第40話

「あれは、死んじゃいねーな。コビーの言うとおり、魔神機は覚醒を待っているだけだ」

「そのようだね」

 ヨウは魔神機を見つめた。

 不思議な感覚だった。遠くにレアルとコビーの話し声が聞こえる。

 やがて、二人の声が消え、気配も消える。

 ヨウの瞳は魔神機に釘付けだった。

 ヨウの意識は、魔神機に吸い込まれてしまうかのように、胸に空いた虚ろな空間一点に集中していた。


 この世界に存在するのは、ヨウと半壊した魔神機だけだった。


 お前が望むなら


 こいつはお前の半身になる


 声が聞こえる。

 何処からだろう。

 懐かしい響の声だ。


 目の奥が焼けるように熱くなった。

 心臓が締め付けられるように痛み出し、ヨウは蹌踉めいた。

 魔神機の鼓動が聞こえる。

 魔神機が呼んでいる。


 お前の怒りを解放しろ


 お前の恨みを解放しろ


 お前の妬みを解放しろ


 お前の嫉妬を解放しろ


 お前の欲望を解放しろ


 ヨウは胸を押さえた。

 自分が自分でなくなる感覚。体を、意識さえも別の何者かに乗っ取られそうな感覚。

 ヨウは魔神機を見た。

 魔神機の目に光が灯る。

 無機質なモノアイがこちらを見た。

 魔神機が起動する。

 胸部に繋がれていたケーブルが外れ、破壊されていた外装が立ち所に修復する。その映像は、巻き戻しを見ているかのように滑らかで、素早かった。

 魔神機が片腕を上げた。手首より先はなく、ぽっかりと穴が空いている。その穴が輝きだした。

 緑色の禍々しい光。周囲のセフィラーを吸収し、放った。

 眩い光に包まれた。

 固い岩盤はチョコレートのように溶け、この上に立っているローゼンティーナの尖塔も破壊した。

 沢山の人の感情がヨウの中に入り込んでくる。痛み、恐怖、それらが渾然一体となり、一つの生命体となってヨウに襲いかかってくる。


 ヤメロ……!


 ヤメロ……!


 ヤメてくれ!


 ヤメロ止めろヤメロ止めろヤメロ…………!


「ヨウ!」

 鋭い声が耳を貫いた。直後、ヨウは激しい衝撃を受けて吹き飛ばされた。

「ヨウ! しっかりしろ! 魔神機に取り込まれるな!」

 胸倉を掴み上げられ、ヨウは更に頬を叩かれた。何度も何度も殴られ、痛みと共に意識が戻ってくる。

「レアル……?」

 聞いた瞬間、また殴られた。

「そうだ! 俺様だ! レアルだ! 俺様が分かるか? 分かるよな!」

 ヨウは頷く。口の中が切れ、血が口の中に溢れてくる。

「ヨウ、無事か?」

 見ると、少し離れた所でコビーがメルメルを抱いてこちらを見ていた。コビーの横には、見たことのない白衣を着た老人と、同じく白衣を着た赤い髪の女性が立っていた。

 それだけではない。遠くから大勢の足音が聞こえてきた。

「レアル……、なにが……?」

 右腕に鋭い痛みが走った。まるで、手首が切り落とされたかのような痛みだ。見ると、手首があらぬ方向へ曲がっている。指先の感覚はあるが、思うように動かせない。

「これは……」

 確認するまでもなかった。手首は折れていた。そして右手の少し先には、ヨウのプラズマガンが落ちていた。

「ヨウ、お前はコビーを殺そうとしたんだ」

「コビーを?」

 ヨウはコビーを見た。幸い、目立った外傷はないようだったが、顔色は悪かった。

「コビーだけじゃない。メルメルも殺そうとした。だから、俺様が止めた」

 レアルの足下には、ナイフが刺さっていた。恐らく、ナイフのブレードの背で叩かれたのだろう。

「ありがとう、レアル……」

 襲った記憶は無かった。しかし、確かにヨウは襲ったのだろう。疲労感が凄まじかった。

「コビー、君は相変わらずだな。アポなしでスパイしに来たかと思えば、刃傷沙汰とはな」

「ジンジャー先生。スパイとは言い過ぎでは? 私は、アラリムとしての務めを果たしたまでですけどね」

「ならば、その暴漢をソフィアライズして片付ければ良かったものを」

「ここでそれはできないでしょう?」

「アリエールと同じ事を言う。試してみなければ、分からんだろう」

「分かったときには遅いですよ」

「フンッ……、どいつもコイツも……。皆、魔神機が危険なものと決めつけおる。操る術はある。必ず、あるはずなんじゃ」

 ブツブツと言いながら、ジンジャーはヨウの横を通り、再び魔神機の前に立った。そして、ヨウの達の存在を忘れてしまったかのように、自分の世界に入り込んでしまった。

「昔からそりが合わなくてね」

 コビーはジンジャーの背中を見つめながら腰を屈めると、ヨウを起き上がらせてくれた。メルメルは、少し離れた場所で体を硬くしてこちらを見つめている。怖い思いをさせてしまったようだ。ヨウは「ごめん」と、皆に一言謝った。

「大事にならなくて良かった」

 言いながら、コビーは近づいてくる足跡の方を見た。

「コビー様、そろそろ衛兵が来ます。とりあえず、学園長に説明を。メルメル、あなたも一緒に行ってね」

「はい、ウルド先輩」

 燃えるように赤い髪のウルド。メルメルと同じように眼鏡を掛けているが、その奥の瞳は燃えるように情熱的で、苛烈なものだった。その眼差しが、メルメルからヨウに向けられる。

 美しい女性、なのだろう。人を寄せ付けない厳しい表情、冷徹なまでに他人を拒絶する雰囲気を持つウルドは、手を組んだままつかつかとヨウの元に歩み寄ってきた。ヨウの顔を、観察するような目つきで見つめてくる。

「ヨウ・スメラギ……。あなたのことは、知っているわ。入学した日も問題を起こしたわね」

 眼鏡にヨウの顔が映し出される。メルメルの眼鏡と同じように、見たものを瞬時に様々なデータベースで検索できるのだろう。レンズに映るヨウは、青ざめ、汗を掻いた酷い表情だ。

「あなたは、誰なの? ヨウ・スメラギ。ジンオウ・スメラギに家族はいない。兄弟も、もちろん、あなたのような大きな子供も」

「お前、ヨウは怪我をしているんだ。そんな事はどうでも良いだろう!」

 レアルがヨウとウルドの間に割って入る。ウルドは面倒くさそうにレアルを見る。

「あなたの事はよく知っているわ。レアル・ザン・オスキュート。ティフェレトの西の果て、ユーロンの出身。天ノ御柱、伍柱ノ参、残光無形の繰者。八年前の御剱見聞にて御剱繰者に選ばれる。あの、曰く付きの御剱見聞の数少ない生き残りの一人」

「…………お前、何が言いたい?」

 レアルの気配が鋭くなる。ヨウはハッとしてレアルに手を伸ばしかけたが、右手は言うことを効かず鈍いシグナルを送ってくる。コビーも珍しく怒りを露わにし、ウルドを睨み付けている。

「私の弟は、八年前、あの場所にいたわ。あなたは知らないでしょうね? 私の弟は、絶光を手にしたショウ・ミナヅキによって殺されたわ。あの時の数少ない生存者であるあなたに興味を持っても、おかしくはないでしょう?」

「あそこに、お前の弟がいたのか?」

 レアルが脱力する。

「ヨウ・スメラギ、あなたの過去は何処にもない。ローゼンティーナのデータベースにも、過去に関する記述は一切無し。あなたは、一体誰なの? 明鏡やローゼンティーナの関係者と親しいとなると、自然と選択肢は狭まってくるわ」

「…………」

 ヨウはウルドを見つめた。彼女は、何かを知っているのか。それとも、ヨウから何かを知ろうとしているのか。

「もしかすると、あなたはショウ・ミナヅキ……」

 ウルドがそこまで言った所で、衛兵が銃火器を構えて雪崩れ込んできた。もちろん、その銃火器はヨウ達には向けられず、身じろぎ一つしない魔神機へと向けられている。

「コビー様! レアル様! すぐに司令室へ戻ってください! アリエール様がお待ちです! それと、そちらの二名も!」

 そちらの二名とは、ヨウとメルメルの事だ。

 ヨウはウルドと見つめ合っていた。ヨウの呼吸は一切乱れていない。ウルドはヨウをしばらく見つめて、フッと表情を緩めた。

「そんなわけ、無いか……。ショウの処刑は私も見ていた。確かに、ショウは死んだ。その死体は切り刻まれ、灰になるまで焼かれ、海に巻かれた」

「……死にましたよ、あいつは」

「そうよね」

 ウルドは悲しそうに目を伏せると、背後に岩に背中を預けた。

 ヨウは衛生兵に担架に乗せられると、応急処置をされてその場を後にした。

 担架に揺られながら、ヨウは天井を見つめた。

 ウルドの憂いを秘めた表情が気になった。

(八年前の御剱見聞…………。犠牲者は、あの場にいた人たちだけじゃないんだよな……)

 鬱々としたヨウの気持ちが表情に浮かんでいたのだろう。レアルはヨウの脇腹を肘で小突くと、ニコリと笑って元気づけてくれた。



「お前達! 何をやったか分かっているのか!」

 青白い光に照らされたエリエールの表情は険しかった。その横に控えているシノも、今日ばかりは流石に朗らかに微笑んでいるわけにはいかないようだ。

「もう謝ったじゃないか」

 腕を組んだレアルは、溜息交じりに言う。

「謝った? 『悪(わり)ぃ、やっぱ魔神機はつえーわ』って、言ったよな?その、『悪ぃ』っていうのが、謝ったという事なのか?」

 今にも胸ぐらを掴んで張り倒しそうな勢いで、アリエールはレアルに顔を寄せる。レアルは小さく舌打ちをすると、面倒くさそうにアリエールの顔を横に退かし、「チッ、悪かったよ」と答えた。

「舌打ち! 聞こえてるぞ! レアル!」

「レアル! いつも舌打ちをするなと言っているだろう。相手に失礼だぞ! この場から離れてからするか、心の中だけにしておきなさい」

「コビー! お前も反省の色がないな! ヨウ、お前もだぞ!」

 急に話を振られ、ヨウは小さく頭を下げた。

「すいません」

「学園長、本当に申し訳ありません……! 本当に………!」

 今にも泣きそうな表情のメルメルは、頭を下げ続けたまま、上げようとしない。

「メルメル、君を責めてはいない。どうせ、コビーの催眠に掛かっていたんだろう?途中からは違うかも知れないが、君を責めたりはしないさ。責めを負うべきは、コビーとレアル、それと、ヨウだ!」

『どーも、すいませんでした』

 申し合わせたかのように、ヨウとレアルの言葉が重なった。アリエールは自分を落ち着けるように、眉間に手を当て、大きく深呼吸を繰り返す。

 右腕に回復剤と麻酔を打たれ、ぼんやりとする頭を振りながらヨウは辺りを見回した。

 ここは、ローゼンティーナの全てを管理する管制室だ。此処で様々な作戦を立案、実行に移すこともあるため、ここを作戦室と呼ぶ者も少なくない。

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