第37話

「コビー、そろそろ」

 ヨウは周囲を気にしてコビーを急かす。コビーの術があるとは言え、相手が何者であるかもまだ分かっていないのだ。用心に越したことはないだろう。

「私も行きます」

 眼鏡の奥の瞳に強い決意の火を灯したメルメルは、コビーを、ヨウを見た。

「分かった。ただし、無理はしないこと。何か異変が起きたら、真っ先に逃げるんだ。ヨウ、君もだ。何があろうと、絶対に魔神機の前に立つんじゃない。分かったね?」

「分かってますよ」

 メルメルを先頭に、ヨウ達は階段を下った。

「ヨウ、運動会を見たぞ! 散々な負けっぷりだったな!」

「ああ、光輪祭ね。見てたんだ……」

 ヨウは振り返ると、碧眼を細めてニコニコと笑うレアルを見上げた。

「完敗だったよ。恥ずかしい所を見られちゃったね」

「いいや、見事な負けっぷりだった。面白かったぞ」

「僕も同意見だ。腕を上げたね、ヨウ。やはり、君をジンオウに預けて正解だったよ。僕が君を育てるよりも、君はジンオウに育てられた方が良かったみたいだ」

「でも、結果的に見れば、うちの寮はボロ負けです」

「今年もブラックウッド・ロッジは、厳しいかもね」

 そう言って、メルメルはこちらを見やる。ブルーレイク・ロッジの彼女は、順当に行けば、前評判通り今年も優勝を狙えるのだろう。

「そうなのか? 見たところ、各寮の実力の差はそれほどなさそうに思えたけどな。ヨウの所は、一人欠けていたから、それで皆の連携が乱れたな。アリティアとか言ったか、その女がどんな力を持っているか分からないが、もし真面目に参加していたら、分からないぞ。強力なリアクターは、一人で戦局を変えることもできるからな」

「へぇ、レアルはよく見てるわね。確かに、アリティア先輩が真面目にやったとしたら、ブルーレイク・ロッジもヤバイかもね」

 メルメルは驚きの声を上げる。

「フフン、俺様を馬鹿にするなよ!」

 一見すると何も考えていなさそうなレアルだが、その実、彼は戦闘と言うことになると、誰よりも鋭い視線、思考を働かせる。昔から魔法は駄目だったが、剣の腕前は一流だった。恐らく、今は超一流の腕前になっているだろう。

「だけど、光輪祭はまだ後二戦残っている。ヨウ、くれぐれも無茶はしないようにな」

「………分かっているよ」

 溜息をつきながら、ヨウはコビーに答える。エリエールやシノもそうだが、皆ヨウに気を遣いすぎている。確かに、ヨウは少し無茶をする所はあるが、そこまで子供ではない。ヨウが本気で、真剣に光輪祭に望んだとしたら。もし、全てをかなぐり捨てたとしたら。結果は、誰もが予想し得ないことになるだろう。

「もう少し先で、エレベーターに乗ります。そこから、地下三〇〇メートルほどに下ります」

「魔神機の調査を担当しているのは、誰だい?」

 少人数用の小さなエレベーターだ。大人が六人も乗れば、狭く感じてしまうだろう。ゆっくりと、箱は音もなく地下へと向かっていく。

「ジンジャー先生です」

「ジンジャー・レイバールか……」

 名前を呟いたコビーは、憂いを秘めた表情をさらに曇らせた。

「ジンジャー先生が、なにか?」

 心配そうにメルメルが尋ねる。彼女にしてみれば、ジンジャーは直属の上司なのだろう。

「いや、彼は優秀な人物だよ。昔からね。ただ、少し偏執狂(モノマニア)な所があってね。一つ、自分の興味が注がれることが見つかると、視野が狭くなり、その事しか考えられなくなってしまう……」

「確かに、研究熱心です。最近では、講義を休んでまで魔神機につきっきりで。学園でも、問題になっているって聞きました」

「うん……」

「コビー、何か問題があるのか? そのジンジャーとかいう教師が魔神機を起動するとでも言いたいのか?」

「情熱だけでどうこうできる問題では無いと思っているよ。だけど、魔神機の起動は何がトリガーになるか分からない。用心に越したことはないさ」

「だったら、此処を破壊するか? 魔神機をまた地面深く埋めれば問題ないだろう」

「レアル、浅慮妄言は慎みなさい。あなたの言葉は、ただの言葉ではない。力を持った者の言葉だ」

「だけどコビー。実際問題、魔神機をずっと放置しておく訳にもいかないだろう。こんな地中深くにいる奴なんだ。魔人戦争で、こっぴどくやられた奴なんだろう」

「確かに、シグナルブックに送られてきた映像や報告書を見る限り、魔神機の性能は、下位レベルの可能性が高い。だが、今の私たちでは、復活した魔神機に歯が立たないのも事実だ」

「戦ってもいないのにか? 乙姫の未来視をそこまで信じるのか? 俺様は、俺様とコビーで十分勝てると思うけどな。ここには、アリエールもシノもいる。アラリムの三人と御剱繰者である俺様で戦えば、勝てるだろう」

「え?」

 レアルの言葉に戸惑ったのはメルメルだ。

「御剱繰者って? レアル、あなた御剱繰者なの?」

 眼鏡の奥の目が、大きく見開かれる。眼鏡のレンズに、レアルの顔がアップにされ、網膜などのスキャンを始める。

「そうだ、俺様は……」

「レアル・ザン・オスキュート……、ウソ……、天ノ御柱の一振り、残光無形の繰者なの?」

「そうだ。よく分かったな」

「ローゼンティーナのデータベースにあなたのことがあったから……」

「分かったろう、レアル。今の君は、責任ある御剱繰者の言葉だ。格で言えば、私やアリエールよりも上なんだ。君の言葉一つで、幾人もの人の運命を狂わせることができる。努々それを忘れないように」

「何度も言うな、分かっているよ」

 レアルはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「も、申し訳ありません、レアル様。レアル様とは知らず、呼び捨てにしてしまって……!」

 メルメルは腰を折って頭を下げる。ちょうど、エレベーターが最下層に到着した。扉が開くが、メルメルはレアルに頭を下げたままで、降りようとしない。

「ん? なんだ、いきなり改まって。俺様は堅苦しいのは嫌いだ。別に今まで通りで良いぞ」

「しかし……!」

 顔を上げないメルメルに微笑んだコビーは、歩きながらメルメルの頭をポンポンと叩いた。

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