第16話
数学、現代文、歴史、そうした基本的な授業は当然として、機械工学からセフィラー学をこなし、戦闘訓練は毎日のように行われていた。
一週間、ヨウは慣れない集団生活に溶け込もうと、積極的に動いた。まず、サイが友人達に紹介してくれた。ブラックウッド・ロッジの寮生である彼らは、快くヨウを迎えてくれた。彼らもまた、ヨウとゼノンの戦いを見ていたのだ。
「あの時は残念だったな。お互いが生身の戦いなら、絶対にヨウが勝っていたんだけどな」
射撃訓練の際、褐色の肌をした青年、タパス・グリアーノが残念そうに言う。
誰もが口を揃えて同じ事を言うが、やはり結果は結果だ。決められたルールの中で勝てなければいけなかった。相手がソフィアを使おうが使うまいか、負けてしまっては意味が無い。
「いや、ゼノンは強かったよ」
率直な感想だった。ソフィアを使っていなければ、ヨウの圧勝だったかもしれないが、それでも、ゼノンはソフィアの扱いには長けてた。もしヨウがソフィアを持っていたとしても、結果は変わらなかったかもしれない。それは、同時に自分にまだまだ伸びしろがあることを示していた。
エレメントボールでの素養の検査は残念な結果に終わったが、それでも、ヨウはソフィアを手にすることは諦めていなかった。それも、おいおいこの学園で学んでいけば良いことだろう。
『次は、ヨウ・スメラギ。前へ』
放送でヨウが呼び出された。
ヨウは前へ出て、腰のホルダーからハンドガンを取る。つい先ほど、ヨウが教師であるメイ・カササギから渡された物だ。黒いジャケットにサングラスをしたメイは、口を真一文字に結んでおり、何を考えているか分からない年齢不詳の女性だった。聞いてみたところ、誰も彼女の年齢を知らず、さらに彼女が笑っているところを見たことが無いという。
射撃訓練場は、何も無いだだっ広い部屋だった。入り口から十メートルほどいったところに、赤いラインが引かれており、生徒はそのライン際に立って出現する標的にプラズマガンを打ち込んでいた。
ヨウが赤いラインの際に立つと、ブザーが鳴り響く。
ヨウは右手を上げてハンドガンを構えると、電源入れた。僅かなチャージの後、発射可能を示すグリーンのシグナルがグリップの先で点灯した。
『開始だ』
眼前に無数の青いラインが降り注ぎ、光が集約して標的を生み出した。
青く輝く標的は、人形の物もあれば獣形のアタラの姿をした物もある。約二十メートル先の標的に向かって、ヨウはプラズマガンを撃った。青い奇跡を残し、プラズマは標的の中心部を貫き粉砕した。実弾の銃とは違い、プラズマガンは発射時の衝撃も音も少ない。威力も申し分なく、今はプラズマを用いた銃が主力となりつつある。
最初の標的を破壊したヨウは、さらに出現した標的を続けざまに打ち抜いていく。通常、バッテリー一つに付き、一度に撃てる光弾は三〇発程度。ホールドして威力を高めれば、撃てる弾数は減るが威力が上がる。
ヨウは次々と出現する標的を的確に打ち抜き、合計十体に命中させた。
『……よくやった。次、サイクロフォン!』
溜息交じりにメイは良い、ヨウは緊張した面持ちのサイと交代した。
「がんばれよ」
ヨウの言葉に、サイは人形のようにコクコクと頷いた。
明らかに緊張している。彼は、実践には向かないと言っていたが、どうやらその通りのようだ。サイの放つ光弾は標的に掠る事さえできず、バッテリーをからにしてしまった。
悄然と項垂れるサイに、心ない者達は笑うが、ヨウはサイを温かく迎えると、「次頑張ろうよ」と声を掛けた。
一階にあるレストランで夕食を終え、サイと部屋に戻ろうとしていたヨウは、ロビーの中心に出来ている人だかりを目にした。食事に行くときには無かった人だかりだ。
「もしかすると、光輪祭の案内かもしれない」
「光輪祭?」
「四半期に一度、各寮生の代表グループが様々な課題をこなして、優勝を争うんだ。春にやるのは華輪祭、夏にやるのが光輪祭、秋が朱輪祭、冬が黒輪祭なんだ」
何かが張り出されている。あまりの人の多さに、ヨウは背伸びをしてみたが、人の頭が邪魔で何が書いてあるのか全く分からない。頭一つ小さなサイは、危うく人の波に飲まれそうになり、這々の体で脱出していた。
「クソッ、何も見えない……」
諦めて空くのを待とうと思った矢先、肩を叩かれた。
「ヨウ君」
シジマだった。その後ろには、勝ち気そうな表情の赤毛の少女が立っていた。確か、生徒会のアリティアだ。そのアリティアの後ろには、大きな眼鏡を掛けた控えめな少女が立っている。彼女はヨウと目を合わせると、ニコリと微笑んでくれた。
「ヨウ、学校には慣れたかしら?」
腕を組んだアリティアはヨウの横に来ると、人混みの生徒達の肩を叩いた。
「ちょっと、あんた達、退きなさい!」
アリティアが声を張り上げると、ざわついていたロビーが一瞬にして静まりかえった。モーゼが海を割るかのように、人混みが割れ、アリティアは我が物顔でその間を突き進む。アリティアの後ろに眼鏡の少女が付き従い、ヨウとサイもシジマに促されアリティアの後に続いた。
「光輪祭か……。あ~……、やっぱり、今年も私の名前が上がってるわね」
「シノの奴、余計なことをしちゃって」と、アリティアが隠すこと無くシノに愚痴を言う。
ホログラムの掲示板には、代表者の氏名が五名書かれていた。その中の一人に、アリティア・ジジル・ウォンの名前もある。どうやら、この五名がリーダーとなり、他四名のメンバーを集めて光輪祭に出場するようだ。ただ、公平にするように、競技中にソフィアライズできるのは事前に届け出のある二名までとされている。リーダーが他のメンバーを全員ソフィアリアクターにしたとしても、競技中にソフィアライズできるのは固定の二名まで。他の三名は生身のまま競技に挑むようだ。
「ジジちゃん、仕方ないよ。ジジちゃんの立場なら、もう出るしかないって……」
少女はアリティアの事を「ジジちゃん」と呼んだ。アリティアは渋い表情をしながら、こちらを振り返った。
「はぁ~、もう、仕方ないわね。光輪祭のメンバーは五人か……」
顎に手を当てたアリティアは、何かを思いついたかのように指を差し点呼を始めた。
「1、2、3……」
一人目は、眼鏡の少女、二人目はシジマ、三人目はヨウで、最後の指はヨウの後ろに隠れるようにいるサイに向けられた。
「そこの小さいの」
呼ばれ、背中にいるサイが「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「聞こえないの? チビ、あんたよ、あんた。おかっぱ頭の眼鏡チビ。あんたで四人。私を含めたこのメンバーで光輪祭に出るわ」
「ぼ、僕が? 無理だよ! いや、あの……無理です……」
サイは小さい体をさらに小さくしてヨウの後ろに隠れてしまった。しかし、アリティアは手を伸ばしてサイの耳を引っ張ると、強引に前に引きずり出した。
「決定よ。私の言うこと、聞けないの?」
不機嫌そうなアリティアに問われ、サイは首を縮めた。
「……いえ、でも……、勝つことを考えるなら、僕じゃ無くて、ほかに出来る人が沢山いますし……」
「勝つ気はないの。だから、誰でも良いの」
「誰でもって……」
サイは視線を上げてアリティアと一瞬だけ目を合わせるが、すぐに目を逸らしてしまった。アリティアは「異論は認めない」と言うと、今度はヨウを見た。
「此処で話すのも何だし、そこの喫茶店に入りましょうか」
否定できない響きを持ったアリティアの言葉。ヨウが返事をする前に、アリティアはさっさと歩いて行ってしまう。
「悪い人じゃ無いからさ……」
盛大に顔を引きつらせながら、シジマはヨウとサイの背中を押して歩き出す。
サイではないが、光輪祭のメンバーに選出されてしまった。アリティアは仕方なく出場するだけのようだが、サイと自分は全く意味合いが違う。どんな競技があるのか、それすら知らされていないが、各寮の代表者と言うことは、かなり上位のエストリエ達と戦うことになるのだろう。
なすがまま、ヨウはアリティアの正面に座ってしまった。
「隣にいるのは、私の親友、レイチェルよ」
「レイチェル・ミナ・ヴァリウスです」
レイチェルは頭を下げる。ヨウとサイも頭を下げた。
「ヨウ・スメラギです」
「サイクロフォン・ラドクリフです」
「さて、知ってると思うけど、一応自己紹介を、私はアリティア・ジジル・ウォン。エストリエの第五席よ。この後ろに立ってるのが」
「シジマ・カーネギー。二人とは友人です」
「あら、そうなのね。なら、話が早いわ。今回、光輪祭はこの五人で出るから。レイチェル、手続きをお願いね」
一方的に話を進めるアリティアに、レイチェルは難色を示す。
「でも、お二人の意思を確認しないで良いの?」
「レイチェル先輩、俺の意思も確認して欲しいのですけどね」
「ハァ?」
アリティアが不機嫌そうな声を発し、見上げる。シジマはアリティアの視線を受けると、「なんでもありません、はい」と小さく言って、すぐに視線を明後日の方へ向けた。
これは、良いチャンスだった。もし、エストリエのメンバーをバックに付けられれば、これからの行動も幅が広がる。
「あの、それは、俺たちにとって、どういったメリットがあるんですか?」
「メリット?」
「はい」
ヨウはアリティアの瞳を覗き込む。
「それは、以後、アリティア先輩の庇護を受けられると言うことで良いですか?」
「ちょっと、ヨウ……!」
サイが不安そうにヨウの袖を掴んでくる。アリティアは胡乱な眼差しでヨウを見つめていたが、すぐに破顔すると肩をすくめた。
「良いわよ。あなた、他の寮と色々と問題を起こしそうだものね。私がバックに付いていると知れば、トラブルも少なくなるでしょう」
「ちょっと、ヨウ! 止めとけ! アリティア先輩の庇護って、それは、お前、俺と同じポジションになるって事だぞ?」
「そうね、私たちエストリエは、気に入った子を三人まで付けられるのよ。良いわ、この瞬間、あなたたち二人は、私の付き人よ」
「ええっ………!」
サイは大きな口を開けて固まってしまった。文字通り、開いた口が塞がらないのだろう。
「なによ? 私の付き人がイヤなわけ?」
「いえ、そういうわけでは……」
ヨウの様に目的のないサイは、本音を言えばアリティアの付き人は避けたいのだろう。
「サイ君、悪いことばかりじゃないのよ。付き人になれば、学園での評価も上がるし、もし、研究などので学園に残りたい場合は、優先されるのよ」
「……はぁ……」
溜息とも返事とも付かない言葉を返したサイ。アリティアはそれでも満足と取ったのだろう、視線をこちらに向けてくる。
「ヨウ、それで良い?」
「了解です、先輩」
「よろしい。じゃあ、光輪祭の手続きを」
アリティアがレイチェルを見ると、レイチェルはブックから一枚のホログラムを立ち上げた。ヨウとサイはホログラムに手を翳し、契約は終了した。
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