第3話


 アタラの攻撃により、目の前から消えた旅人。後から生徒会に問い合わせたところ、現場に旅人の存在を示す物は何一つ残っていなかった。砂漠の砂が溶解しガラス状になるほどの温度なのだ。至近距離であれを受けたのなら、耐えることは疎か、骨一つ残らず蒸発してもおかしくない。

 訓練から戻ったシジマは、自室に戻ってもずっと旅人のことを考えていた。

 名前は疎か、顔だって見ていない。それなのに、シジマには魔法を使った旅人のことが気に掛かった。今では余り使われることのない魔法。それをあれほど巧みに操った旅人は、どんな人物だったのだろう。男か、女か、若いのか、年寄りなのか。俊敏な動きを見るに、若いように思える。

 あの時、雪蛍の武装が解除されていたのなら、アタラを倒して旅人を救えたのだろうか。

 いくら自問しても、答えは「ノー」だ。シジマがいくら頑張ったところで、雪蛍の性能を引き出しきれないシジマでは、自分自身がやられていた可能性が高い。シノは簡単にアタラを屠っていたが、彼女は特別だ。

 御剱をベースに作られたオリジナルソフィアの一つ、『激昂なる尖晶石』のソフィアリアクター。ローゼンティーナが誇る、アラリムの五人のうちの一人だ。全てのソフィアの源と言われているオリジナルソフィア。ソフィアライズした際の力は、御剱の中でも最上位に位置する天ノ御柱や地ノ御柱に匹敵すると言われている。

 ソフィアは誰にでも扱えるというわけではなく、ソフィアの中に宿る精霊との相性が重要だと言われている。戦闘能力、人間性がどれほど優れていたとしても、精霊の加護が得られなければ、ソフィアを扱うことはできない。

 精霊との契約が必要なのはソフィアだけではない。明鏡が管理している御剱も精霊との契約が最重要とされる。ガイアを守る星守を自称する明鏡の住人でさえ、精霊との相性が悪ければ御剱と契約することはできない。そのために、明鏡では年に一度、各国の少年少女を集め、御剱見聞と呼ばれる、御剱の繰者を選ぶ儀式を行っている。八年前、絶光を手にした少年がほかの少年少女達を惨殺するという事件が起きたが、その翌年からも、何事もなかったかのように御剱見聞は行われている。もっとも、絶光だけは厳重に封印されており、何人も触れることはかなわない。

 シジマも、十年前に御剱見聞にいったが、御剱の繰者には選ばれなかった。シジマの年代では、ただの一人も御剱に選ばれた人はいなかった。聞いた話では、、ソフィアの精霊よりも御剱の宿る精霊の方が格が高く、契約するのは難しいようだ。

「まだまだ、力不足か」

 シノが後数十秒早く到着してくれたのなら、もしかするとあの旅人も助かったかもしれない。だが、今更そんなことをいっても意味のないことだ。あの時、シノは誰よりも早く駆けつけてくれた。彼女が来てくれなかったら、次はシジマの番だったかもしれないのだ。

 胸の奥に重い棘が刺さったような、そんな気分の悪さを感じながら、シジマはベッドに横になった。

 人が間近で死ぬのを見たのは初めてではない。だが、死体すら残らない、死というのは、人としての尊厳すら奪う行為だ。旅人にも家族がいるだろう。何者かも分からないのでは、どこかで待っているであろう家族に死んだことを伝えることができない。それでは、皆が不幸になってしまう。生きていることを疑わず、帰ってくるとと信じて待ち続ける者達。残された人のことを思うと、シジマは言いようのない切なさを感じた。



 永世中立都市ローゼンティーナは、巨大な城塞都市だ。外周を防壁が取り囲み、中央にソフィアリアクターを養成する巨大な漏斗形の学園と研究所が併設されている。そして、学園長が同時にローゼンティーナの代表を務めている。対外的には都市という名目だが、実際に住んでみると巨大な学園といった感じだ。特産物のないローゼンティーナに住むのは、学園の関係者か学生のどちらかしかいない。外部から来た者のためにホテルなどはあるが、ほかは学生向けの飲食店などが多数を占める。

 ティフェレト大陸の中央に位置するローゼンティーナは、西側にレッドストーンと呼ばれる砂漠が広がり、北側はホワイトマウンテンと呼ばれる山脈が連なり、東側はブラックウッドと呼ばれる鬱蒼とした森が広がっている。そして、南側には透明度の高い湖、ブルーレイクが存在している。砂漠、山、森、湖、それら四つがローゼンティーナを中心に形成されていた。何故、ローゼンティーナが様々な地形に囲まれているのかと言えば、かつて、ここは人類最後の戦争、魔神戦争の激戦区だった事が起因になる。

 科学技術を最高潮にまで発達させた人類は、地球を食いつぶし、人間同士で醜い争いを繰り返した。明鏡は様々な手を使い、人類をよりよい方向へ導こうとしたが、いくつかの大国がそれに反発した。

 数千年という長い歴史、自らの国の運命を明鏡によって左右されてきた国々は、一斉放棄し、明鏡を消滅させようとした。だが、明鏡は数多くの御剱と、魔神機と呼ばれる機械兵器を用い、対抗した。

 御剱の存在は世界各国で知られていたが、魔神機が人の世に出たのは初めてだった。

 様々な形をした魔神機の群れは、あらゆる攻撃を弾き返し、あらゆる物を破壊した。高度な知能を持った魔神機は、人を傷つけず、軍事施設や工場、発電所などを瞬く間に破壊した。結果、人類は小さな島国である明鏡に白旗を揚げることになる。

 人々は自らを守ってきた文明という鎧が破壊される様を目の当たりにし、ある物は神の存在を否定し、ある物は新たな時代の到来を予感した。文明も常識も、神の存在すら根底から破壊された人類は、宗教や人種を越え、一から新たな文明を、歴史を築き上げることになった。

 その魔神戦争で、一番激し戦闘が起こったのが、ローゼンティーナの建つこの地だった。人知を超えた魔神機の力で、気候も地質も変化した。明鏡の息の掛かったローゼンティーナが、何故この地に建てられたのか、その理由は誰にも分からない。

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