第4話
巨大な尖塔がローゼンティーナの中心部で、そこから大通りが東西南北に走っている。ぐるりと囲む外壁と、中央にある学園のほぼ真ん中、そこに学生達やソフィアリアクターの住まう寮があった。
ローゼンティーナへの入学後、生徒達はランダムで四つの寮に振り分けられる。ローゼンティーナの東西南北にある地形にちなみ、東側の寮がブラックウッド・ロッジ、西側の寮がレッドストーン・ロッジ、南がブルーレイク・ロッジ、北側がホワイトマウンテン・ロッジだ。
ブラックウッド・ロッジの寮生であるシジマは、寮の真横を走るメインストリートを歩いていた。
「おはよう、シジマ君」
シジマに声を掛けてきたのは、同僚生であるサイクロフォン・ラドグリフ、通称サイと呼ばれる青年だ。白い顔に眼鏡を掛けており、ブロンドの毛先は緩やかなカーブが掛かっている。体全体の線が細いサイは、いつも朗らかに微笑んでおり、シジマとは正反対のタイプで、外で体動かすよりも図書館で本を読んでいるのを好むタイプだ。シジマと同じく、ブラックウッド・ロッジの寮生を示す、黒いローブを纏ったサイは、「昨日は大変だったね」と声を掛けてくれた。
「うん」
昨日、シジマが訓練中にアタラに遭遇したという話は、瞬く間にブラックウッド・ロッジに広まった。シジマは寝るまで皆から質問攻めにされ、辟易していたところだった。
「ソフィアライズでの戦闘と言っても、俺は何もできなかった。倒したのはシノ副代表だ」
「それでも、だよ。ローゼンティーナ全体でソフィリアクターは五〇〇人程度。学生のリアクターは、一〇〇人にも満たないんだから。量産は進んでいるといっても、年に作られるソフィアは一つか二つ。それも、持ち手との相性があるから、優秀な生徒だけが手にできるわけじゃない。文武の成績、運、全てを持っていなければソフィアリアクターにはなれないんだからさ」
「まあ、な……」
ローゼンティーナの尖塔が近づいてくる。遠くから見ても、光り輝く美しい塔だが、近くで見ると、より美しい。外壁は汚れ一つなく白く輝いており、青空に突き立つように聳える荘厳なその姿は、見る物に畏敬の念を与えずにはいられない。
サイと他愛のない会話をしながら、シジマはローゼンティーナの中心部、学園に辿り着いた。警備員にIDを提示し、シジマとサイは学生専用の校門をくぐった。
ガラス張りの天井に、広々としたエントランス。壁際には様々な飲食店が軒を連ねている。普段は静かなエントランスだったが、今日は違っていた。
中央階段の踊り場付近で、誰かが怒声をあげ、その周りを大勢の人が取り囲んでいた。
「貴様! もう一度言って見ろ!」
聞き覚えのある声だ。シジマはサイと頷き合うと、人混みに飛び込んでいった。
「君、何があったの?」
赤いローブを着たレッドストーン・ロッジの生徒に、シジマは声を掛けた。
「どこかの部外者が、ゼノンに喧嘩をふっかけたんだ」
「ゼノンに?」
「と言っても、ゼノンが嫌がる女子生徒に言い寄っていたのを、あいつが止めたんだけど」
レッドストーン・ロッジのソフィアリアクター。一九歳で『砂蜥蜴』のソフィアを手に入れた。ローゼンティーナが誇るエリート集団、エストリエの第五八席にも選ばれている。そのせいか、彼は傲慢になり、思い通りにならない事があると、すぐに力で解決しようとする。
「貴様! もう一度言って見ろ! 俺は、エストリエだぞ! この学園でも、特別な存在なんだ! 貴様なぞ、今すぐにでもここから叩き出すことだってできる。いや、この場で貴様を殺すことだって可能だ」
凄みを効かせたゼノンの声だけが聞こえる。シジマとサイは人混みをかき分け、最前列へ出た。
「へ~、そうかい。だったら、試してみたら良い。高尚なエストリエが、そこまで墜ちてるというのなら、ね」
凄むゼノンの前に立っているのは、ボロボロの旅装を身につけた男性だった。泥にまみれ、さらに所々焼け焦げた旅装は、昨日レッドストーンで見かけた旅人だった。アタラのあの攻撃を受け、彼はぴんぴんしていた。いったい、どんなトリックを使ったというのだ。
驚きと戸惑いでその場で固まるシジマの前で、旅人はフードを取る。
朝日の中に現れたのは、ボサボサで伸ばし放題の長い黒髪、日に焼けた小麦色の肌。鋭い目つきだが、瞳は澄んでいる。紅を差したように赤く薄い唇。唇の端はゼノンを小馬鹿にするように持ち上がっていた。
待ちなさい!
凜とした声が階上から響いた。その声に反応して、エントランス全体が一瞬にして静まりかえる。
「ゼノン、何をしているか?」
黒いスーツを身につけた女性、ローゼンティーナの代表であり、学園長、アリエール・ゼオン。長い髪をバレッタで纏めた彼女は、腕を組んでゆっくりと階段を降りてくる。彼女の後ろには、白いスーツを着たシノが柔らかな笑みを浮かべていた。
「学園長……、こいつが、俺を」
「愚弄しましたか?」
棘のあるアリエールの言葉に、ゼノンは押し黙る。
アリエールは踊り場まで来ると、ゼノンを見つめ、さらに厳しい眼差しで旅装の青年を見つめた。青年は、ゼノンの眼差しを受けて、へらへらと笑みを浮かべた。
「良い機会です。二人とも、VROFの装置へ行きなさい」
「VROF?」
青年が首を傾げる。対照的に、ゼノンは右拳を左手に叩きつけた。
「貴様を殺してやる……!」
胸の奥底から絞り出すように、小さな声でゼノンは青年の耳に囁いた。そのまま、ゼノンはその場を後にする。
「ヨウ君、VROFとは、Virtual Reality of Fieldの事よ。訓練用の仮想空間だから、やんちゃをしても大丈夫よ」
シノがVROFの簡単な説明をする。シノは、彼の事をヨウと呼んでいた。ヨウはシノと知り合いなのだろうか。
「なるほど。師匠がそんな装置があるような事を言っていた気もするな。……分かりました、それで、そこは何処なんですか?」
ヨウの言葉に、シノの目がこちらを向いた。シノはニコリと笑うと、口を開いた。
「彼が案内するわ。シジマ、彼をVROFの調整室へ」
「はい」
シジマはサイと目を見合わせ、ヨウに走り寄った。
「私とシノも観戦する」
アリエールは踵を返すと、観覧席へ向かった。周りの生徒達も、良い席を取ろうと我先にと闘技場へ向かった。中には、声を張り上げて賭を始める物もいたが、アリエールもシノも止めようとはしなかった。
「じゃあ、行こうか。付いてきて」
不思議な縁を感じながら、シジマはヨウを連れだって歩き出した。
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