第36話

「それは、他者の五感を全て操る……」

「五感どころか、大概のカメラやセンサーなら騙せるけどな」

 レアルだ。レアルはヨウを見て肩をすくめる。

「どうして、五賢人でありアラリムのあなたが? コビー様なら、学園長の許可を得なくても、堂々と正面から出入りはできるはずですが」

「僕もヨウと同じく誰にも知られたくはなかったんだよ。 アリエールやシノにも、誰にもね」

「え?」

 メルメルは抱えるヨウを見た。その目には、明かな疑念が浮かんでいる。

「どういう……? ヨウ、あなたは、学園長の命令って言ってなかった? というよりも、どうして私はあなたの言葉を信じたの?」

「コビーの力だ。俺様達も、偶然ヨウと出会ったんだ。ヨウがお前を組み伏せる前に、すでにお前はコビーの支配下にいたんだ」

「だから、メルメルを説得するのは楽だったのか……」

 納得だ。全て順調にいったのも、コビーが援護していたからだろう。

「もしかして、私は、敵を引き入れてしまったの?」

 警戒心をあらわにするメルメルは、青い顔をして震えていた。目の前にいるコビーは、オリジナルソフィアのリアクターだ。その彼がローゼンティーナを裏切っていたとしたら。彼女の中には、絶望が支配しているのだろう。

「心配は無いよ、僕は確かにローゼンティーナの意向を無視して動いている。だけど、僕はその上からの指示で動いているんだ。そこのヨウもね」

 コビーは女性を蕩けさせる優しい笑みを浮かべ、手を差し伸べた。その手をまじまじと見たメルメルは、恐る恐るコビーの手を取る。

「その上とは……もしかして、明鏡?」

「その通り。もちろん、アリエールやシノは、僕たちの味方さ。だけど、彼女の側近達はどうかな? だから、僕たちはアリエールやシノには知らせず動いているのさ」

「だったら、コビー様の力で、全体を催眠に掛けたら?」

 メルメルの問いに、コビーは難しそうな表情を浮かべた。

 ヨウは分かっていた。コビーの力ならば、ローゼンティーナ全体を幻術で包むことは可能だ。昔、コビーは国一つに幻術を掛けたことがある。街一つを幻術に掛けることくらい、ワケは無いだろう。だけど、それができない理由がある。

「できなくはない。だけど、それをやった瞬間、僕の存在がばれる可能性がある。アリエールにはばれても良いが、他のリアクターや御剱繰者にばれるのは、よろしくない」

「えっ……?」

 メルメルは分からないようだ。コビーは乱れたメルメルの服を直すと、メルメルの背中を押して歩き出した。

「さあ、魔神機の所まで案内してくれ。僕たちが来た理由も道すがら話そう」

「……はい……。本当に、学園を裏切るような行為ではないんですよね?」

「ああ。もちろんだ。僕の能力は、君も知っているように、あらゆる感覚や意識を操作する。先ほど、君に暗示を掛けて、此処へ導くようにしたのも僕だ。カメラやセンサーはだませても、あの壁のセキュリティは少し特別でね、僕の力ではどうにも出来ないんだ」

「コビーさんの力でも?」

「この施設は、幻術系のソフィアや御剱の対策もされているからね。と言うよりも、このセキュリティを作ったのには僕も一役買っていてね。最低限、僕の力を防げるように設定してあるのさ」

「それでも、幻術を使えば、いくらでもセキュリティは躱せるはずです」

「確かにね。いくらでも人を操れば、それは簡単だ。だけど、ソフィアや御剱であまりにも大きな力を使えば……」

「セフィラーの消失が起こる。そうすると、セフィラーの増減を感知するセンサーにも引っかかるし、一定レベルのリアクターや御剱繰者に存在がばれてしまう」

 ヨウはコビーを見る。コビーは頷くと褒めるようにヨウの頭を叩いた。

「その通り。そして、僕の力も完璧ではない。幻術に掛けられる人間と、掛けられない人間がいる。現に、ここにいるヨウは僕の存在を感じ取れたし、レアルに至っては僕の力はほぼ効かないと言って良いだろう。同時に、それは敵にも言えることだ。僕が不用心に能力を使ったら、忍び込む意味が無くなってしまう。だから、最小限の力で侵入したいんだ」

「敵は傀儡ですか?」

「分からない。傀儡かも知れないし、ガイゼスト帝国や神聖アムルタート王国かも知れない。もしかすると、その三つ全てかも知れない。何処に敵がいるか分からないから、アリエール達にも知らせられないんだ。彼女と連絡を取るだけで、ばれてしまうかも知れないからね」

「コビー様がローゼンティーナの許可無く研究棟に入りたいのは、納得できました。だけど、ヨウ、あなたはコビー様とは別で入ろうとしたけど、それは何故?」

 コビーの答えに納得がいったのだろう。メルメルの疑問の矛先はヨウに移った。彼女との出会いは少し特別なため、彼女はヨウのことを強く警戒しているのかも知れない。

「俺も、どちらかというと明鏡よりだ。もっとも、俺は未来視の巫女の言葉を無視して、ローゼンティーナに来たけどな」

「乙姫から話は聞いているよ。ヨウをローゼンティーナに行かせるなと言っていた」

「俺様もだ。だから、ヨウを見た時は本当に驚いたぜ」

 コビーは渋面を浮かべるが、レアルは対称的に破顔した。

「これでも、師匠の許可は得ている。魔神機がローゼンティーナで発見され、さらにソフィアの流出疑惑。海の向こうで黙ってるわけにはいかないだろう。ちゃんと、ローゼンティーナに来ることは、師匠の了承も取った」

「師匠?」

 メルメルは振り返りながら尋ねた。

「ジンオウ・スメラギ。俺に魔法や戦闘技術を教えてくれた師匠だ」

「ジンオウ・スメラギ? それって、五賢人の一人、ジンオウ様? スメラギってファミリーネームだから、もしかしてって思ったけど……」

「五賢人って言われているけど、それほど賢くはないけどね」

 キラキラと輝く瞳を向けてくるメルメルから視線を逸らしながら、ヨウは呟くように言った。師匠であるジンオウは五賢人などと偉そうに人々から呼ばれているが、実際はタダのだらしない男だ。まだ三〇手前だが、その自堕落ぶりは十分独り身の中年男性のそれがある。

「ジンオウからは、明鏡に向かうとあったけど、今頃は明鏡かな?」

「転神せずに陸路と海路でのんびりいくって言ってましたからね」

「そうか……。やはり、僕が動いて正解だったみたいだね」

「大きな波が来るぞ、ヨウ。その中心にいるのは、俺様達だ」

「そうだね……。できれば、その大きな波ってのを未然に防ぎたいけど……」

 メルメルが足を止めた。T字路の突き当たりで再び壁に触れると、ぽっかりと穴が空いた。

「ここから先は地下になります。この階段を下りた先に、魔神機があります」

 緊張した面持ちでメルメルは言う。コビーはメルメルの肩を叩くと、メルメルに尋ねた。

「どうする? 君は此処で引き返すか? 仮に誰かに見つかったとしても、僕たちと一緒にいるから、もちろん君は罪に問われない。今は君を催眠に掛けていないが、いざとなったら、君は僕が催眠を掛け、案内させたと説明はするつもりだ」

「危険、なんですか……?」

「分からない。何処に傀儡が潜んでいるかも分からないし、スパイが誰かも見当が付かない。それに、ここから先には、アリエールやシノは近づいていないはずだ」

「………はい。研究棟には良く来ますが……」

「それは、魔神機の覚醒を恐れているからだ」

「覚醒? 魔神機は半壊しています。とても動くようには思えませんが……」

「魔神機を普通のマシンだと思わない方が良い。あれは、明鏡でさえ解明できない技術で作られた代物だ。先の大戦では、全壊したはずの魔神機が自己修復を行い、再び戦場に戻ったという記述がある。それほどまでに、恐ろしいものなんだ」

「魔神機に、そんな力が……」

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