第50話

「フフッ、勝ったな」

 仮設スタンドで二回戦を見守っていたアリエールは、中空に浮かぶ無数のディスプレイの一つを見て、ほくそ笑んだ。

「いかにヨウと言えど、ソフィアも御剱もなければ、ただの一生徒だな。アリティアのいないブラックウッド・ロッジは、残念だが今年も大敗だな」

 アリティアの表情は歓喜に満ち溢れていた。

 シノはそんなアリエールの横に座りながら、いつもの笑みを崩さなかった。しかし、胸の下で組んだ腕には力が入り、奥歯は悔しさを噛みしめていた。

「そうね。ヨウ君も頑張っているんだけどね……」

 流石のヨウでも限界はある。もし、彼にソフィアが与えられていたならば、エストリエにも見劣りはしないだろう。彼は、それだけの実力がある。実力はあるのだが、その実力を生かし切れていないもどかしさは、シノよりもヨウの方が強いかも知れない。

「アリティア」

 シノは呟いた。アリエールの言うとおり、彼女さえいてくれたら、ブラックウッド・ロッジは一回戦でこれほど点差は開かなかっただろう。エストリエ第七席。『竜爪(りゆうそう)』のソフィアを持つリアクター。第七席となっているが、もし、彼女が本気で戦ったとしたら、もっと上の席を獲得できただろう。実際、エストリエでの模擬戦で、彼女は圧倒的な力を誇示したが、三回戦で棄権してしまったのだ。本人曰く、『めんどくさいから』との事だ。

 多数のディスプレイには、各場所で行われている戦闘が映っている。このホログラムのディスプレイは、コビーの『愚鈍なる紅水晶』の力を用いている。この場には居ないが、レアルと一緒に光輪祭を見ているに違いない。

 シノ達教師の持つシグナルブックには、出場メンバーの一覧が表示されており、リタイアした生徒の名前が暗転している。ミザキのソフィアにより、地面に飲み込まれたレイチェルとサイは、先ほど名前が暗転した。恐らく、あのまま森の外へ放出されたのだろう。

 シノとアリエールの視線は、やはりヨウの映るディスプレイに集中してしまう。

「苦戦してるわね」

 シノは柳眉を下げる。

 現在、シジマはヨウを抱きかかえるようにしてブラックウッドの中を飛び回っている。定期的に姿を変える森に苦戦しながらも、なんとか追撃してくる二人のリアクターの攻撃を躱しているが、それも長くは持たないだろう。

 シノの予想は程なくして的中した。低空飛行を続けるシジマが全く別の方向から攻撃を受け、吹き飛ばされてしまった。抱えられてたヨウも同じく吹き飛ばされ、木に背中を打ち付けていた。

「残念だったな、シノ。ヨウ達は終わりだ」

「どうかしら?」

 完全に動きを止められたヨウとシジマ。彼ら二人は、別のリアクター同士が戦闘しているど真ん中に着地してしまった。だが、シノは見逃さなかった。ヨウの瞳はまだ死んでいない。彼は諦めていない。

「アリエール、あなたは、運命力を信じる?」

「運命力だと?」

「そう、運命力よ。私はね、ヨウ君には人並み以上の運命力があるともう」

「運命か。この世には変えられない未来だってあるさ。あの状況で、ヨウだろうと何も出来はしないさ」

 シノは何も答えなかった。

(ヨウ君、見せてみて、君の運命に抗う力を)

 シノの瞳は、未だ光輝を失っていないヨウに注がれていた。



 危機的状況だったが、絶望的ではない。ヨウは、ホワイトマウンテン・ロッジと、レッドストーン・ロッジのリアクター同士が戦闘している場面に割って入ってしまった。偶然にも、レッドストーン・ロッジのリアクターの放った鉄球が、シジマの脇腹に当たってしまった。

「大丈夫か?」

 声を掛けてみるが、シジマは決して大丈夫と言える状況ではなかった。肋骨が二三本折れたのかも知れない。歯を食いしばってなんとか起き上がるが、顔から脂汗がにじみ出ている。ドレスも左半身が破壊されており、飛行することは不可能だろう。

「ああ……」

 なんとか言葉を絞り出すが、それが精一杯のようだ。この場から動くことも厳しいだろう。

「シジマ? これは、獲物が舞い込んできた。ここでリアクターを落とせば、三五点が入る」

「でしょうね」

 答えられないシジマに変わり、ヨウが答える。相手は、レッドストーン・ロッジの女性リアクターだ。フリルの付いた黄色い軽甲冑のドレス。その華奢な体には似つかわしくない、大きな鉄球を両手に持っていた。

「それは、俺達の獲物だ」

 ブルーレイク・ロッジのアルマイトとミザキも追いついてきた。

「全員……敵同士だ……」

 シジマの声に、ヨウは一瞬で状況を理解した。そして、セフィラーを練り始めた。

 此処にいる全員が敵同士。そして、目の前に自分たちというおいしい餌がぶら下がっている。三竦みの状態が計らずしもできあがった。下手にヨウ達に手を出せば、その隙を他のリアクターにやられる。ただ、この中で有利なのが二人で追ってきたブルーレイク・ロッジの二人だ。彼らだけ、リアクター一人のアドバンテージがある。

「シジマ、力は使えるか?」

「少しなら……」

 ヨウはシジマに肩を貸しながら、膝をついた。他のリアクターには、降参したように見えるだろう。三分、いや、数十秒時間が稼げれば十分だ。

「氷の礫でここのリアクター、全員を倒す」

「雪蛍の火力じゃ……万全でも怪しい……。彼らの装甲を抜けるか分からない」

「俺の魔法で巨大な氷塊をこの頭上に発生させる。それを媒体にして、こいつらに落としてくれ」

 蒼い顔をしたシジマは頷く。彼の限界も近い。ヨウは、手にした柄を投げると、戦う意思はないとばかりに、ゆっくりと両手を挙げた。上空にセフィラーを集中させ、それを氷塊に変化させる。


 十秒――上空に拳大の氷塊が無数に発生した。


「降参か? 残念だけど、二回戦にサレンダーはないよ!」

 女性リアクターが鉄球を放ってきた。しかし、それをアルマイトがウイングから雷光を放ち弾き飛ばす。

「アルマイト! 邪魔をする気かい!」

「俺たちの獲物だ!」

 アルマイトが飛んだ。ウイングに設けられた穴がスパークし、再び雷光を生み出した。

「シジマ! 楽にさせてやるよ!」


 二十秒――無数の氷塊はセフィラーを変換させ、一メートルほどの氷塊へと成長した。


 ヤバイ! ヨウは体を硬くした。

 雷光が迫る。

 思わず、ヨウはシジマの盾になるように立ち塞がった。

「クッ!」

 両手を交差させ衝撃に備える。しかし、突然地面が隆起し、巨木の根がせり出しヨウ達の姿を隠した。雷光は巨木の根を弾き飛ばしたが、ヨウ達に攻撃は届かなかった。

 運が良かった。モリアーティーのスフィアだ。

「よし!」

 ヨウは両手を掲げた。

 チャンスは一度だけだ。先ほどの地殻変動で、ヨウ達を包み込むように根が隆起したが、変わりにヨウの左足が膝までスッポリと根に挟まってしまった。シジマも同様で、根に半身埋まった形だ。これでは、どのみち最期の攻撃だ。


 三十秒――無数の氷塊はどんどん大きくなり、三メートルほどの氷塊へ変化した。


 もう少し。ヨウは息を殺した。気が遠くなるが、唇を噛んで意識をつなぎ止めた。全ての力を氷塊に注ぎ込む。

「上等! 先にお前達を始末するよ!」

 地殻変動を切っ掛けに、均衡が一気に崩れ、三者同士の争いとなった。ヨウとすれば都合が良い。

「準備は良いか?」

 シジマは頷く。動く右手を掲げた。


 四十秒――氷塊は五メートルを超えた。


「なに?」

 女性リアクターの声が聞こえた。そして、攻撃音が止んだ。

「上空?」

 仲間から通信が入ったのだろう。森の上空に巨大な氷塊群があると。だが、すでに遅かった。準備は整った。

「アイスメテオ!」

 無数の氷塊が一斉に落ちてくる。

「雪蛍! 出力最大!」

 シジマが叫んだ。落ちてくる氷塊にセフィラー自体を纏わせ、速度と硬度を増加させた。まさに、隕石のように氷の塊が森に降り注いだ。

 木々の折れる音、地面が爆砕する音。あらゆる破壊音が森に木霊した。恐らく、二回戦で最大級の破壊が、ヨウとシジマを中心に発生した。

 破壊は一瞬だった。一分も満たない時間だっただろう。事が終わった森は静寂を取り戻した。

「やったかな……」

 頭に靄が掛かったように朦朧としている。激しい頭痛がして、立つこともままならない。

 この視界の悪い森だ。頭上からの攻撃は、目で見て反応できるものではないだろう。もっとも、反応できたとしても逃げる場所があるとも思えなかったが。

「ああ、やったよ。お前達は、リアクターを三人倒した」

 声が降ってきた。ヨウとシジマが天を仰ぐ。

「アルマイト……」

 閉じそうになる目が捉えたのは、アルマイトの姿だった。防御タイプのソフィアリアクターの彼は、防御フィールドを展開して致命傷は避けたのだろう。ただ、彼のソフィアでも全ての攻撃を防ぐことはできなかったようで、ヨウ達の目の前でソフィアライズが解けてしまった。

「良くやったよ、お前達は」

 腰からプラズマガンを抜いたアルマイトは、躊躇うことなくヨウとシジマを打ち抜いた。

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