番外編
バレンタインデーのデート 前編
二月十四日。この日は何を隠そう、『バレンタインデー』がある。
ローマの聖職者『聖ヴァレンタイン』を起源とし、今や世界各国で行われている重要なイベント。2054年になった今でも、知らない者はいないであろう。
その中でも日本は『意中の異性にチョコレートを贈る』と、他にはない仕様となっていた。故にこのチョコレートを贈るという事は、その異性に愛を贈るとほぼ同義である。
これは、そんなバレンタインデーの日に起こった、少女達のこそばゆい物語である。
===
――二月十三日。
「はぁ、どういったチョコにしようかしら……」
部屋にあるベッドに寝転がる少女。その彼女が一冊の雑誌を広げており、ため息を吐いていた。
名前は神塚美央。彼女が読んでいるのはバレンタイン系の雑誌であり、ページにはチョコレートの作成方法が記されている。
ハート型、動物型、デコレーションされたチョコレート……どれも魅力的であるが、それでも美央の食指が動かない。
それは何故か。アーマーローグ部隊――香奈達にチョコをプレゼントする為、どうしても心に残るチョコを作りたいのだ。ハート型とかは可愛いのだが、ありきたりな所があるのが否めない。
「……チョコって、作るのも贈るのも大変よね……」
ふと、脳裏によみがえる過去の記憶。
去年だっただろうか。高校一年生の時に、同級生や上級生からたくさんのチョコをもらった事がある。
『神塚さん! 本命チョコ受け取って!!』
『神塚ちゃん! よかったら食べて!』
『キャア、神塚さぁん!!』
頭上に飛び交うハートマークと黄色い声。そして美央の手に築かれる、本命チョコの山。
美央自身は自覚していないものの、彼女は大都高等学校において五本指に並ぶ人気者である。容姿端麗、才色兼備、クールな性格……その他もろもろが女子生徒を虜にしてしまう。
もちろん、ホワイトデーを返す時に労力を使ったのは言うまでもない。決して苦い思い出ではないのだが。
「…………」
ところで明日の十四日は休日。つまり高校でのイベントは月曜日という事になる。
まずは香奈達にプレゼントするのが先であろう。ただそれだけでは何かつまらないように感じてしまう。
特に光咲香奈。美央にとっては妹にも思える彼女。だから何かサプライズをしてあげたいと、天井を見上げながら考えてしまう。
決まった。これなら彼女を喜ばせる事が出来る。
「起きているかな……」
そして彼女は、一心に自分の携帯端末を取り出した。
誰かに電話をして出るのを待つ。数秒経って、その電話先の声が聞こえてきた。
『……はい、もしもし。どうかしました?』
相手はもちろん香奈。声から眠気が感じられない事から、まだ眠っていないと思われる。
電話先の彼女へと、軽い笑みを浮かんでいく美央。
「ごめんね、こんな夜遅く。ところで香奈、明日休み?」
『えっ? ああ、そうですけど……』
「じゃあさ……明日の十時、デートしない?」
『デー……ええっ!?』
やはりと言うべきか、香奈が驚きの声を上げる。
してやったりとニヤリと笑う美央。どうも香奈をいじるのが好きなようである。
「そう、デート。私、君と遊びに行きたかったのよね」
『は、はぁ……じゃあ……お言葉に甘えて……』
「ありがと。じゃあ明日の十時にあの公園で。前に行った事あるでしょ?」
『ああ、あそこですね。分かりました』
「うん、お休みなさい……」
電話を終わらせる二人。その後、美央が妙に嬉しそうな顔をする。
イジン狩りをやっていて、あまり遊びに行けないこの頃。そんな時に香奈とのデート……そしてバレンタインデー。
明日という日は、二人にとって思い出になるはず。そう美央は確信した。
「そうとなればチョコ作らないとね」
香奈や仲間達に贈る最高のプレゼント。
早速作るべく、美央はキッチンへと足を運んでいった。
===
──翌日。
キサラギ社からそう遠くにはない公園。その前に美央が立っていた。
普段、男性ものの服装を好むのだが、今回は女性らしく可愛らしい服装を身にこなしている。白いレースに黒いカーディガン、そして長いパンツ。
デートに行くのだから香奈に失礼のないよう、色々とおめかしをしていた訳である。
「そろそろかしら……」
バックから携帯端末を取り出し、時間をチェック。もうじき香奈が来る頃である。
と、近付いてくる靴音。美央が顔を上げると、あの少女の姿があったのだ。
「美央さん、おはようございます……」
香奈だ。頬を赤く染め、少しお辞儀をする。
彼女が着ているのは白いセーター姿。その黒く艶やかなショートボブには白いリボンを付けており、小柄な身体と相まってチャーミングな印象を与える。
「おはよう香奈。可愛いじゃない~」
服装の印象から、今までよりも可愛く思えてしまう。
この気持ちはいわゆる『萌え』だろうか。そんな気持ちを抱いてしまう美央。
「ちょ、ちょっと気合い入れ過ぎてしまって……変でしょうか?」
「ううん、全然。むしろ似合ってて抱きしめたい位」
「ハハ……どうも……」
苦い顔をするのも可愛い。
美央自身アブノーマルな気があるので、どうしても香奈を食べてしまいたいという衝動が出てしまう。最もやるタイミングではないし、彼女がそういった趣味がないのも分かっている。
ひとまずその衝動を置いといて、美央は彼女の手を握った。
「ささっ、ここで立ち話も何だし、そろそろ行こう」
「あっ、はい……。ところでどこに?」
「フフン、秘密よ♪」
そう言ってウインク。二人は手を繋ぎながら、ひとまずある場所へと向かっていった。
===
練馬区を横断するモノレール。しばらく経って一つの駅に停止し、乗客を降ろさせていく。
その中に美央と香奈がいた。未だ手を繋いでおり、それ故か香奈がいつになくそわついている。
「あの……まだ手を繋ぐんですか?」
「いいじゃない、香奈は私の彼女だし。それよりも早く行こ」
「か、かの……」
香奈が何か言いたげだったが、美央に引っ張られて言いそびれてしまう。
人混みの中をかき分け、駅から出ていく二人。そして目の前に見える光景に、香奈が感嘆な声を上げる。
「わぁ……凄い」
二人の前に広がるのは、これでもかという位に広い遊園地。
奥から見える巨大な観覧車。悲鳴が沸き上がるジェットコースター。ありとあらゆるアトラクション。見る者に期待を含ませる姿は、エグリムを駆る戦士でさえ目を輝かせるのだった。
「『プレザント・フォレスト』。確か先月に出来た遊園地だって」
「『愉快な森』って意味ですか。すごいですねぇ」
遊園地に見惚れる香奈の姿は、どこか期待を膨らませる子供にも思える。
彼女の姿に美央の口が綻びる。そして思う――ここに来てよかったと。
「さてと、早速入りましょ。今日は思いっきり遊ぶんだからさ」
「……はい!」
香奈の微笑み。美央は彼女と共に、プレザント・フォレストの中へと入っていった。
まず彼女達が目にしたのはコーヒーカップである。カップ状の乗り物に乗り、中央のハンドルでカップを回転させるアトラクション。
それに乗った途端、美央が忠告をしたのだ。
「香奈、あらかじめ言っておくわ」
「えっ? 何ですか?」
「……私こう見えても、早く回転させようとする衝動があってね。それで一緒に乗った梓さんを失神させた事があったの。覚悟出来る?」
「……それ、乗る前に言ってくれた方……があああああああああああ!!」
ついにアトラクションが開始。同時に美央がコーヒーカップを回転させていった。
しかも香奈の承諾も待たずに、そして一心不乱に回転させて。
「キャアアア!! これよ! この回転! すんごくたまんない!!」
「ちょっ、おま!! み、美央さん! ストッ! ストッ!!」
香奈の悲鳴と制止の声。しかしテンションただ上がりの美央には届く事はなかった。
――コーヒーカップが終了後、二人の状態は別々である。まず美央は達成感溢れる笑顔とステップ歩き。香奈は上半身をうなだれ、死んだ魚の目となっていった。
「いやぁ、久々に回せた回せた♪ それよりも香奈、大丈夫?」
「……これで大丈夫に見えますか?」
「ハハ、ちょっと激し過ぎちゃったかな。まぁ、次はあれをやろ」
「……あれ?」
美央が指先にあるのは、一つの建物。
看板には『ジャゴソル』と、禍々しい意匠をしたタイトル。お化け屋敷でも迷路でもなさそうなアトラクションに、香奈が首をかしげてしまう。
「何でしょう、あれ?」
「知らないの? つい先月に放映された怪獣映画のアトラクションよ。何でも怪獣映画初の女性監督で、そのコラボレーションとからしいとか。
まぁ、入ればどういった奴なのか分かるわよ」
「はぁ……」
未だ釈然としない香奈と共に、その建物の中へと入っていく。
この時分かったのだが、乗り物の周りを3D映像で囲んでいる仕様のようである。乗客は3D眼鏡を着用し、アトラクションを楽しむという訳である。
『オオオオオオオオオオンン!!』
背後から迫って来る、人型巨大怪獣から逃げるというアトラクションを。
「キャアア! キャア!! 香奈こわーい!」
「ヒイイイイ!! 本気で怖いいいい!!」
迫り来る熱線、熱気、振動。映像に沿って作動する仕掛けが、元ネタである怪獣映画の迫力感を生み出していく。
終始、悲鳴を上げながら楽しむ二人。しかしまだデートは終わらなかった。
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