だろうな! 悪くない、実に悪くないぞ!」


 ハワード? 夢でも聞いたな。


「住宅地では本気を出さないのか?」


「自らの財を無為に損なうのは主義でないというだけだ。それに君達を倒すくらいならば全力を出すまでもない!」


 そう言ってテスラは指を鳴らす。すると空中に雷の矢が現れ、俺に向けて雨の如く降り注ぐ。


「砕け散れ!」


 成る程、確かに今のままならば俺も容易く砕け散るだろう。


 ところであの魔中年は存じ上げていたのだろうか?


 俺の異能グリードが、も可能だってことを。


「トラップ発動って奴だ」


 その時、朱金色の本の中に残されていた俺の書いた文字が輝き始める。


【ティナは咄嗟に有葉緑郎の目の前に氷壁を展開し、敵の攻撃を食い止める】


 すると一瞬で俺を守る氷の防壁が出現した。


 テスラの放った雷は八重の氷壁に阻まれ、あと一歩で俺を仕留め損なう。


「やるな少年!」


「なに、指揮者の嗜みだ。ニコラ・テスラ」


 俺達は顔を見合わせてにやりと笑う。


 しかし、テスラの背後にはティナが迫っている。


 俺が会心の笑みならば、奴はさだめし慢心の笑みってところか。


「ところで少年、西部劇はお好きかな?」


 俺の笑顔は凍りつく。


 テスラは振り返ること無く背後のティナに向けて正確に電気銃から雷撃を放ったのだ。


 どうやら慢心はしてなかったらしい。


 体表近くに這わせた水蒸気と濡れた薄氷による電流の誘導で、テスラの扱う電気銃の攻撃をぎりぎりで受け流すティナ。


 人間であればとっくに魔術の使いすぎと俺の異能による無理な強化で正気を失っている筈だが、生憎と彼女は女神。この程度でスタミナ切れは起こさない。


 十分に接近したティナの手刀がテスラの頬を薄く切り裂く。


 だがテスラも負けずに革靴の爪先からナイフを取り出してティナの腹に蹴りと共に突き刺す。


「――――うっ!?」


 急な遭遇だったせいであいつが体術使いだって伝え忘れていた。


 俺のミスだ。


「ティナ!」


 俺はペンを放り捨ててスーツの懐から拳銃を抜き放つ。


 椋が所属するブラザーフッドから貰った特製品だ。


 狙いは決まってる。


「させるかよ……!」


「ふははっ、飲み干すが良い! 我が稲妻をば!」


 そう叫ぶと同時にテスラの身体がにわかに青い電光を帯び、ナイフから大電流がティナの中に流し込まれた。


「きゃああああああ!」


 この拳銃に組み込まれた照準補正機器の力が有れば、素人であっても30m以内の的は狙える。


 ティナの悲鳴にも心を乱さず、正確に狙いを定め、引き金を引く。


「支援役だからって大人しいと思うな!」


 パン、と乾いた音が鳴って銃弾が直撃。テスラの頭部がガクリと揺れた。


 音速に迫る鋼鉄の塊を頭に受ければ、いくら鋼のサイボーグでも姿勢は崩れる。


「今だ!」


 その隙にティナは身を翻し、テスラから距離を取る。


 ティナが腹を抑えている。傷はきっと治っている筈だが、まだ肉の焦げた匂いがする。想像するだけで胸が痛くなる。


 前に出ることができないのがもどかしい。


「やれやれ……ハワードよりも野蛮だな」


 またハワードか。夢でも言っていたが一体誰なんだ? ハワード・フィリップス・ラブクラフトって。


「文明的と言って欲しいな」


 銃を懐に戻し、俺は再びペンを執る。


 こいつと喋る時間を少しでも伸ばしてティナの自己再生を待つとしよう。


「文明的と野蛮は矛盾しないのだよ。さて、君達の程度も知れたことだし、そろそろお遊びも終わりにしようか」


「終わり? いったい何をするつもりだ? 冥土の土産に聞かせてもらいたいものだ」


「ふははっ! 簡単なことだよ! 我がイスの偉大なる電気銃ミスティックテーザーの真なる力を見て死んでもらおうと思ってな!」


 テスラは両手を掲げ、紫の光を両腕に纏わせる。


 時間を稼いでいたのは俺だけじゃなかったってことか!


【雷撃に先んじてティナは魔力を用いて幾重もの氷と水の壁を形成】


【被害を止めるのではなく、電流を逸らすように斜めに壁を形成することで、自らの損耗を抑えつつテスラの攻撃を凌ぐ】


無尽雷霆テスラ・コイル!」


 あの男の両手に開いた銃口から、極太の光の束が向かってくるところまでは見えた。その後は良く分からない。


 空気が爆ぜる。


 光が視界を埋め尽くす。


 テスラの両手から溢れ出す膨大な電気エネルギーの奔流は俺の居るベランダを崩壊させ、俺はいつの間にか家の二階から投げ出されていた。


 ティナは地面に激突する寸前の俺をキャッチし、空中に形成した氷の道を滑りながらそのまま撤退を開始する。


「ちょっと貴方、町ごと壊すつもりなの!? そういうの良くないと思うな!」


「いかにも! 邪神よ、貴様はその価値がある敵だ!」


 夢で見た通りのUFOじみた動きで空を飛び、こちらを追いかけてくるテスラ。


【ティナは氷の道を滑りながらも加速を続ける。狭い路地を自在に駆け巡り、土地勘の無いテスラを幻惑し続ける】


 運ばれながらも俺は朱金色の本に記述を続ける。こうでもしないと一瞬でテスラに追いつかれてしまう。


「ああ畜生……人類を守ると言いながら平気で爺ちゃんと婆ちゃんの家壊しやがって!」


「案ずるな、人間は巻き込まないように気を使っている。まあ邪神にトドメを刺す機会があるなら犠牲を厭うつもりも無いがね!」


「ああもうどっちが邪悪だよ! 畜生! ティナ! そのまま全速力」


「ロクロー! このままだと避難区域から出ちゃう!」


「しまった。それは不味いな。くそっ、どうすれば……!」


 その時だった。懐の携帯が小刻みに震え出す。椋からのメールだ。


「……よし、いけるぞティナ」


「どういうこと?」


「まあ少し待て。そのまま走り続けろ。あとあまり揺らすな。執筆に支障が出る」


 そうか、そういうことか。


 俺は急いで朱金色の本に描写を書き加え始める。


 椋がもう少し近づいてくれれば俺の異能グリードの射程範囲内なのだ。


「ロクロー! そろそろ本当に不味いってば! 避難区域から出ると私達の顔も見られちゃうよ!? それに街も……」


「安心しろ! たった今脱稿した! 此処で止まって俺を置いて戦え! 此処なら丁度いい!」


 ティナは避難区域から出る寸前で足を止め、俺を広い道路に放り出してテスラに飛び蹴りをかます。


 テスラは両腕を上げて飛び蹴りをブロック。だがティナは空中で姿勢を変え、もう片方の足でテスラの腹に蹴りをかます。


 俺の筆は、俺の意思に反応して自動的に描写を加える。


【ティナは蹴りの瞬間に魔力を浸透させ、テスラの内部から臓器を砕く】


「ティナ、下がれ!」


 テスラはティナに掴みかかるが、間一髪のところで彼女はそれを回避する。


「その程度の反撃の為に足を止めたのか? かくも広い道路に出れば私は加減を行う必要が無くなるではないか! くはははははは!」


 テスラは両手の電気銃に最大充電を行い、極めつけの一撃を放つ――――かに見えた。


「だから良いんだよ。最大のピンチに現れるから、物語が、俺の異能グリードが最高のキレを出せるんだ」


 朱金色の本が光を放つ。


 開かれたページに光るのは先程書かれていた俺の書いたクールな登場シーンである。


【その時だった。仮面を被ったマントの怪人“仮面ハスター”がテスラの前に立ちふさがる】


【分厚い分厚い真空の壁、それを操るのは風の旧支配者ハスターの力を持つ望者アクター、如月椋】


【真空という最強の絶縁体を前に電撃は瞬時に掻き消え、テスラは己の攻撃手段を完全に失う】


「――――間一髪だったみたいだね。緑郎?」


 椋はそう言って俺達に微笑みかけた。


「助かったよ椋」


「なに、困ったときはお互い様さ」


「さんきゅーエルフ!」


「イカ娘! 別に君を助けた訳ではないからな! あくまで僕はロクローの招きに応じて此処に現れたんだ!」


 俺の異能グリードは概念を与える力。その気になれば路傍の小石すら、一投必殺の神器に変わる。


 とはいえ俺が気乗りしない限りは書けない。具体的に言うと俺の異能グリードを使える相手はこの世に椋とティナしか居ない。俺は友達が少ないからな。


 だが、能力が限定的だからこそことが可能だということは道理である。


「――――さて、ニコラ・テスラ! サイボーグだから大したダメージは無いだろうけど、君は半径10mの真空空間に閉じ込められている! それではお得意の電撃も使えない筈だ! 大人しく投降したまえ!」


 真空に閉じ込められている筈のテスラに話しかける椋。


 きっとこいつが異能グリードで声を送り届けているのだろう。


「やれやれ……今回は負けを認めよう。無駄な被害を出すのは主義ではない。何せ君達以外にも邪神は掃いて捨てるほどいるのだからね」


 今度は逆にテスラの声だけが真空の球から聞こえてくる。


「――――故にさらばだっ! ラブクラフトの末裔よ!」


 テスラは懐から突如漆黒の塊を投げつけてくる。


 椋が咄嗟に風で地面に叩きつけ、ティナがそれを凍らせる。


「これは……」


 凍りついた漆黒の物体。どうも神話生物の類に見えるが……。


「ロクロー! 触っちゃ駄目だよ! 電撃で無理矢理操られたショゴスだから!」


「ショゴス? 聞いたことがあるな。確かこの前ティナが……」


 テスラは椋とティナが気を取られた間に跳躍。瞬く間に空の彼方へと消えていく。


「あっ、逃げた!」


「追うよエルフ!」


「今はこっちもそれどころじゃないんだよイカ娘! こっちも一旦撤退!」


 本気になればあのショゴスを使役して俺達と戦うこともできたのだろうが、別の目的が有るから無理は避けたというところか。


 だが……ラブクラフトの末裔?


 一体どういうことだ? 話を聞く分には俺と同じ能力を使うみたいだが……。


「ロクロー、聞いてた?」


「え、何?」


 どうやらぼっとしていたみたいだ。


「しっかりしてよねロクロー、一旦撤退だってさー」


「こちらも彼を追い詰めるには準備不足だからね。緑郎、イカ娘を連れてブラザーフッドの夜刀浦市支部まで来てくれ。あのテスラについて幾つか分かったことがある」


 椋はそう言って変身を解除する。


「分かったこと? 詳しく聞かせてくれ」


「なにそれー?」


 ティナも同じく変身を解除。


「向こうに着いてから話す。ほら、車が来たよ」


 ブラザーフッドの黒服さんが俺達の前に車を停める。


 何を考えるにしても、まずは俺の夢とブラザーフッドの情報を照らしあわせてからだ。


「…………」


 俺は何気なく氷漬けにされたショゴスの方を見る。


「お前も、捨てられたのか」


「テケ……テケリ……」


 ショゴスはまだ完全に凍ってなかったのか、小さくうめき声を上げる。


 氷の下で蠢く目が、雨の日に濡れる子犬のような輝きを放っていた。


 こいつ……ブラザーフッドに捕まったら殺処分なのかな……。


「ちょっとロクロー? 何やってるの?」


「やめておきたまえ緑郎。ちゃんと餌とか散歩とかできないのにショゴスなんて拾うものじゃないよ。だいたい君の家には頭のおかしいイカ娘が放し飼いになっているじゃないか」


「おいエルフ、誰が頭おかしいだって? そのムダに長い耳引きちぎって海に撒いちゃうぞー?」


「先ほど何やら醜態を晒していた癖に随分強気だね?」


「いやーおっかしいなー、ブラザーフッドが出遅れた間に善意で街を守っていた清く正しい魔法少女のことしかティナ知らないなー?」


「お前ら……それくらいにしておけ。なあ椋、このショゴスから話を聞けばテスラの足取りがつかめるかもしれないよな」


「え? まあ可能かもしれないけど……」


「じゃあそれまでは大事に扱ってやってくれ」


「君が言うなら……構わないけど」


 俺はショゴスを後で運んでもらう約束をして彼等の車に乗り込んだ。


【第三話 イカモノ魔法少女プリティー☆トゥルー! 完】

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