第30話
「くっそ~~……アリティアの奴もいないし。これ、戦闘関係だったら、僕たちは絶対に良いカモじゃないか……。死ぬまであの女の事を恨んでやる」
腕を組み鼻の先に皺を寄せたサイが大声で文句を言う。周囲の出場者が、クスクスと笑いながらこちらを見ている。
「ギャラリーは大聖堂で観戦しているの。こちらの様子は、全部モニターされているわ。本番は昆虫サイズのカメラが放たれてこちらの状況を一人一人拾うわ。あまり大きな声だと、スピーカーに拾われるわよ」
「げげ、それじゃ、下手なことも口にできないじゃないか」
「そうね。何処かでアリティアも見てるかも知れないから、悪口は言わないことね」
その言葉を聞いたサイは、両手で口を塞いだ。
「もう遅いかもしれないわね」
鋭い声が聞こえた。サイは飛び上がらんばかりに驚くと、ヨウの影に隠れて声のする方を見た。
目の覚めるような青い戦闘服を身につけている。ブルネットの髪に少し赤い瞳、勝ち気そうな口はこちらを馬鹿にするように釣り上がっている。
「私は……」
「知ってます。エストリエの第二席。ブルーレイク・ロッジのファラ・サンサールさんですよね」
ヨウは頭を下げる。その様子を見て、ファラは嬉しそうに目を細めた。
「あら? アリティアの子飼いのくせに、しつけられているじゃない。シジマとレイチェルは、挨拶もないって言うのに」
「今日は敵ですから」
「今日も敵ですので」
レイチェルとシジマは、そう突っ慳貪に言い放つと、興味ないとばかりにアリエールを見上げた。
「フフ、分かってるわね、彼女たち。良いわ、レイチェルに免じて、優しくしてあげるから」
ファラはそう言うと、腰を屈めてヨウの後ろに隠れているサイを覗き込んだ。
「安心して、一年生。私たちは、そんなに野蛮じゃないから。せっかくのお祭りだから、楽しみましょう?」
「楽しむ……? そう、ですよね。怪我するわけないですよね? 僕とヨウはエストリエですらないんだから」
サイは嬉しそうにヨウを見上げるが、ヨウは笑うことはできなかった。
ファラ・サンサール。噂に寄れば、その悪名はレイチェルと肩を並べる。学業、戦闘、全てにおいてハイレベルの彼女は、妬みでそう言われているのもだと思っていた。だけど違う。ヨウは彼女の纏う陰湿な気配を敏感に感じ取っていた。
「そうそう、笑顔笑顔」
ファラはニコリと微笑むと、サイの鼻を無造作に、自然な仕草でつまんだ。
「ギィッッッッッッ!」
声にならない悲鳴を上げサイ。ヨウは右手を挙げてファラの手を弾こうとしたが、ファラの手は鋼のように硬く、ヨウが軽く払っただけでは払えなかった。
「その笑顔から苦痛に顔が歪むのを見るのが、本当に好きなの。安心して、君たちはすぐに私が直々に滅殺してあげるから」
ヨウはファラの腕を掴んで力を込めた。普通の女性の腕ならへし折れるほどの力を込めたが、ファラは僅かに眉を顰めただけだ。仕方なさそうにサイの鼻から手を離し、ヨウの手を邪魔そうに振り払った。
「その顔その顔……。 そそるわぁ……。アリティアのお気に入りを仕留めるのが、私の趣味なの。せいぜい、逃げ回ってね」
ファラはレイチェルとシジマを舐めるように見て、自分のチームへと戻っていった。
サイは鼻を押さえてその場にうずくまったが、誰も彼を助けようとはしなかった。
「なかなか強いですね」
「わかるかい、ヨウ君。彼女はアリティア先輩を目の敵にしているんだ。毎年、僕たちは彼女に一方的に痛めつけられているんだ」
「先輩は何も言わないのか?」
「ジジちゃんは、ファラに興味が無いみたい。その事が、余計ファラの神経を逆なでしているの。もしかすると、そうやって怒るファラを見て、楽しんでるのかもだけど」
「だけど、シジマはともかく、レイチェル先輩までいるんだぞ」
「ああ、流石のファラも、レイチェル先輩には執拗に攻撃はしない。もし、アリティア先輩の逆鱗に触れたらの事を考えているんだとおもう」
「じゃあ、シジマと俺と、サイが狙われるだけか。せめてもの救いだな」
「救いじゃないよ!」
サイが大声を上げた。
『ヨウッッッッ! 静かにしろ!』
耳を貫く怒声が降ってきた。ホログラムのアリエールが、憤怒の表情でこちらを見下ろしていた。シノはヤレヤレといった表情で額に指先を当てていた。
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