第8話
ソフィアライズしたゼノンは、流石と言うべき強さだった。彼の持つソフィア、砂蜥蜴は、岩や砂などを自在に操る事が可能だった。また、セフィラーを変換し、無から岩を生成することもできるようだ。
魔法を使用し、ゼノンの攻撃を凌いでいるヨウだが、守り一辺倒では勝つことはできない。かといって、ソフィアのない生身のヨウでは、空を飛ぶゼノンにできる事は限られている。
「消えろ!」
ゼノンが大小無数の岩を発生させた。それらが一斉にヨウに向かって降り注いでくる。
「クソッ!」
ヨウは目を細め意識を集中する。魔法の使いすぎで頭が割れるように痛くなるが、ヨウは歯を食いしばって両手を前に突き出す。
目の奥にいくつもの光が瞬いたと思った瞬間、突き出した手の数メートル先に巨大な魔方陣が形成された。魔方陣は岩を受け止めるが、十メートルを超す巨大な岩の攻撃は防げなかった。
ヨウはゼノンの視線を一瞬でも自分から外すべく、最小限の動きをもって岩を避けた。そして、ゼノンが生み出した無数の石柱の一つに身を隠した。
「………ッ!」
石柱に背中を預けながら、石で殴られたように痛む額を押さえる。
魔法と言っても、それは便宜上魔法と呼んでいるだけで、オカルトの類いではない。魔神戦争より少し前、脳の九割を占めるグリア細胞に、神経細胞への栄養の供給や伝達速度の上昇以外の役割があることが発見された。それは、この世界と平行して存在しているメタエーテリアル、精霊世界と情報をやり取りしていると言うことだった。
グリア細胞を活性化させ、メタエーテリアルに住まう精霊にセフィラーの制御を行ってもらう。それが魔法だ。グリア細胞はメタエーテリアルとガイアとの門の役割を果たしているのだ。
ソフィアと御剱は、ソフィアに精霊を封じ込め、ダリア細胞の代わりとして、より効率的に、機械的にセフィラーの持つ神秘の力を具現化してくれているのだ。
「やっぱり、ソフィアと魔法とじゃ、雲泥の差があるな」
どんなに強力な魔法といえど、人の身では使用に限度がある。ヨウは一息つくと、地面に指先を触れ、そこに印を施す。
「何処だ!」
ゼノンが叫ぶ。ヨウはゼノンの死角から死角へ、石柱を使って回り込む。そして、印を施す。同じ事を繰り返して地面に四つの印を描いたヨウは、ゼノンの前に立った。
「此処だよ」
ヨウは両手を伸ばし組み合わせる。それを上空にいるゼノンに向ける。頭が見えない手で押さえつけられるように痛み出す。脂汗が流れ、指先の感覚がなくなる。
「逃げるだけで精一杯か! 俺を愚弄した罪は重い!」
再びゼノンの周囲に無数の岩が出現した。だがそれは今までの岩とは形状が違っていた。一つ一つの大きさは一メートルにも満たないが、どれもが槍の穂先のように鋭く尖り、より殺傷力の高い形状になっていた。
手を掲げたゼノン。その手を振り下ろす直前、ヨウは呟いた。
「エーテル・ノヴァ」
瞬間、闘技場に巨大な魔方陣が出現した。先ほど地面に描いた印を中継点として、青く巨大な十芒星はゆっくりと回転しながら、その光でゼノンを照らし出した。
「クソッ!」
ゼノンが振り上げた手を下ろした。無数の岩の槍がヨウに向かって飛んでくる。ヨウは寸前のところで躱したが、そのうちの一本がヨウの左腿を貫いた。岩の槍はそのまま地面と同化し、ヨウをその場に釘付けにした。痛みに集中が途切れるが、ヨウは握りしめた両手だけは離さなかった。
「勝つのは、俺だ!」
ヨウが叫ぶのと同時に、上空に赤い十芒星が出現した。地面に描かれた十芒星と、空に書かれた十芒星が眩い光で繋がった。
「俺は、負けない!」
光の奔流がゼノンの体を押し潰すが、同時に岩の槍が身動きの取れないヨウの腹部を貫いた。
「クッ……! 此処までかよ」
腹部を貫いた岩の槍も、背後の地面と同化して倒れることもままならないヨウは、力ない瞳で上空を見上げた。
光の収束点、ゼノンを中心にして音のない爆発が起こった。目を射貫くほど強烈な光が氾濫し、波のようにいくつもの衝撃が闘技場に行き渡る。
先ほどまで五月蠅かったギャラリーも、この一瞬だけは息を飲んで顛末を待っているようだ。
光が収束し、周囲に元の静けさが戻ったとき、ヨウはホッと溜息をついて下を向いた。
「まだまだ、か」
笑みを浮かべたヨウ。
「残念だったな! 過去の遺物となった魔法じゃ、リアクターに傷一つ負わせられないぜ!」
ゼノンの生存に、歓声が巻き起こる。
その通りだった。甲冑のような黄色いドレスには、傷一つ付いていない。もちろん、ゼノンにも目に見えるダメージはないようだ。
ゼノンの手に岩の槍が握られた。
「終いだ!」
身動きの取れないヨウに向かい、ゼノンは力の限り槍を投げつけた。猛スピードで奔る槍を、避ける術はなかった。槍はヨウの眉間に突き刺さると、頭頂部を粉々に粉砕した。飛び散る脳漿と血液。ヨウの体は一度だけ大きく震えただけで、力なく崩れ落ちた。
先ほどの歓声とは打って変わり、ギャラリーから悲鳴が響いたが、ヨウがそれを耳にすることはなかった。
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