第9話



 久しぶりに感じる、全身を包み込む優しいクッションの感触。ずっと微睡んでいたくなる、枕の暖かさ。枕を抱えるように眠っていたヨウは、久しぶりの快眠に満足だった。

 目を覚ましたとき、此処が何処で、今まで何をしていたのか分からなくなっていた。

 白い天井に、ベッドを取り囲む純白のカーテン、部屋に満ちる消毒の臭い。ベッドサイドには見たことのない電子機器がずらりと並んでいる。

「俺は……」

 ヨウはベッドの上で上半身を起こすと、頭を振った。だんだん意識がはっきりしてくる。

「そうか、俺はゼノンと戦って……」

「死んだわ」

 突如沸いた声。ヨウは驚いて声の方を見る。左手のカーテンが開いて、黒い髪の女性が姿を現した。右目にモノクルをした女性はこちらを見下ろし、薄いピンクのルージュを塗った唇の端をつり上げた。少しきつめの感じのする美人。前を開けた白衣の下には黒いスーツを身につけていた。

「負けたのか……」

「ええ。ソフィアライズした相手に、生身でよくやったわよ」

「それはどうも」

 始める前から結果は分かっていた。ただ、模擬戦をやると言われた時点で、断ることはできた。そうしなかったのは、ヨウはソフィアの力が知りたかったからだ。映像で見るだけではなく、実際に戦って感じたかったのだ。

「どう、動けそう?」

 ベッドから降りようとするヨウに女性は手を貸してくれた。

「私はマリアよ。マリア・トランシルバニア。代表の秘書をしているの」

「俺は」

「ヨウ・スメラギ君でしょ? 代表から聞いて知っているわよ」

 マリアは微笑むと、白衣を渡してくれた。

「着て、流石にその姿で歩き回られては、困るわ」

「え?」

 平然とこちらを見下ろしてくるマリア。ヨウはそのとき気がついた。マリアのモノクルが僅かに輝き、そこにある物が、ヨウの男性器が映し出されていた。事もあろうか、マリアはヨウの男性器のサイズを測って、クスリと鼻先で笑った。

「綺麗なピンク色ね。見たところ、童貞君かしら?」

「またかよ! そんな質問、答えられるわけないだろう!」

 慌てて下半身を隠したヨウ。彼の上に、白衣が投げられた。

「ホホホ、若いのう。体にも頭にも異常は見られん。気を失ったと言うよりも、過労じゃな」

 マリアの背後から現れたのは、ギュッと押し潰したような小柄でデップリとした禿頭の老人だった。白いあごひげを生やし、眼鏡を掛けた老人は、ヨウの心拍などを読み取ると、何度も頷いた。

「貴方が医者ですか?」

 ヨウはマリアと老人を見比べる。マリアも白衣を着ているが、彼女は秘書と名乗っていた。ならば、この老人が医者なのだろうか。

「そうじゃ、儂がここの保険医、レイシス・ゲルギウスじゃ。まあ、医者じゃな。服は洗濯に出した。随分と汚れていたのでな。とりあえず、それを着ておくれ」

「はい……」

 着替えようとしたヨウだったが、マリアは執拗にヨウの男性器を見ようとしてくる。ヨウはカーテンの向こうにマリアを追いやり、白衣に着替えた。

「着替えたわね。じゃあ、行くわよ。学園長が貴方を呼んでいるわ」

 ニコリと笑ったマリアは、白衣を翻し颯爽と歩き出した。ヨウはレイシスに礼を言い、マリアの後に続いた。

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