第17話



 光輪祭まで一月も無かった。

 競技の内容は、本番寸前まで誰も似も知らされない。とは言っても、例年通りならば、実技と筆記試験だ。実技とは、戦闘のことであり、筆記とは通常のテストをより難しくした程度のものらしい。

「テストは、僕とレイチェル先輩に任せて」

 床を掃除機で吸いながら、サイは自信満々に言う。

「じゃあ、私たち三馬鹿が実技専門って事ね」

 アリティアはつまらなそうに言うと、溜息をつきながら窓の外を眺める。

 ここはアリティアの部屋だ。五期生であるアリティアは、広い一人部屋を持っている。

 ヨウはサイドテーブルを拭きながら、アリティアにいくつかの質問をぶつける。

「光輪祭で勝者には何がもらえるんですか?」

「ん~……なんだったかしらね……」

 答える気が無いのだろう、アリティアの口からは溜息が漏れた。

「特に何も無いわよ。寮に点が加算されるだけ」

 アリティアの正面に座ってお茶を飲んでいるレイチェルが答えた。

「点?」

「ヨウは知らないんだったね。ローゼンティーナは四つの寮がポイント制で争っているんだよ。一年の最後に、もっとも高得点だった寮の生徒には、各寮の食事や映画などが一週間、タダになるんだ。もちろん、生徒だけではなくて、同じ寮に住んでいる先生や職員も同じ恩恵を受けるから、もう一週間はお祭りみたいな騒ぎになるんだよ」

「へ~、それは凄い。去年は何処が勝ったんだ?」

「学園長のいるブルーレイク・ロッジだよ」

「ま、私には余り関係ないんだけどね。あんなのに騒ぐ気にはなれないし」

「じゃあ、負けても何もないんですね」

 ヨウの言葉に、サイとシジマ、レイチェルが反応する。

「いや……ない事はないんだが……」

「あまり派手に負けると、その……、成績に響くんだよね」

「アリティアの様に、面倒だからって手を抜く生徒が沢山いるから」

「なるほど……」

 ヨウにとって学園の成績はどうでも良いが、シジマとサイにとっては、死活問題なのかもしれない。

「さて、ヨウ君、サイ君、シジマ君、お掃除が終わったら、訓練にいきましょう」

「はい」

 ヨウは答える。

 毎日、朝夕とヨウ達はレイチェルに訓練を見てもらっている。レイチェルもサイと同じように実技はからきしのようだったが、レイチェルがいるだけで、ヨウ達は射撃の訓練場などを優先的に貸してもらえる。それもひとえに、アリティアの後ろ盾があるためだろう。

「ヨウ、今日は負けないからな」

「何か賭けるか?」

 シジマとヨウは二人並んで銃を構えた。此処までの成績は、一〇勝四敗とヨウが勝ち越している。

「よし、夕食を賭けよう」

「内容は? 速射? 精密?」

「両方だ。ターゲットを三〇機、早い時間で打ち抜いた方が勝ちだ。ただし、外した銃弾一発に付き、一秒プラスだ」

「了解」

 ブザーが鳴ると、ヨウ達は出現するターゲットに意識を集中した。

 ヨウ達が訓練している時、遙か離れた絶海の孤島、明鏡では一つの事件が起きようとしていた。



 ローゼンティーナから遙か東、太平洋のど真ん中に明鏡と呼ばれる孤島があった。円形に近い、面積二〇〇〇㎢の小さな島だったが、過去数千年、人類の運命を左右してきた島だ。

 明鏡は『未来視の巫女』を頂点として、司法、立法、行政、軍事の四部門に別れている。中でも軍事は御剱や魔神機など、下手をすればガイアそのものを滅ぼしてしまう危険な物を扱う部門であり、そこのトップは未来視の巫女が着いていた。

「姫様! 姫様! 由羽、姫様を見なかったか?」

 風がよく抜ける縁側に座った篠崎由羽は、各地から送られてくる情報をシグナルブックで見ていた。

 ドタドタとけたたましい足音を立て、数名の老人が息を切らせて掛けてきた。皆、薄緑色の狩衣を纏っている。

「乙姫? さあ、知らない……」

 長い髪を首元で纏め、白いワンピースを着た由羽は素っ気なく答えた。その目はホログラムを見つめており、老人達には一瞥もくれていない。

「知らない、ではない! 先日の未来視が乱れたのを、お主も知っているだろう?」

「知ってる。私もその場にいたから……」

 由羽は溜息交じりに答えるが、やはり目はホログラムを見たままだ。

「で? なに? 私に何か用?」

「姫様を探してくれ! 何処にもおらぬのじゃ!」

「それ、命令?」

 低い声を発しながら、由羽は老人を睨め上げる。由羽の眼光に押され、老人達はたじろぐ。

「し、仕方ないのじゃ……。儂らでは、何処を探しても見つからぬし。姫様の付き人であるそなたなら、何処へ行ったかも分かるじゃろう」

「付き人? あんたら、言葉遣いがなってないわね。私は乙姫の友人よ。友達だから、乙姫の側にいるだけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「儂らの命令が聞けぬと申すか」

「乙姫の付き人に何を言われても、聞く耳持ちませーん」

 由羽はブックを閉じると、老人達から逃げるように縁側を歩き出した。と、すぐに由羽は足を止めた。角から黒ずくめの男が現れた。突如として生まれた剣呑な気配に振り返ると、老人達の前にもう一人、体躯の良い男が立っている。二人とも顔にはマスクをしており、表情は分からない。が、僅かに覗く目は強い光を帯びている。

 軍部に所属する暗殺部隊の隊員だろう。気配と立ち振る舞いから察するに、ただの人間だ。御剱の繰者ではない。

「………なに?」

 不機嫌そうに由羽は眉を釣り上げる。

「この私に意見する気? 返答したいじゃ、殺すわよ?」

 由羽は凄むが、二人とも動じる気配を見せない。

「由羽様」

 突然、二人の男は膝を折って頭を下げた。

「お願い申し上げます! 姫様を、連れ帰ってきてください!」

「そんなに乙姫が大事? 彼女だって、もうちょっとで二十歳よ? 放っておいてもいいんじゃない?」

「しかし……」

「俺が帰ってきたんだよ。乙姫に話があるんだ」

 庭から三人目の人物が登場した。ボロボロの服を着た大柄な男性は、顔を隠していない。髪はボサボサで、無精ひげが生えている。日に焼けた肌に、人懐こい瞳。だが、彼が纏う雰囲気は前後にいる二人よりも遙かに凄みを感じる。

「ジンオウ!」

 不機嫌だった由羽の表情が一瞬にして明るくなった。

「帰ってきたのね? ね、ヨウは? 一緒なんでしょう?」

 由羽は素足のまま縁側から飛び降り、ジンオウに駆け寄る。

「ヨウの奴か? あいつは……」

 ジンオウは無精ひげを弄りながら、青空を見上げた。

「ん~、今頃、ローゼンティーナだろうな。もしかすると、この時期なら、下手をすれば光輪祭に出ているんじゃないか?」

「ハァ?」

 由羽は甲高い声を出す。

「ちょっと! ジンオウ! ローゼンティーナってどーいう事よ! 乙姫の未来視で、ヨウをローゼンティーナに行かせるなって言ってあったでしょう!」

「ああ、あの未来視な。おう、無視した」

 あっけらかんと言い放つジンオウ。由羽はワナワナと両手を握りしめた。この男を殴り倒してやりたいが、由羽の非力な体術など彼はそよ風程度にしか思わないだろう。それどころか、反撃されて地面に転がされるのがオチだ。

「クッ! それで、乙姫に用って訳? ええ?」

 由羽は凄んでみるが、ジンオウは何処吹く風だ。大概、明鏡の人物は由羽が凄めばすぐに折れるが、この男は別だ。

「おう、そうだ。だから、呼んできて欲しい」

「それは命令? 知ってるでしょう? 私は、私自身の命令と、ヨウの命令しか聞かないわ!」

「少し見ない間に、身長と胸だけじゃなくて、態度もでかくなったか。いや、どちらかというと、胸は余り成長していないか?」

「なっ! ジンオウ!」

 由羽は顔を真っ赤にして胸を押さえる。確かに、乙姫や同年代の友人に比べると、由羽の胸の成長は若干遅れている。自分でも分かっているが、あえて指摘されると恥ずかしさと怒りが湧き起こってくる。

「冗談だよ。俺とお前は、同格だ。冗談抜きで乙姫に用事があるんだ。頼む、あいつを呼んできてくれ」

「………」

 ふて腐れる由羽。だが、次の一言が由羽を動かすことになった。

「未来視でも出ているだろう? 世界は荒れる。恐らく、この流れは止められない。そうなれば、ヨウの奴も巻き込まれる」

「え?」

「すでに、ローゼンティーナにはコビーとレアルも向かっている」

「コビーとレアルが?」

「ああ」

「アアッッッッ! もう! なんてこと! レアルの奴、私に抜け駆けしてヨウと遊ぶ気でしょう! 乙姫を連れてくれば良いのね!」

「レアルが遊ぶかどうかは分からんが、コビーは羽目を外すだろうな。羨ましい」

「乙姫を連れてくるから、中で待ってて!」

 言うが早いか、由羽はサンダルを突っかけて社から出て行った。

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