第15話



 思った以上に、授業は淡々としていた。当然と言えば当然だが、ヨウはもっとおもしろい事を想像していた。

 教壇に立つ教師もいれば、データ通信だけで授業を行う教師もいた。途中から参加した授業だったが、思いの外理解できた。ジンオウから色々と教わってはいたが、彼がまともなことを教えていたことに、ヨウは驚きを覚えた。

「師匠は、戦闘技術以外にも俺に教えていたんだな」

 教え方が適当だと思っていたが、ジンオウの教え方は要点だけを叩き込む方式だったようだ。普段はおちゃらけていたが、彼の立場を考えれば、この程度知っていて当然と言えば当然なのだ。

「ヨウ君、ヨウ・スメラギ君。こちらへ」

 セフィラー学の教師である、エドアルド・ゴモリーがヨウを呼んだ。エドアルドは、禿頭でビア樽のような体躯をしている。丸い顔に小さな鼻眼鏡を掛けている愛嬌のある教師だ。

 言われたとおり、ヨウはエドアルドの元へ降りた。ヨウの肩ほどまでしか身長のないエドアルドは、デスクの上に大きなボール状の物を置いた。大きさはサッカーボールほど。銀色の本体に、毛細血管のような細い網目状の線が入っており、その線は呼吸をするかのように虹色に輝いていた。

「これは、エレメントボール。精霊との相性を調べる装置です。簡易的な物だが、目安にはなる」

 エドアルドが手を翳すと、青い光の柱が装置から立ち上った。

「ここに手を翳すと、精霊との相性が分かります。他の生徒は、入学試験の際に適性診断していますが、ヨウ君はまだでしたよね。さあ、ヨウ君もやって見せてください」

「俺が……ですか?」

 ヨウは戸惑う。サイを見ると、サイは目を輝かせてこちらを見つめているし、他の生徒も興味津々といった表情だ。

「そう。君は、昨日の戦いで魔法を使っていただろう? 精霊との相性は良いはずだ」

 エドアルドも期待のこもった眼差しでこちらを見る。皆の視線がヨウに集中する。

 ヨウは断る理由も思いつかず、ゆっくりと光の中に手を伸ばした。光の手前で、手が止まる。

「大丈夫だよ。危険はない」

「………はい」

 ヨウはそろそろと手を翳す。光がヨウの手に触れた瞬間、エレメントボールがヨウの手を認識し、赤い光を照射した。

 冷たくも暖かくもない、ただの光。ヨウは固唾を飲んでエレメントボールを見守った。程なくして、赤い光はドス黒い光に変化した。

「………。おかしいな」

 エドアルドがヨウの手を引っ込める。

「故障かな?」

 エドアルドが代わりに手を翳すと、青い光が赤い光に変わり、白い光か浮かび上がった。

「本当は、このように白い光の高さや濃さで、契約できる精霊の格を知ることができる」

「………」

 皆の視線が痛かった。エドアルドが退いて、もう一度ヨウは光に手を翳す。が、やはり白い光は現れず、エレメントボールが警告音を上げ始める。教室がにわかに騒ぎ始める。

「………ふむ。これは、珍しいケースだ。ヨウ君、君は魔法を使えていたね。素養は素晴らしい物があるが、今のままでは精霊との相性は悪いみたいだね」

 クラスメイトの笑い声が起こる。恐らく、こんなケースは初めてなのだろう。たぶん、こうした素養のない生徒は入学前に弾かれているはずだ。今回は、アリエール達の口利きで入学できたため、この試験はパスできていたのだ。

「というと、俺はソフィアを持つことができないと?」

「現状ではね」

 エドアルドは禿頭を輝かせながら言った。にこやかに笑っているが、その言葉はヨウにとってショックだった。

「では、ヨウ君。席に戻って。せっかくだから、その辺りの話をしようか」

 ヨウは項垂れる。もう一度、デスクに置かれたエレメントボールを見る。電源を切られた今は、静かに佇んでいるだけだ。

 好奇の目を向けられ、クスクスと笑われながらヨウはサイの隣へ戻った。サイは気まずそうに微笑みながら、「気にしちゃ駄目だよ」と励ましてくれた。その事が、余計ヨウを傷つけた。

 ソフィアだけが目的で此処に入学したのではない。ジンオウからの指示で、ヨウはローゼンティーナで調べなければいけないことがある。ソフィア獲得は、あくまでヨウの目標と言うだけだ。

「大丈夫だよ……」

 顎肘をつき、ヨウはエドアルドの話を聞く体制に入った。

 正直、ソフィアの事は概略を知っているだけで、詳細な仕組みを知らない。

 エドアルドはデップリとした腹を摩りながら話し始める。小さな声だったが、デスクにあるマイクから拡声される。

「ソフィアは、メタエーテリアルの精霊をこちらに呼び寄せ、封印した物です。精霊の格にもよりますが、上位の精霊にもなると人格が存在します」

 エドアルドの声に会わせ、目の前に浮かぶスクリーンの表示が切り替わる。上位の精霊は、オリジナルソフィアを初めとする数点と、御剱全般に宿っていると書かれている。

「そのため、オリジナルソフィアと御剱は、宿る精霊との相性が物を言います。たとえ、リアクターや繰者が超人的な能力を秘めていたとしても、精霊との相性が悪ければ、使いこなすことはどころか、ソフィアライズも転神もできません」

「それを、改良したのが量産型ソフィアなんだ」

 サイはヨウにだけ聞こえる声で言って歯を見せる。

「ローゼンティーナで生産されるソフィアは、相性という最大のハードルをグッと下げた物です。もちろん、下位の精霊ですから、その力はオリジナルソフィアには遠く及びませんが、それでも、ソフィアという兵器は人類が手にした武器の中でも強力な物となっています」

 兵器。その言葉に、ヨウは不安になる。

 昔、人類は核兵器を抑止力として生産、管理していたらしい。使わない兵器。だが、ひとたび核兵器が放たれれば、それは大きな脅威となる。魔神戦争のおり、人類は核兵器で明鏡に立ち向かおうとした。だが、それは失敗だった。人類は地球を汚染しただけで、結局は敗北した。

 魔神機には既存の兵器は疎か、核兵器すら歯が立たなかった。魔神戦争終了後、明鏡はこれまでの仕来りや因果を断ち切るため、地球をガイアと改め、その技術力を用いガイアを再生させたが、まだその再生は完全では無く、地域によってはまだ人の住めない場所も沢山存在していた。

 少し前、ローゼンティーナの地下で魔神機が発見された。その知らせは、遠くダアトにいたヨウとジンオウの元まで届いた。

 破壊された魔神機。核爆弾の直撃でさえ耐えうる装甲を誇る。その破壊された魔神機が世界各地で見つかっている。

「魔神戦争の折、明鏡も二つに分裂しました」

 ヨウはホログラム越しにエドアルドを見る。ちょうど、ヨウが考えていた事の答えを、エドアルドは口にしようとしていた。

「諸説ありますが、明鏡の中にも、明鏡のあり方に疑問を持つ集団がいたようです。科学技術を秘匿し、人類を裏から操ってきたやり方を否定する者達。その者達が、魔神戦争の際、人類側について魔神機と戦った、そういった説があります」

「先生! 魔神機は、どんな兵器で倒されたんですか?」

 後ろの席から質問が飛んだ。

「もしかしたらの話ですが、魔神機を葬り去ったのは、御剱ではないかと言われています」

 僅かに教室がどよめく。

 御剱。あれならば、もしかすると魔神機の装甲すら貫けるかもしれない。

「一説ですが、魔神機の周辺は現行世界とは位相が異なっており、あらゆる攻撃を無効化してしまう可能性があるようです。世界中で破壊された魔神機の研究が進められていますが、どれも全壊しており、修復は不可能だそうです。構成している材質も不明のままで、その破損状況の酷さから予測するに、よほど凄まじい攻撃を受けたと推測できると言うことです」

 修復は不可能。

 エドアルドはそう言っていたが、実際、魔神機には自己修復機能が備わっている。ただ、修復する時期ではないと判断して休眠しているだけだ。魔神機は、分子レベルにまで破壊されなければ復活してしまう。

 もし、学園の地下で発見された魔神機が、何らかの作用で起動してしまったら。ヨウは険しい表情を浮かべながら、エドアルドの授業に聞き入っていた。

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