第39話

 気温が徐々に上がっているようだ。エレベーターを降りたときはひんやりと肌寒かったが、魔神機に近づくにつれ、徐々に洞窟内の温度が上がっていくようだ。気温の上昇に会わせて湿度も高くなり、少し息苦しくなってくる。

 濡れて滑り易い岩肌を歩くと、先の方に大きなカーブが見え、そこから光が溢れている。

「あの先に、魔神機があります」

 自然と、メルメルの声が小さくなる。

「この時間、居るのはジンジャー先生だけかな?」

「多分、先生の他に、第一助手のウルド先輩がいるはずです」

「そうか……」

「どうする? 二人に事情を説明するか?」

 カーブに差し掛かった所で、レアルがコビーの意見を仰ぐ。

「いや、まだ良いだろう。離れて魔神機をこの目で見よう。彼が何をしているかを確認しないといけないからな」

「もしかして、お二人は魔神機を調べに? まさか、魔神機が動きそうだとか?」

 メルメルの質問に、レアルとコビーは見つめ合う。そして、二人は意見を求めるようにヨウの方を見てくる。

「なんで、二人そろって俺の方を見てくるですか?」

「どうする、ヨウ?」

「君の意見に従おう」

「だから、なんで俺?」

「あの……、私、何か?」

 揉めてる三人を見て、メルメルは恐る恐る聞いてくる。

「ヨウ、君は何者にも縛られないという絶対の権利がある。君の判断に任せる」

「コビー、それを此処で言うんですか?」

 ヨウは困ったように溜息をつく。意味が分からないメルメルは、困惑したようにヨウを見つめる。

「メルメル、これは私達の身内の問題だ。君が気にすることではない」

「そうだ。魔神機のことは俺様達に任せろ。乙姫の未来視通りに、復活はさせないから!」

「えっ……?」

 メルメルの呼吸が止まった。レアルの言葉の意味を理解するのに、さほど時間は掛からなかった。

「えっ……!」

 声を上げそうになるメルメルの口を、ヨウはとっさに押さえた。メルメルの荒い口呼吸によって、掌が熱くなる。

「レアル……!」

 がっくりとヨウは項垂れる。

「君は、どうしてこう浅はかなんだい?」

「すまない、つい」

 レアルも失言だと思っているのだろう。渋い顔をしてポリポリと頭を掻く。

「魔神機の復活が、明鏡の未来視の巫女によって予言された。だから、俺やレアル達はそれを調べにローゼンティーナにきたんだ」

 メルメルの鼓動がゆっくりになったことを確認し、ヨウは口から手を離す。

「魔神機が復活……? それって、どういうこと? あれが、動くって言うの? 未来視なら、その未来は確定していることなんじゃ」

「違う」

 ヨウはメルメルの目を覗き込む。

「未来は絶対じゃない。俺は、絶対に諦めない」

 メルメルではなく、ヨウは自分に言い聞かせるように言った。諦めてはいけない。『絶対』の未来なんて、この世には存在しない。

「未来視は変えられる。だから、俺様達はきた。量産型ソフィアの調査は、そのついでだ」

「どっちにしろ、良くないことが起ころうとしていることは確かだ」

 ヨウは光の溢れる先を見た。あの先に魔神機がある。ヨウも、話とデータだけでしか魔神機を知らない。実際の魔神機は、一体どういうものなのか気になる。

「行こう」

 ヨウは歩き出した。ここから先は、メルメルの先導もいらないだろう。

「ヨウ、気をつけろよ」

「うん」

 目に見えない気が強まってくる。セフィラーと言うべきか。普段感じる自然界にあるセフィラーとは、感じの違うセフィラーだ。

 乙姫から聞いたことがある。元々、太平洋の小さな小島、明鏡には『星守』と呼ばれる人が住んでいた。今も明鏡に住む人は星守と呼ばれるが、乙姫が説明してくれた星守は、それとは根本的に違う。同じ容姿の人間ではあるが、本来の星守は別の世界からこちらの世界に移り住んだらしい。今は、地球人と混じり血が薄められ、本当の意味での星守は存在しないらしい。星守は、数世代進んだ科学技術を持ち、後に世界を治める礎を作った。

 額から流れた汗が鼻筋をお通り、顎の先に伝う。いつしか、ヨウはジットリと汗を掻いていた。

 星守達が地球に持ち込んだのが、魔神機と御剱だった。御剱は、三種類の『外伝』と呼ばれるオリジナルの御剱。そして、星守達はその御剱を元に、天ノ御柱、地ノ御柱、星守百剣の御剱を作り出したと言われている。『言われている』のだ。明鏡の最高責任者である乙姫でさえ、真相を知らないのだ。そして、今の星守達も、魔神機の詳細については分かっていない。今でも研究を続けてはいるが、彼らの動力源さえも突き止められないのが現状だ。

 ただ、魔神機は、機械でありながら機械ではない。彼らは明確な意思を持っているという。魔人戦争の折、明鏡から離反した魔神機は、傀儡に操られたわけではない。自らの意思で、世界のあり方を、明鏡のあり方を否定したのだ。

 光が溢れてきた。

 ヨウは庇を作り、目を細めた。

 熱気が風となって押し寄せてくる。

「ここが……」

 目の前には赤い光で包まれた、広大な空間が広がっていた。通路と違い、ここの岩盤は凹凸だらけだ。

「ここは、魔人戦争で敗れた魔神機が此処に墜落した際に、出来た穴だと言われているわ」

 メルメルが裾を引っ張る。ヨウはメルメルに促され、岩の陰に身を隠した。

「研究施設の増加に伴って、地下を調査した結果、此処には広大な空間があることが判明したの。最初は何があるのか分からなくて、『岩走』のソフィアを使って通路を作ってここまできたんだけど、その時、魔神機を発見したの。この空間自体は、もっと深くてここから更に二〇〇メートルほど地下に降りられるわ」

「魔神機はそこに?」

「いいえ、魔神機は、すぐそこにあります。この更に下には、溶融した岩があるんです」

「マグマか?」

「溶けた岩をマグマと言うならそうなんでしょうけど、成り立ちが違います。マントルが部分的に溶融したものがマグマですが、この地下にあるのは、何らかの作用で溶けている岩なんです」

「なんだそれは」

 レアルが眉を顰める。

「魔人戦争の後遺症か……。ローゼンティーナを中心に、各方角で景観も季節感もがらりと違うだろう。それは、魔人戦争の折、御剱と魔神機の激突により、強力な呪術的地場が形成された結果だ。気候を変えるだけの力を持っているんだ。一部の岩を溶かし続けることだって不可能じゃない」

「そうです。アリエール学園長も同じ事を言っていました」

 メルメルは岩の影から顔を出すと、指を指した。

「あそこに大きな岩があります。あそこに行くと、魔神機を見られます」

 メルメルの指し示す方を見ると、確かに大きな岩がある。魔神機は、あの岩の影で見えないのだ。

「メルメル、君は此処に。ヨウ、レアル、魔神機に悟られるなよ」

「分かった」

「はい」

 ヨウは気配を消して岩陰に移動した。人の気配を感じる。この気配は、メルメルが言っていたジンジャーなのだろうか。

「一人だな」

「好都合だ、少ないに越したことはない」

 ヨウは岩陰から、こっそりと顔を出した。魔神機を探すべく、視線を彷徨わせたが、すぐに視線はある一点で釘付けになった。

「魔神機」

 それは圧倒的だった。

 体長は三メートル弱といった所か。縦にも横にも大きい魔神機は、何処かカブトムシなどの甲虫類を思わせるフォルムをしている。体に対して頭は小さく、平べったい兜を被せたような感じだ。赤黒く鈍色に輝く装甲は、その殆どが破損しており、内部が露出している。呼吸をするかのように、装甲の縁がぼんやりと輝いては消えるを繰り返す。

「これが……」

 レアルも魔神機を前にして、言葉を失ったようだ。

 魔神機の胸部には巨大な穴が空いている。穴からは幾本ものケーブルが血管のように出ており、魔神機の前の機械に繋がっていた。

 魔神機はその巨体を岩盤に埋め込まれたように、中座した形で座っている。破壊されて動かないとしても、その禍々しさは尋常ではない。メルメルは何も感じなかったようだが、レアルとコビーは、魔神機から未だ放たれ続けているセフィラーに驚きを隠せない。

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