第12話

「戦うな、か」

 その言葉に、アリエールは真面目に考え込んでしまう。明るくなった執務室とは対称的に、彼女の顔色は暗く、どこか悲壮めいている。

「アリエール、乙姫の予言はあくまでも予言よ。魔神機に気をつければ、ヨウ君だって戦う必要は無いでしょうしね」

「そう、だな……。ヨウ、君は何があっても、戦っては駄目だ。許可をするのは、今日のようなお遊びでの戦闘だ」

「……分かっていますよ」

 ふて腐れたようにヨウは頬を膨らませる。

「乙姫は魔神機を気にしていましたけど、もう一つ、師匠はソフィアの事を探れと言ってきました」

「ソフィアを?」

 アリエールはヨウにソファーを進めながら、自分も座った。アリエールの隣に、シノが座り、ヨウとアリエール、シノが向かい合う形になる。

「俺が言わなくても、ソフィアが現状、どういった状況にあるかよく分かっていると思います」

「流出ね」

 シノは左肩に掛かった髪を指先で弄びながら、僅かに目を細める。その妖艶な瞳に捕らえられたヨウは、さっと目を外して組んだ両手を見つめた。

「ソフィアの情報が他国に流出しているというのは、承知している。門外不出と言っても、ローゼンティーナを構成しているのは、様々な国や地域からの有志達だ。国や家、そういった事情で送られてくる人もいる。その中の誰かが、情報を流したとしても不思議では無い」

「むしろ、よく今までソフィアが他国で作られなかったのが不思議なくらいよね。魔神戦争が終結して、明鏡からソフィアの技術がもたらされたのが一〇〇〇年前。明鏡の後ろ盾を経て、ここローゼンティーナが創られた。それから、今まで、ソフィアは明鏡の手から離れて、独自の進化を遂げてきたわ。此処で量産され、管理され、世界の平和維持という名目で、多くの血も流してきた」

 シノの言葉に、渋面のアリエールが頷く。

「だけど、その均衡が崩れる。そう師匠は言っていました。まだ、どの国も表だってソフィアの開発に成功したと公言していませんが、ガイゼスト帝国はある程度の力を持った試作形を開発したとも」

 腕を組んだアリエールは、肩を上下させて溜息をついた。彼女の右手に填められた金のブレスレット、そこに輝く青い宝石。それこそ、オリジナルソフィアの一つ、『真摯なる青玉』だ。

「その情報は、すでにジンオウから聞いている。分かってはいるのだが……」

 アリエールとシノのことだ。ジンオウが警告する前に、ある程度予測はしていたのだろう。例え、予測はしていなくとも、こうなることは何年も前から分かりきっていることだ。シノが言うように、一〇〇〇年もの間ソフィアの技術が流出しなかった方が奇跡に近い。

「師匠は、俺にこれ以上ソフィアの流出を阻止しろと言っています。目星は付いていますか? 二人が表立って動けないなら、俺が動きます」

「すまないな、ヨウ。正直言って、誰もが怪しい。この学園で信頼できるのは、アラリムの五名だけだ」

「オリジナルソフィアを持つ、五名ですか。他の三名は?」

「各国に出向いている。シノだけは、私のサポートとしていつも側にいてくれるが、他の三名はローゼンティーナにいるときの方が珍しい」

「そうですか。じゃあ、俺が動くしか無いですかね」

 ヨウは笑みを浮かべる。それを見て、アリエールは複雑な表情を浮かべた。

「今日から、ローゼンティーナの学生と言うことで、良いですか?」

「駄目だと言っても、無理して残るつもりなのだろう?」

「はい」

 アリエールは溜息交じりにシノを見た。シノはいつもの様に朗らかに微笑んでいる。

「だったら、首輪をつけた方が良いわよね、アリエール。目の届かないところで動き回られると、困っちゃうものね」

「………そうだな。すぐに、こちらで入学の手続きは済ませる。それに、シグナルプレートとブックも再発行しておく」

「何から何まで、ありがとうございます」

 ヨウは深々と頭を下げる。そして、再び顔を上げると、ニヤリ笑いながら人差し指を突き上げた。その仕草に、アリエールとシノが怪訝な表情を浮かべる。

「で、俺のソフィアは? やっぱり、あれが無いと始まらないでしょう」

 ヨウの言葉に、アリエールの表情が盛大に引きつる。

「ば、馬鹿なことを言うな! ソフィアをお前に渡せるわけが無いだろう! 知っての通り、あれは厳重に管理されているし、何より精霊との相性も重要になる! いくらジンオウの弟子と言っても、簡単に渡すわけにはいかない!」

「そうよ、ヨウ君。それに、君を戦わせるわけにはいかないわ。ソフィアを手にしたら、貴方は戦うでしょう?」

「それは敵がいたら、の話です。余っているソフィアの一つや二つ、あるでしょう? なんなら、まだ欠番のあるオリジナルソフィアでもいいんですけどね。たぶん、俺なら使いこなせると思うんですけど」

 ヨウは小さく舌を出す。

「ヨウ、君は他国にソフィアの情報を流している奴を探し出しさえすれば良い。後は、私たちの方でなんとかする」

「ムー!」

 ヨウは呻くが、ローゼンティーナのトップ二人は、ソフィアを渡す気は一切無いようだ。

 ここで、シノがパンと手を叩いた。

「さて、話も終わったことだし。ヨウ君、君が入る寮へ案内するわ。ついでに、制服も買っていきましょうか?」

 ニコニコと微笑むシノ。ヨウは「はい」と言って立ち上がった。しかし、アリエールはシノに待ったをかけた。

「まて、シノ。ヨウをブラックウッド・ロッジに入れるつもりか?」

「そうよ、アリエール。ブルーレイク・ロッジには、ヨウ君を渡さないわよ」

「なんだと! ずるいぞ! ヨウがいたら、対抗戦はそちらに有利に働くではないか!」

「それは、ブルーレイク・ロッジに入っても同じ事よ。ここ何年も、ブルーレイク・ロッジが優勝しているでしょう? そろそろ、私たちが優勝する番だわ。それに、私の方が先に声を掛けたんだから、私に権利があるはずよ」

 言って、シノはヨウの腕に手を絡めてくる。シノの体温が身近に感じられる。特に、左肘に当たるシノの豊満な胸から感じる熱は凄まじい物がある。先日のアタラの攻撃よりも、今、肘に当たっているシノの胸の方が、遙かに熱を帯びていた。

「ヨウ、お前はシノと同じで寮で良いのか?」

 鬼の形相で睨み付けてくるアリエール。怒気に混じり殺気すら感じる視線にヨウは固まるが、それを退けたのはやはりシノだった。

「良いのよね。もし、私の寮なら、たっくさん、色々、良いこともできるしね」

 ギュッと力強く抱きしめてくる右手。完全に左半身がシノと密着したヨウは、抗えない色香に負け「はい」と答えていた。

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