第32話



「アリティア先輩」

 夜。ヨウはアリティアに呼び出されていた。ローゼンティーナに侵入する手はずが整ったというのだ。

「来たわね。ご苦労様」

 寝間着姿のアリティアは、壁に背中を預けたまま笑みを浮かべる。彼女の前には、作業服を着た二人の男性がいた。

「彼らはローゼンティーナへの物資運搬係。彼らと一緒に行けば入り込めるわ」

 アリティアはシグナルブックを立ち上げると、彼らの口座にクレジットを振り込んだ。

「確認した。後は我々に任せてください」

 男性は帽子のつばを持つとアリティアに頭を下げた。

「じゃ、よろしくね。ヨウ、ローゼンティーナに侵入するのよ? そんな軽装で良いの?」

「明らかに侵入しました、悪いことをしますって格好だと、見つかったときに言い訳できませんから」

 ヨウは両手を広げ、学生服を見た。

「見つかること前提?」

「内部のセキュリティが固いのは知っています。見つかったら、適当な理由を付けるつもりです。それよりも、先輩。今日の光輪祭なんですけど」

「サイもシジマも、平気みたいね? レイチェルから聞いたわ」

「ですけど……!」

「ですけど、なに? 私、面倒なこと嫌いだから。 私を選んだシノが悪いのよ? こうなることは予想できてたでしょうしね。イヤだったら、あなたたちも次は参加しないで棄権したら良いじゃない」

「それだと、寮生のみんなに顔が立ちませんよ。俺たちは、まだ一期生なんですから」

「じゃあ、死なないように頑張るしかないわね」

「そんな……! あのファラって人は、先輩のことをえらく挑発していましたよ? 放っておいて良いんですか?」

「ファラ? ……ああ、あのファラね? あいつはいつも私に突っかかってくるのよ。でも、私が相手にしないから、余計にこっちを意識してくるのよね」

「そうなんですよ。あの人に目を付けられている限り、俺たちが勝つのは厳しいです」

「面白いでしょう? 私が相手にしないからって、必死になって気を引く所がいじらしいじゃない」

 アリティアは他人事のように笑うが、ファラの八つ当たりを受けるこちらの身にもなって欲しいものだ。サイなどは、パルス銃の直撃のショックで、今日一日はブラックウッド・ロッジの介護室で寝ることになっている。

「ほら、行きなさいな。光輪祭の成績よりも、ヨウにはこっちの方が重要なんでしょう?」

 アリティアに背中を押されたヨウは、仕方なく男性の元へと行った。

「よろしくお願いします」

「中に入ったら、俺たちの事は他言無用で頼むよ」

「もちろんです」

 そう言うと、ヨウはトラックの助手席に乗り込んだ。一度振り返ったが、アリティアは笑顔で手を振ってヨウを送り出してくれた。

「これを被って、助手席の足下に寝転がって」

 渡されたのは、ステルスシェードだ。全てのセンサーを回避はできないが、ある低度ならこのシェードを被ればパスできる。

「入り口はサーモと赤外線センサーだから、これでも躱せる。中に入ったら、効かないから気をつけてね」

「分かってます」

 ローゼンティーナの内部は、夜になると無人機が巡回している。彼らは各種センサーが内蔵されているため、シェードを被るだけでは回避できない。単純に、彼らに見つからないように動くしかない。

「では、行くよ」

「お願いします」

 ヨウを乗せたトラックは、ブラックウッド・ロッジから出てローゼンティーナへ向かった。ヨウはステルスシェードを体に巻き、体を小さくした。

 セフィラーをエネルギーに転用するトラックは、音もなく発進する。しばらく市街地を走り、ローゼンティーナへと向かう。運転手達は緊張しているのだろう、二人とも一言も発しなかった。

 入り口で積み荷の確認を受けたトラックは、ゲートを追加してローゼンティーナの内部へと進入した。

「成功だ。くれぐれも、俺たちの事は言わないでくれよな」

「分かってます」

 もし、ヨウを侵入させたと知れたら、二人はそれなりの罰を受ける。ローゼンティーナでの仕事を取り上げられるのはもちろん、衣食住を剥奪され国に犯罪者として強制送還される。それだけのリスクを背負ってくれている。二人は、それに見合う金額をアリティアから受け取ったのだろう。

 アリティアの何処にそれほどの資金があったのか、疑問に思ったが、彼女の事を詮索するのは止めた方が良さそうだ。彼女が言うとおり、今の関係がベストなのだろう。

 二人が搬出作業を行っている間に、ヨウは転がるようにトラックから降りると、搬入口からローゼンティーナの内部へと侵入した。

 ヨウのシグナルプレートとブックは監視されている可能性があるため、持ってこなかった。敷地は広大だったが、だいたいの位置は頭に入っている。怪しいのは、地下にある研究施設、その奥だ。

 搬入口から研究施設まではそれほど遠くはない。ヨウは巡回する無人機に警戒しながら先へ進む。

 鈍色の金属製の床と天井が続いている。所々に照明が灯っているが、壁自体がほのかに輝いているので、それほど暗さは感じない。此処は搬入口から、各施設へと物資を運ぶだけの通路なので、それほどの気を遣った作りはされていないのだ。

 ローゼンティーナは、末広がりの塔のような形をしている。中心の塔には行政などのローゼンティーナの全てを司る機関があり、地下に研究施設、地上に面した外郭部分に生徒達が自由に出入りできる学舎が存在している。

 ヨウがいるのは、学舎の内側、尖塔に面した場所だった。ここから、尖塔と研究所への出入り口が個別に設定されている。


 カラカラカラ………


 何かが通路を転がってくる音がする。ヨウはすぐに足を止めると、脇道に逸れ角に隠れた。ヨウが立ち去って数秒もしないうちに、直径一メートルほどの金属製のボールが転がってきた。十字路まで来ると、ボールは一瞬にして犬のような形に変形した。両目を光らせ、各種センサーで異常が無いかを確認する。

 あれは、無人機警備システム『ウォッチャー』の一つ、『ドッグ』と呼ばれるタイプだ。他にも、空を飛ぶ『バード』や昆虫タイプの『インセクト』などがある。

 この棟に出入りする人物ならば、シグナルプレートがあるだけで、それを認識しウォッチャーは素通りしてくれる。だが、ヨウの様にプレートが無ければ、問答無用で攻撃されることもある。場所が場所なら、威嚇なしで発砲してくるだろう。

 ヨウはドッグをやり過ごすと、再び進んだ。だだっ広い通路が続いている。時間が時間だけに、すれ違う人もいなかった。ヨウは苦労せずに研究施設に入る扉の近くまで来た。

「問題は、ここからか……」

 第一関門だ。扉には鍵穴のような物は一切無く、壁にもそれらしき開閉装置はない。もちろん、扉はカメラで厳重に監視されているため、近づくことすら出来ない。ヨウは周囲を見渡した。

「俺が開けられないのなら、開けてもらえば良い」

 戦闘技術だけでなく、ヨウは様々な事をジンオウから学んだ。その中の一つに、どのように人の不意を突き、効果的に言うことを聞かせるかと言うことも学んだ。

 程なくすると、向こうから足音が聞こえてきた。ヨウは息を殺して近くのトイレに潜んだ。もちろん、トイレの中に人はいない。女子トイレは確認していないが、この時間なので人はいないだろう。

 近づいてくるのは女性だ。白衣を身につけていることから、研究所へ行くのは間違いないだろう。両手に荷物を抱え、おぼつかない足取りだ。

「女か……」

 ヨウは内心舌打ちをした。女性だろうが男性だろうが、不意を突けば無力化するのは容易い。だが、出来れば女性に荒っぽい真似はしたくなかった。ヨウは、相手を気絶させ、シグナルプレートを入手したいだけなのだ。

 女性がトイレを通り過ぎたとき、ヨウは飛び出した。女性の右側から飛び出したヨウは、右手で女性の右腕を背後に締め上げ、左手で口を塞ぐ。

 女性の手から落ちたトレーが、通路に散乱しけたたましい音を立てる。ヨウは女性の足を払うと、男子トイレに連れ込んだ。

「騒がないで……!」

 ヨウは個室に女性を連れ込むと、女性の頭をこちらの胸に当てるようにして、上から覗き込んだ。

「………」

 見覚えのある顔だった。

 ボリュームのある赤く長い髪の毛。大きな眼鏡。その眼鏡はヨウを見ると、すぐさまこちらの情報をデータベースから引っ張ろうとする。

 あの時、ヨウがローゼンティーナに初めて来たとき、ブルーレイクで遭遇した女性だ。水浴び後の全裸を、ヨウは彼女に見られている。

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