第33話
「あの時の……!」
「ンンンンッッッッ!」
漸く状況が飲み込めたのだろう、女性は突然暴れだし、個室のドアを蹴り出した。
「ちょっと……! 待って!」
口を押さえてる手をずらして首を締め上げるだけで、相手を無力化することはできた。だけど、ヨウは余り手荒なまねはしたくはなかった。それも、見知った顔だとしたらなおさらだ。だが、彼女はヨウを知っているし、ヨウも彼女を知っている。
「落ち着いて! さもないと、大変なことになる……!」
右手を締め上げると、少女は痛そうに顔を歪めた。
「解放するから、俺の話を聞いてくれ、頼む……」
プランAからBへ移行することにした。
ヨウはゆっくりと彼女を解放する。少女は、ヨウを見るとすぐに離れて個室のドアに背中を預ける形になった。手を伸ばせば届く範囲。少女は個室の鍵が閉まっていることを確認するが、ヨウは注意深くその動きを捕らえており、白い首に右手を伸ばした。
「ヒッ……!」
少女が細く息を飲んだ。
細く華奢な首だ。少しでも力を込めれば彼女の命を奪うことは容易い。
「俺は、ヨウ・スメラギ。君は?」
相手を落ち着かせるように、自己紹介から始める。
「メルシェル……、メルシェル・クロン・メルメール」
「メルシェル? メルが沢山あるから、メルメルでいいか?」
「……うん」
怖いのだろう、メルメルは何度も頷く。
「よし、メルメル、俺はある任務で研究所に入りたいんだ。そこで協力して欲しい」
「任務……?」
メルメルは訝しそうにヨウを見るが、殺生与奪の権利が相手にあるので、余計なことは口にしない。彼女も、ローゼンティーナの一員だ。戦闘訓練は受けているはずだ。
「そう、アリエールとシノから頼まれているんだ」
「どうして学園長が? 学園長なら、好きに調べられるのに」
「学園長? メルメルは学生なのか?」
「二期生、君よりも先輩なんだけど……」
「そっか……」
なら話は早いかも知れなかった。
「量産型ソフィアが他国に流れているという噂がある。俺は、それを調べているんだ。アリエールが表立って動くと相手に悟られるかも知れない。だから、俺が調べているんだ。出来れば、入退室の履歴も残したくはない。申し訳ないけど、少し強引な手法を使わせてもらった」
「君が……?」
ヨウはメルメルの首から手を外す。
これがプランBだ。普通の生徒ならば、アリエールの名前を出せば、大抵は大人しくなる。そして、協力的になる。もしこれで相手が動揺するようなら、プランC。相手を暴力を持って制圧し、アリエール達に引き渡せば良い。最悪、全ての作戦が失敗して捕まったとしても、誰もヨウを罰することはできない。ヨウは、ローゼンティーナのそのさらに上、明鏡の指示で動いているのだから。
「だから、力を貸して欲しい」
ヨウは頭を下げる。しばらくメルメルは黙って考え込んでいるようだったがすぐに「分かったわ」と答えてくれた。
「だけど、私も用事があるから、一緒に行きましょう。私がいれば、ウォッチャーを誤魔化すこともできるわ」
「助かるよ」
その時、廊下で物音が聞こえた。これは、先ほどの音を聞きつけドックが集まってきたのだ。
メルメルはすくと立ち上がると、個室を飛び出し廊下へ出た。ヨウはその後をに続く。
「問題ないわ」
メルメルは四体のドッグに囲まれていた。無愛想な鈍色に輝くドッグは、メルメルの腰ほどまでの大きさがある。瞳が輝き、メルメルにセンサーを当てる。メルメルの全身をスキャンしたドッグは、ヨウに顔を向けセンサーを当てる。当然、ヨウはシグナルプレートを所持していないため、エラーが発せられ、ドッグは臨戦態勢になる。
「止めて、彼は私の助手よ。シグナルプレートは忘れました」
メルメルの言葉に、ドッグはすぐに反応し、再び彼女をスキャンする。心拍や脳波を計測し、彼女が正常であるか、脅されているのではないか、それを確認している。メルメルは落ちたプレート類を拾おうとするが、それをヨウは横から拾う。
「これを持てば良いんだな」
見たことのないプレートだ。表面は怪しい輝きを放っており、うっすらと文字が浮かんでいる。一辺が六〇センチほどのプレートは、一枚が一キロ近くあった。それを六枚ほどメルメルは持っていた。彼女の華奢な体では、結構な負荷が掛かっただろう。
ドッグの瞳が赤から緑に変化した。異常なしと判断されたのだろう。
「今日は彼も研究施設への入室を許可します。生体登録をしておいてください」
ドッグはヨウの彩紋と顔の特徴などを記憶すると、再び球体に戻って廊下を転がっていった。
「じゃ、行きましょうか、助手君」
「はい、先輩」
メルメルは軽い足取りで歩き出す、その後ろをヨウはついて行く。先ほど、ヨウが遠目から眺めた扉に到着する。
「メルメルは学生なのに、研究施設に入れるんだな」
「ミラマリア先生の助手をしてるの。私、ソフィアの研究がしたくて、ローゼンティーナに来たのよ。だから、先生に頼み込んで、放課後に研究施設で手伝わせてもらっているの」
「ソフィアの? もしかして、ソフィアの技術が他国に流れている事って」
「ええ、いくつか不自然な点はあるみたい。ミラマリア先生も、首を傾げるときがあったから。でも、実際には分かっていないのよ。数値上ではちゃんと現物は出来ているわ。だけど、理論上はもっと多くのソフィアが出来ていてもおかしくはないの。私が君を信用したのも、私もソフィアの事を疑問に思っていたからよ。あれは、他国に出してはいけない技術。あれが世界中に溢れたら、また戦争が始まる。それだけは、阻止しないと」
彼女は思い詰めた表情で言った。
メルメルは扉に手を翳す。すると、扉が輝きだした。巨大な鉄扉が、賽の目状に分解されたかと思うと、人が一人通れるほどの穴が開いた。どうやら、研究施設には、事前に登録された者しか入れないようになっているようだ。
扉を潜ろうとしたヨウは、ふと背中を引っ張られるような感覚に襲われた。
「………なんだ?」
それは、誰かの視線を感じた類いのものではなく、体中のセフィラーが何処かへ引っ張られるような感覚だった。何処かで、強力な転神やソフィアライズがされたときに起こる現象とよく似ていた。
「ヨウ、どうしたの? いくんでしょう?」
一足先に中に入ったメルメルが、足を止めて振り返るヨウを不思議そうに見る。
「いま、セフィラーの流れを感じなかったか? 凄く強力なセフィラーの移動」
「そう? 私は特に感じなかったけど?」
メルメルは確認するように周囲を見る。
気のせい、ではないだろう。恐らく、何処かでソフィアライズ、若しくはそれに準じた何かが行われた可能性がある。メルメルには分からないが、もっと上級者のリアクターなら感じ取れたかも知れない。もし、この尖塔の上にある執務室にアリエールやシノがいたら、僅かな変化にも気が付いたかも知れない。
何が起こったのか、ヨウには調べようがないし、その時間も無い。ヨウはヨウの目的を達成するだけだ。不測の事態が起こるとも限らない、注意だけは怠らないようにしないといけないだろう。
「そうか……。一度聞きたかったんだけど。ソフィアは人の手で作られるんじゃないのか?」
ヨウは素朴な疑問をぶつけた。ソフィアを量産すると行っても、量産の方法が分からない。量産という言葉から、てっきり流れ作業のようにできていると思ったが、どうやら違うようだ。
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