再戦、そして決着


再戦、そして決着

 こんな現象が起きるとは、予想外のさらに外だった。

 鏡の床にいるアルカス一行は、口を開けたまま、呆然とその現象を見ていた。

 闘技場がものすごい勢いで崩壊してゆく。そして、崩れた部分から、新たな建造物が創設されている。周りは時間の流れがとても早いのに、彼らのいる床の上だけ変わらない。取り残されているような気分だ。

 やがて、激しい音も動きも無くなり、新しいが見覚えのある建物の部屋に変化した。


 魔王の間


 前回より部屋は広いが造りは同じだ。正面の玉座にも見覚えのある存在が・・・・

 前国王の実弟であり、悪魔に魂を売った男、魔王が座っていた。まさか再開するとは思ってもいなかった。どちらかというと、再開はしたくなかった。

 アルカスたちは明らかに嫌な顔で魔王を見ているが、魔王はどうだろう。無表情で真意は読めない。


 目覚めてすぐに、お前たちと会うとは、思いもしなかった


 「俺たちもだ」

アルカスが言った。

 「起きてすぐに悪いが、また眠ってもらう。今度は永遠に、だ」

 

 大した自信だが、そう簡単にはいかないぞ。魔王は再生を繰り返す度に魔力が上がる。対戦せずとも、お前たちとの差は歴然だ


 なるほど。さっきから感じていた威圧感は、魔力のせいか。

 後ろで人の動く気配。

 戦闘に関係ない者たちを、盗賊団が守りながら後方へ。姫は俺の右側。左側のネコババは数歩後ろに控えて、俺の後ろにいる魔法使いたちを支援する。これが俺たちの必勝配置。

 ビビって顔が引きつっているくせに、やる気満々じゃないか。


 「危なくなったら、俺が必ず助けるから、全力で魔法を使え」

 「オスッ」

 体育会系のノリで答える魔法使いたち。その中で、ひとり冷静なネゴ・シエタ。

 「姫の判断は的確だから、射るタイミングは任せる」

 「あいよ」

 ウィンクするパトラ姫。

 姫とは、長年連れ添った夫婦のように、お互いの意思が伝わる。

 「ネコババは、姫の矢に合わせて魔法を頼む」

 「おう!」

 その場にしゃがみ、準備するネコババ。

 俺は、回復魔法を浴びて全快。さらに補助魔法を自分にかける。


 魔王。お前に反撃の余地など、欠片も与えない。


 床に足がめり込む程の初動で、俺は地を蹴る。

 両手を体の前で交差させ、両腰の剣を握る。魔王のすぐ目の前で急停止。腰をかがめる。

 俺のすぐ後ろから、矢が直線的に飛んでくる。

 魔王は片手をかざし矢を受ける。俺は剣を抜く。左手に掴んだしなる剣が曲線を描きながら伸びてゆく。

 矢の後ろに発生した気流を利用。剣先が不規則な動きで魔王へ迫る。

 姫の射た矢は、魔王の手のひらを貫くことなく掴まれ、剣先はその片腕に巻き付いた。

 左腕を手前に引き付ける。刃は魔王の腕にくい込むが傷一つつけられない。逆に魔王はその腕を振り上げる。

 そのまま剣ごと引き寄せられる。

 巻き付いた剣先は解けそうにない。手を離し疾走。

 引火性の煙(クンセイの魔法)の流れを横目で確認しながら、魔王の反応を検証する。魔力や腕力は以前より勝っているかもしれないが、素早さは変わらない。

 管理者が言う、不完全な部分がどこなのか、まだ分からない。



 ネコババが魔法発動。岩の雨が降る。

 俺は再度回復魔法を受け、高速移動を開始する。体より大きな岩の隙間を、俺と姫の矢が突き抜ける。

 針の穴ほどの隙間を縫って、矢は魔王へと向かう。狙いは良かったが、わずかにズレて肩の防具に刺さった。

 金属製の防具を貫く姫の矢。恐るべしだ。

 頃合いだ。

 クンセイが指を弾く。

 降り注ぐ岩を回避しようと見上げた魔王。周りに充満した煙が爆発。炎に包まれる。そこへ俺が入り込む。

 落ちてくる岩が魔王に当たらなくとも、動きを制約するだけで効果あり。

 細身の剣を振る。

 何か硬いものに弾かれる。魔王の体は魔力の壁のようなもので覆われている。

 だったら。

 魔王から少し離れて、細身の剣を鞘に収め、背中の大剣を持つ。

 この大きさで抜群の切れ味。そして対魔性を持っている。俺にはまだ鍛えられない剣だ。


 山のように積み上げられた岩が吹き飛んだ。中から現れた魔王に焦りはない。

 ネゴが魔法発動。

 魔王の周囲の空気が凍る。自然現象では有り得ない氷点下。大剣の重量を利用して遠心力で加速。回転しながら魔王へ剣をぶつける。

 切れなかったが吹き飛ばした。

 体中の筋肉が悲鳴を上げる。思いっきり足を踏ん張り疾走。姫の弓のしなりを感じながら大剣を振り上げる。

 ホント、姫様にしておくのはもったいない弓使いだ。俺が魔王に到達する瞬間を計算して矢を射るなんて、この状況でやるか、できるか、普通。

 魔王の頭上から大剣を振り下ろす。

 片腕で受ける魔王。対魔の剣でもまだ振り抜けないか。

 そこへ、俺の体をかすめて矢が魔王の頭部を狙う。が、ヘルムにさえぎられる。

 魔王が俺に手のひらをかざす。

 とっさに体を硬化させる。

 光の帯が俺の体を吹き飛ばした。あの巨大怪物の尻尾攻撃を耐えた質量が、軽々とだ。


 お前の力はそんなものか


 魔王の言葉に舌打ちをする。

 これでも結構頑張っているけど、余裕なのか魔王は。


 「そろそろ本気でいくか」

なんて言って、無理やり気持ちを高める。

 回復魔法を受けて、全身のしびれが消える。ここでクンセイ。指を弾き、魔王の周囲に充満した煙に点火。

 爆発。

 威力はある。床から振動が伝わってくるくらいに。

 だが、効果は微妙だ。

 顔色ひとつ変えない魔王に、心が折れそうになる。仲間がいるから耐えられる。まだ頑張れる。俺が俺を越えればいい。

 精神力が魔力を上げる。

 今までにない程、体が軽く感じられる。

 その場から消えたように見えるほどの疾走。さらに加速。

 ネコババ、魔法発動。

 魔王の足元が沈む。無数のアリ地獄。この速さでも見えてるし、かわせる。

 大剣を横なぎに振る。よけられたが、剣先に手応えあり。

 穴だらけの床の、わずかな平地に足をつき、方向転換。剣速を高めるため、もう一度体ごと回転する。 

   脚力だけでアリ地獄を飛び越える。十分に速度を増した剣を魔王にぶつける。

 

 今度は振り抜いた。


 光の出た腕が、関節のあたりから切れ飛ぶ。高まっている感覚が危険信号を察知する。大剣を体の前に突き出す。

 魔王の失った腕から鎌のような爪が生えて、大剣と交錯した。

 

 なんだよ、それ。魔王ってなんでもアリかよ。


 爪のひと振りだけで軽々と吹き飛ばされる。

 頭から落下する直前に片手を突いて修正。四つん這いで着地した。

 ネゴが魔法発動。

 気圧の変化に吸い込まれそうになる。彼の魔力で最大の氷結力。大気の凍る音が聞こえた。

 姫の矢が飛ぶ。

 あの距離であの正確さ。魔王の左目を貫く。父親と同じ顔なのに容赦なしだ。

 刺さった矢がみるみる凍ってゆく。

 氷の魔法はまだ継続中だ。魔力は強いが使用回数に制限があるネゴ。おそらくこれが最後の魔法。

 アルカスは立ち上がり、切れた補助魔法をかけ直す。

 姫とクンセイに目線を送り、床を蹴る。

 氷のオブジェと化した魔王。しかし見よ。氷の魔法は継続中で、どんどん温度が下がっていくなか、表面に亀裂が入っているではないか。

 火も氷も、魔王に脅威を与えることはできないのか。

 

 十分に加速をつけて大剣を振る。

 氷が砕け、現れた爪がそれを受ける。すぐ剣を引き、足を狙う。湾曲した爪が下から襲ってくる。

 激しい金属音と火花が舞う。速さも力も魔王に負けている。大剣で爪のひと振りを受けたままの体勢で後方へ飛ばされる。

 魔王は気だるそうに目に刺さった矢を引き抜いた。一瞬で再生。

 魔力の弱まったネゴは後退して盗賊たちの方へ。二人の魔法使いも、始めから魔力全開で戦っているので、どこまで続くか。

 長期戦は命取りだ。

 

 これを使うしかないか


 みんなは気づいてないかもしれないが、もうひとりの俺に勝利した時、俺は床に転がっていたものを拾った。もうひとりの俺が落としたアイテム。

 黒い魔法石。

 用途は不明だが、触れた瞬間ヤバいと感じた。自慢じゃないが、俺の直感はよく当たる。これは相当ヤバい。

 だけど、これしかない。これなら魔王に対抗できる気がする。


 「もし俺が、俺じゃなくなったら、容赦なく倒してくれ」

黒い魔法石を見せながら言った。

 返事は待たない。

 手の中の石に呼びかける。魔法発動。

 俺の体の中に、黒いモノが入り込んできた。意識ははっきりしているが、明らかに違う自分が生まれようとしている。

 俺は大剣を構えて走った。

 魔王の爪の動きが止まって見えた。大剣を振り上げる。爪の根元の弱い部分。的確に狙えた。

 無理な体勢から、大剣を振り下ろす。

 わずかに外れて床を叩く。剣先が半分めり込む。腕に衝撃が伝わってこない。

 俺の体は『痛み』を感じなくなっていた。それと、肉体の限界を頭の中で理解していながら、抑制ができない。

 魔王を倒すまで、俺は戦いをやめない。

 動ける限り戦い続ける。

 腕や足が無くなっても、だ。

 表情は変わらないが、魔王は明らかに動揺していた。


 何だ、その禍々しい闘気は。それではまるで、こちら側の・・・・


 横なぎの大剣を素手で受け止める。止められるはずが、手のひら半分失った。爪を折られた方と両方の手を再生。魔力の膜だけでは防げないようだ。

 魔王は玉座に手をかざした。

 何か、長細いものが飛んでいった。魔王が手にしたのは武器。刃が全体の半分をしめる槍だ。頭上で回転させ体の前に構える。

 

 「魔王が武器を持ったぞ」 ネコババが言った。

 「さっきから兄貴の様子がおかしい」

 バンの言葉にうなずくクンセイ。

 「何かに取り憑かれたみたい。別人みたいなんだけど」 とパトラ姫。

 それぞれが、誰に言うでもなくつぶやく。

 どんな状況でも、必ず仲間の安全確認と指示を出すアルカスが、今はただひたすら、目の前の魔王だけに、恐怖を感じるくらいの闘気で向かっていた。

 これが魔法石の魔法なのだろうが、果たして元のアルカスに戻るのか。そんな不安を感じてしまう。それくらい鬼気としていた。


 だけど・・・・


 信じるしかない。

 アルカスは勇者だ。勇者に敗北は似合わない。

 パトラ姫は弓を引き、ネコババたちは魔法発動のタイミングを計る。

 魔王を倒すため。

 最悪の状況のため。


 魔王は、槍を両手で広く持ち、刃と柄と両方で大剣と対峙した。金属製の柄は重く俊敏さに欠けるが、殺傷能力は高い。

 アルカスの補助魔法はすでに切れているが、黒い魔法石の力なのか、素早さも筋力も強化されたままだ。大剣を軽々と振り回し、魔王の重量感ある槍の攻撃を受け止めていた。

 少しでもミスをすれば命取り。そんな攻防だ。

 バンは何度もアルカスに回復魔法をかけているが、効いているのかどうか。あれだけ休みなく、息をする間もないくらい動き回っていたら、彼の魔力では足りていないかもしれない。

 ネコババの魔法はどうだ。

 二人の動きについて行けず空回り。

 クンセイの火は?

 元々アルカスの指示が無ければタイミングを計れないので問題外。

 パトラ姫の矢は、的確に急所に当たるが、魔王には効果無し。残りの本数を考えても、これ以上無駄射はできない。

 どこかにあるはず、と彼らは思う。

 どこかにアルカスの助けになる時があると。


 どれだけ優れた剣でも、酷使を続ければ刃もこぼれてくる。

 大剣は折れはしないものの、もはや鈍器と化していた。頃合いを見て背中に収め、細身の剣を抜くアルカス。

 対魔性のない剣だが、今の俺なら切れるかもしれない、とアルカスは思う。

 この世に完璧なものなど無い。魔力によって守られた魔王の体。どこかに魔力の薄い部分、もしくは切れ目があるはず。そこを狙えば。

 目を凝らす。

 人では見えないものが見える。

 ほんの一瞬だけ、魔王の気を逸らすことができれば。しかし、自分の意思で仲間に指示を出すことができない。

 目の前の敵、魔王を倒すまで、黒い魔法石の魔法は消えない。

 「今だね」

 姫が言った。

 他のみんなも、分かっているとばかりうなずく。

 「あたしが指示するから」

と、クンセイに声をかけて弓を引く。ネコババは大丈夫。分かっているはずだ。

 アルカスが走った。

 極限の緊張感。パトラ姫がたまらなく好きな瞬間だった。


 床を蹴った瞬間、姫が矢を射った。

 魔王の足元の床が変色した。

 体の自由は効かないが、本能で理解したはずだ。頼むぞ、俺!


 広く散らばっていたクンセイの煙が、目視できるくらい集まる。かなりの規模で魔王を取り囲んでいる。

 姫の矢がアルカスを越えた瞬間、指を弾く。

 爆発。

 地面が揺れた。

 黒煙が充満するなかを矢が突き抜ける。狙い通り魔王の手と、槍の柄を串刺す。

 ネコババ、魔法発動。

 魔王の足元にアリ地獄。規模は小さいが魔王の動きを止めるには十分だ。

 低い姿勢でアルカスが到達。閃光が走る。

 魔王の持つ槍が刃の下で断たれた。

 視界がクリアになった時、魔王の首元にアルカスが持つ槍の刃が迫っていた。

 ためらいなく振り抜く。

 首と胴体が離れた。

 まだ終わりじゃない。

 アルカスは背中の大剣を抜き、刃こぼれしていない先端で、魔王の胴体を切るでなく突き刺した。

 姫の矢が魔王の頭を、一度跳ね返されたヘルムごと貫いた。正確に、同じ場所を撃ち抜けば、どんなに硬くても貫ける。恐るべし、その技と威力。

 魔王の頭と心臓を絶った。


 「やったぞ!」

ネコババが両手を上げて叫んだ。

 動かなくなった魔王の肉片は、色を失い灰となった。

 歓声が上がる。

 が、すぐに声が途絶える。

 原因はアルカス。彼は細身の剣を持ったまま、鏡の床に立っている。じっとして、何かを待っているようだ。

 本人も何を待っているのか分からない。魔法はまだその効力を失っていない。

 まばたきする間に、獣の顔をした小人が立っていた。


 「さすがは勇者様。お見事です」

魔王の管理者が言った。

 「これで、魔王の人の部分は消滅しました。あとはこちら側の部分、すなわち私を消せば全て終わりです」

 無表情で剣を振り上げるアルカス。

 「私の肉体は、人の憎しみや怒りで造られております。それは未来永劫尽きることはありません。また時が来れば、再びお会いすることになるでしょうが、それまではゆっくり眠るとしましょう」


 それでは、また未来で


 アルカスは剣を振り下ろした。管理者は両断され、煙のようになって床の下へ消えた。

 何かが砕けた。

 アルカスの足元に黒い魔法石の破片が散らばった。

 夢から覚めたように、手足の感覚が戻ってきた。それと同時に異常な程の疲労感が全身を襲った。思わずその場に膝をつく。

 仲間が集まってくる気配を感じる。

 気がつくと、仰向けに倒れていた。誰かが何か叫んでるがよくわからない。

 眠い。とにかく眠い。

 うまく笑えたかどうか分からないが、みんなの声に笑顔で答えて俺は意識を失った。

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