バレンタインデーのデート 後編

 怪獣映画アトラクション『ジャゴソル』を味わった後、ひとまず休憩する事となった美央達。

 そこで足を運んだのが、外に開けられたフードショップである。彼女達はあるお菓子を注文し、テーブルで待つ事となる。

 そしてようやく、女性ウエイトレスがやって来たのだ。


「お待たせしました。ストロベリーパフェでございます」


 両手に握られている二個のパフェ。ソフトクリームにイチゴ、ジャムが添えられたおしゃれなお菓子が、美央達の前に置かれていく。

 早速、美央が一口。すぐに口の中に広がっていく甘さが、彼女の表情を緩ませていく。


「美味しい~。ほら、香奈も食べて」

「あっ、はい。……ん! 美味しいです!」


 とびっきりの笑みが、香奈の顔に浮かんでいく。

 その笑顔を見て、きゅんとする思いを美央はしてしまった。例えるなら……とびっきりの愛くるしさを感じてしまったと言った所か。


 彼女に何かしたかった。そこで美央はクリームをすくったスプーンを、香奈に近付けさせ……


「香奈、あーんして♪」

「えっ?」


 突然の事に、顔真っ赤になる香奈。

 よく見ると目が泳いでおり、動揺しているのが分かってしまう。


「いやぁ、一人で食べれますって……」

「駄目よ。彼女にはこういう事しなきゃいけないんだからさ。はい、あーん」

「……あーん」


 声が小さいが、ちゃんとスプーンのクリームを口に入れる。

 咀嚼しながら、恥ずかしそうに目を背ける香奈。その姿が、美央を惚気にさせていくのは言うまでもない。


 こんな感じの妹が欲しかった……。ほんの少し、彼女はそう思うのだった。


「はぁ、可愛い……。キスしちゃいそう……」

「えっ!? キ……!?」

「冗談だけどね。ささっ、これを食べたら次行くわよ」

「は、はぁ……」


 戸惑う香奈に対して、非常にお気楽な美央。

 対象的で微笑ましい姿が、女性ウエイトレスの口元を綻ばせたのだが、二人がそれに気付く事はなかった。




 次にお化け屋敷に入っていく。二人ともイジンの影響で図太い神経を持っているが、それでもいきなり現れる幽霊などには跳び上がり、悲鳴を上げるしかない。

 なお香奈はホラー映画が好きな方であり、こういった物は苦手ではないらしい。怖がる姿が見たかった美央だったが、それが叶わなくて残念に思う。


 そしてジェットコースター。『日本が誇る最高速』という名文句があり、その言葉通り凄まじい速度でレールを突っ切っていく。

 お化け屋敷とは違う意味で、悲鳴を上げる美央達。この後、猛烈な酔いで二人がダウンしたのは言うまでもない。


「さてと、次はあれかな」


 美央が指差すのは、プレザント・フォレストの目玉――巨大観覧車。

 百メートル以上は誇る鉄車輪の前では、美央達は豆粒の大きさしかない。比較的長身の美央でさえも、見上げるには身体を曲げるしかないのだ。


 赤いゴンドラに乗り込んでいく二人。次第に昇っていくゴンドラが、二人に静かな歓喜を与えてくる。

 

「凄いねぇ。地上が徐々に遠ざかっていくわ……」

「本当ですねぇ……。それよりも美央さん、近くないですか?」

「ん? そうかな?」


 美央がきょとんとした顔をしているが、香奈は怪訝な表情を崩さない。

 二人が隣同士で座っている。それだけなら普通だが、その距離が異様に狭い。

 

「……えいっ」

「うわっ」


 近いからどうという事はない。むしろもっと寄りたい。

 だからこそ、美央は香奈へと近付いた。肌と肌がピッタリとくっついて、一つになるかのように。

 感じる温もり、感じる香り。感じる柔らかさ。どれも気持ちよくて……離れたくなくなる。


 もう香奈とは、離れたくない……。


「……香奈、暖かいね」

「……ありがとうございます……」


 香奈の声が小さくなっていく。美央は彼女へと、優しい微笑みを浮かべていく。

 彼女自身気付いていないが、微笑みは妖艶ようえんで悩ましい。香奈がうっとりした顔でするのも致し方ない。


 美央は、そんな彼女の手を握っていった。


「……ありがとうね、香奈。こんなわがままに付き合っちゃって……」

「……いえ、大丈夫です。それに楽しかったですよ……美央さんと一緒に遊べて……」

「……フフ、本当に可愛いんだから」


 ――香奈にとっては、不意の出来事だろうか。

 柔らかい頬に、美央は口付けを与えた。ほんの数秒の出来事、そして一瞬だけ起きた香奈への愛。


 香奈は固まってしまった。まるで何をされたのか理解出来てなさそうな表情をしている。しかし次第に分かってきたのか、口元があわあわと動かしていく。


「み、み、美央さん……? 今キスを……」

「あっ、だったらディープキスの方がよかった?」

「いやいやいやいや! いくらその……女の子同士ですし……!!」

「意外とイケる口なんだけどな~。まぁ、プレゼントはこれだけじゃないのよ」


 そう言って、白い鞄からある物を取り出す。

 手のひらサイズのプレゼントだった。赤い箱にピンクのラッピングをした贈り物が、香奈の前へと差し出されていく。


「バレンタインデーの本命チョコ……デートへのお礼よ。よかったら開けてみて」

「バレンタイン……ありがとうございます、美央さん」


 戸惑いから、徐々に微笑みに変わっていく。

 香奈は嬉しそうにチョコを受け取り、中身を取り出していった。きっと彼女は、ハート型とか可愛いらしい形のチョコだと思っている事だろう。


 もしそうなら、必ずチョコを見て驚くはず。


「……!? こ、これ!?」

「そう、徹夜して作った最高傑作……エグリム型チョコよ!」


 昨日の夜に作り、試行錯誤を経て完成させたチョコレート。

 それは香奈の搭乗機――エグリムの姿をしていたのだ。ご丁寧にクリーブトンファーを展開させており、なおかつ装甲の深みなどが掘られている。

 チョコを利用したフィギュアと言ってもおかしくなく、精巧でなおかつクオリティが高い。香奈が圧倒されたように眺めるのも無理はない。


「これ、作るの大変だったんじゃないですか?」

「小学生の頃から図工が得意だったから、何とかなったかしら。まぁ、失敗作もあって食べる羽目になった事もあるけど」

「へ、へぇ……。でもこれはこれで嬉しいですね……」


 ――嬉しい。その言葉だけでも、美央の心に何かが込み上げていく。

 香奈が愛おしい。愛したい位に愛おしい。そんな想いが、一気に膨れ上がってきたのだ。


「香奈、やっぱ大好きぃ!」

「うわっ! 美央さ……あっぷ!?」

「あぁ可愛い! 本当に大好きなんだから!」


 香奈の頭を抱き寄せ、豊満な胸に埋もれさせていく。

 脱しようと暴れる香奈だが、持っているチョコは落とさないように動かしてはいない。それが実に香奈らしくて、思わず微笑む美央だった。




 ===


 


 ――数時間後


 東京の片隅に存在する武器製造企業『キサラギ』。

 敷地内にある格納庫には、五機のロボットが立ち並んでいる。神牙、エグリム、戦陣改、アーマイラ、キングバック。対イジンとして開発された、言わば機械仕掛けの獣達。

 足元にいるのは、獣を操るパイロット達。そんな彼女達の賑やかさが、この格納庫へと反響していく。


「戦陣改のチョコ……どんな腕をしていたらこんな風に作れるんだ……」


 防衛軍二等陸尉であり、『ヤングエリート』の異名を持つエース――黒瀬優里。彼女が掲げているのは、何と戦陣改のチョコレートである。

 隣には流郷飛鳥が立っており、彼もまたアーマイラのチョコレートを。そしてアメリカ人パイロットであるフェイ・オルセンの手にも、キングバックのチョコレート。


 優里はおろか他の二人も、愛機を模したチョコレートを興味深そうに眺めていた。


「どう? 自信作だと思うけど」


 一同の前に立っている、ドヤ顔の美央と香奈。

 美央の言葉に最初返事したのは、嬉しそうな表情をしたフェイである。


「うん、嬉しいよ、ありがとう! お礼も胸揉んであげる!」

「ハハ……お手柔らかに……って飛鳥、もう食べちゃうのね」

「あっ? チョコなんだから食べるの当たり前だろ?」


 アーマイラチョコを頭からがぶりつく飛鳥。口周りにチョコが付いているのだが、本人は気にしている様子はない。

 いや、そもそもフィギュア当然のチョコを、躊躇なく食べているのだ。彼の言う通り食べるのは間違っていないが、もう少し眺めて欲しいと美央は複雑に思う。


「ところで二人ともデートに行ったんだよね? ホテルでお楽しみタイムとかあったりした?」


 突然、フェイからの爆弾発言。

 チョコを食べていた飛鳥が咳き込み、優里が眉をひそめ、香奈が顔を赤くする。様々な反応の中、美央は涼しい顔をしていたのだ。


「うーん、ちょっとキスをした位でしょうかね?」

「それってディープキス!? それとも〇〇〇とか〇〇〇〇とか!? キャア、羨ましい!!」

「あんた、ここで妙な事言ってんじゃねぇよ!!」


 飛鳥が怒鳴るも、興奮しているフェイの耳に届く事はない。

 面白おかしくなってしまって、思わずケラケラと笑ってしまう美央。デートも楽しかったし、チョコも喜んでもらった。これ程に楽しかった一日は他にあっただろうか?


 そんな時、優里が彼女に尋ねてきた。


「やはり如月社長にもあげたのか?」

「ええ、もちろんよ。ただアーマーローグとかアーマーギアのチョコじゃないけどね」

「アーマーローグとかじゃない……一体何のだ……?」

「何でしょうねぇ。まぁ、とあるラノベのロボットってだけは教えるわ」

「……?」


 釈然としない優里。一方、美央はニヤニヤとした顔を抑える事はしない。

 如月にあげたチョコは、他のとは色々異なるのだから。




 ===


 


「本当に久しぶりだね。あれからどうだったかな?」


 キサラギ社内に存在する社長室。

 黒塗りされたデスクには、如月梓なる女性が座っている。キサラギの若社長であり、美央の姉的存在。

 その彼女が、目の前に立っている人物と話し合っている。人物は女性であり、外見からして概ね二十代後半。黒いスーツと黒いポニーテールが大人らしさを醸し出すも、少し童顔な所が愛らしい印象を放っている。


「ええ、何とかなっていますね。しかし見ない間にアーマーローグが増えるなんて……私がいた時とは色々と変わっていますね」

「これもあなたが、あらゆるテストをしたおかげだ。あれがなければ、今の神牙があったかどうか……改めて感謝するよ」

「いえいえそんな……。それよりも、デスクにあるそれってチョコですか?」


 女性が指差すのは、デスクに置かれた一つのチョコ。

 それもまたロボットだった。だがよく見るとフレームだけで構成されており、貧弱な印象を拭えない。一方で動力パイプやシリンダーなどがよく作り込まれており、まだポーズも跳躍感がある。

 こんな貧者なアーマーギアなど、あるはずがないだろう。女性が不可解そうにする中、如月が呆れた顔をしていく。


「何でも美央が熱中しているライトノベル……『サバ×ロボ』だったかな? その主役機オストーだそうだ。

 見ての通り細過ぎるのだが……よく出来たと思うよ」

「本当ですねぇ……こんなロボットが現実にあったら、アベリィ博士が難癖付けそう……。ところで写真撮ってもいいですか?」

「ああ、構わないとも。ところで政姫まさきさん」

「はい?」


 携帯端末を取り出そうとした女性――井伊政姫いい まさきが顔を上げる。

 かつて霊牙や刹牙を操り、テロリスト『同志』と戦った女性軍人。そんな彼女へと、如月がコップを持つようなジェスチャーを見せるのだった。


「仕事が終わった後、飲みに行かないだろうか? 久々に会ったのだから、色々話でもしたいしな」

「いいですねぇ。あっ、でしたらいいお店があるんですよ。そこにチョコもありますからバレンタイン出来ると思いますし」

「決まりだな」


 旧知と一緒に飲みに行ける。そう思うと楽しくなっていく如月。

 しかし彼女が飲み過ぎて、政姫に仕事の愚痴をしてしまったのだが、それは別の話である。

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