鏡の敵と魔王

 同じ大きさのメダル。模様が違うそれを、適当な順番ではめてみた。

 扉の中で錠が外れた音がした。問題ないようだ。

 独りではビクともしなかったので男四人で押す。金属の擦れる甲高い音。扉の向こうは、遺跡の入口付近のような、両側に石の柱と高い天井の大広間。別世界から現実に戻った気がして少しホッとした。

 道なりに広い通路を進む。太陽が見えないので、はっきりした時間は分からないが、バンの腹時計によると、昼を少しまわったくらいだそうだ。


 干し肉などの保存食で粗食をとる。

 たまった疲労を、バンの回復魔法で軽くしてもらい、再び奥へと進む。歩きながら辺りを見回していると、姫やネコババたちと何度も目が合った。コイツらと過ごした時間は長くないが、深く濃い。同じ事を感じているな、とすぐ分かった。

 この通路、見覚えがある。

 規模こそ違うが、雰囲気と構造はよく似ている。

 嫌な予感がよぎる。

 考え事をしていたせいではないが、道に迷った。まさに迷宮。さっき通った道が下に。上は幾重にも交差する石の橋。

 まいったな。

 アルカス一行の足が止まった。


 「こういう時は、壁伝いに進めばいいんだよ」

そう言って先行するパトラ姫。

 意外な才能。

 それからは立ち止まることなく、迷宮を抜けることができた。

 「惚れ直したでしょ?」

 抱きつく姫。

 無意識にエリザベに目を向ける。彼女は気にする素振りなく、手元の資料と壁の文字を照合中だ。


 不意に視界が開けた。

 久々の空と太陽。そして、曲線を描く高い壁に囲まれた広場。壁の向こうは観客席。少し前、勇者を決める戦いで、立つはずだった場所。


 闘技場


 大きさこそ違うが、構造は何処の国も変わらない。罪を犯した者を公開処刑する目的で造られたが、今では娯楽のための施設。

 それがなぜここに?

 エリザベたちは広場の手前で待機させ、アルカスとネコババだけ進む。

 誰もいない観客席。

 いや、待て。あれは何だ?国王や要人の特等席がある場所に何かある。巨大な箱のようなもの。獣を捕らえる檻(おり)に似ている。

 クンセイが止めるのも聞かず、エリザベが広場に入ってきた。

 やっぱりそうなのか。

 檻の中にいるのは、調査団たち。

 客席まで行きそうな勢いだったので、俺はエリザベの前に立ちはだかった。

 「迂闊に近づかないほうがいい」

 俺の言葉を聞いて、最初は怒りをあらわにした表情だったが、次第に落ち着き、いつもの冷静さが戻ってきた。

 「すいません、つい」

そう言って下を向くエリザベ。

 気持ちは分かるが危険だ。意図的要素たっぷりだ。状況が把握できるまで待つべきだ。


 あそこに石碑がある


 誰かが言った。

 広場の中央。磨きあげられた石が敷き詰められた床がある。その近くにいつもの石碑が立っていた。



 まわりを警戒しながら、三人で石碑へ近づく。

 「顔が映るくらいピカピカの床だぜ」

石の床を覗きながらネコババが言った。

 関心するのも無理はない。素材か技術か。普通の石を磨いても、ここまでにはならない。青い空と雲が、そのままその床に映っている。


 三人の戦士よ 己に打ち勝て 三つの魂尽きるまで


 石碑の文字。

 「どういう意味だ?」

ネコババが言う。

 「石碑の場所と文字の意味からだと、この石の床の上で何かするようですが」

 エリザベもはっきり分からないようだ。

 考えて駄目なら行動あるのみ、だな。俺は姫を呼ぶ。


 アルカス、ネコババ、パトラ姫。三人で鏡のような床に立ってみる。

 変化はすぐに現れた。

 俺たち三人から少し離れた場所に、床の下から黒い塊が湧き出し、みるみる人の形に変化した。

 三人の前に三人が立っている。俺とネコババと姫。


 「面白れえじゃねえか」

とネコババ。

 状況からして、あの三人と戦え、ということだろう。

 確かに面白い。

 これは、自分自身と戦える場所のようだ。武器も技も互角。ならば、策で差をつけるしかない。

 俺は二人と言葉を交わし、意思の疎通を完璧にしておく。戦闘に入れば、目配せだけで全て伝わる。そういう仲間だ。

 ヤバいぞ。

 何かワクワクしてきた。

 振り返って二人を見ると、俺と同じ顔をしていた。

 エリザベを石の床から少し離れた場所に移動させ、俺は背中の大剣を抜く。向こうの三人は立ったまま、変化なし。


 よし、行くぞ!


 俺は走った。

 姫は後方へ、ネコババはその場にしゃがみ、手をつく。

 大剣の間合いに入る寸前、もうひとりの俺が細身の剣に手を伸ばした。輪郭がぼやけて、目の前から消える。

 俺は大剣を勢いよく横に投げ、右腰のしなる剣を振り上げる。

 刀身がネコババに迫る。

 風切り音。

 姫の矢だ。

 まともに食らったらヤバい。魔法を解き足を止める。


 背後で金属音。

 俺の投げた大剣を細身の剣で弾き返した俺。

 やるじゃないか。

 つかさずネコババが魔法発動。巨大な岩が降ってくる。細身の剣を戻し、大剣を抜く。あの野郎、岩を切りやがった。

 岩の落下音にまぎれて、姫が矢を放つ。

 岩と岩のわずかな隙間を、矢が直線的に突き抜ける。

 もうひとりの俺は大剣の刀身をかざした。矢を弾き返す。太くて厚みのある刀身は防具と化した。


 すぐ目の前を矢が通り過ぎ、俺は再び疾走する。

 ネコババは床に手をついた。

 今からじゃ間に合わないぜ。俺はしなる剣を振り下ろす。螺旋を描きながら伸びた刀身は、しゃがんでいるネコババを捕らえる。

 余裕の笑みが、俺を惑わせた。

 ネコババは自身の魔法で床の下へ沈んだ。

 空を切る刀身。


 パトラ姫の叫び声。

 もうひとつのアリ地獄が、姫の足元に。規模は小さいが、バランスを崩すには十分だった。

 俺が大剣を構えていた。

 くそう!

 姫が両断された。

 すぐ目の前に、姫の矢が迫っていた。奇跡的にかわして刀身を戻す。

 もうひとりの俺は、ネコババに迫っていた。

 ここからでは援護に間に合わない。



 さすがに俺でも、三対一では敵わない。

 姫とネコババを失い、土の魔法と風の矢で詰められた。まさか自分の剣で、自分に切られるとは、思いもしなかった。

 一瞬、意識を失い、気がつくと石碑の前に立っていた。

 俺と姫とネコババ。

 切られたはずの傷口を探しながら、生きている実感を少しずつ取り戻す。


 三つの魂尽きるまで


 「つまり、二度死ねる、てことか」

アルカスがつぶやく。

 「くそう!アルカスの野郎、本気で切りやがって」

とネコババ。

 「私に剣を向けるとは、いい度胸ね、アルカス」

と、鋭い目つきのパトラ姫。

 なんだか、背筋が寒い。俺に向けられた殺気じゃないと分かってはいるが、なんだか落ち着かない。


 「もう一度挑戦だ!」

 「打倒アルカス!」


 勝手に盛り上がる二人を制す。

 「この三人だと、勝てる気がしない」

 素直な感想だったが、二人に食ってかかられた。思わず体を仰け反らせる。

 お前ら、近いよ。

 「何で勝てないんだ?!」

 「ちょっと調子乗ってんじゃない?!」


 まあ、待て待て。落ち着けよ。


 「俺たちとアイツらとは、大きな差があるんだ」

 だから、近いって。

 鼻息荒いし。

 「武器も技も同じだが、あっちには仲間を守ろう、とかの意識が無い。遠慮が無い分、攻撃が鋭い。特に前衛の三人だからな。はっきりと差が出た」

 

 つまり・・・・

 つまり・・・・?


 「大丈夫なのか?」

三人を指差して問うネコババ。

 姫の世話係から一名、荷物持ちから一名、そして盗賊団から一名。護身用の短剣を武器に挑ませる。

 戦闘向きでない者ばかりを人選した。

 世話係と盗賊は主の命令絶対だから肝が座っているが、荷物持ちは今にも泣きそうな顔をしていた。


 何で俺が?


 そんな心境だろうな。

 心配ない。ちゃんと策はある。これで駄目なら、もう一度チャンスがある。

 彼らには悪いけど(笑)


 三人が鏡の床に立つ。

 少し離れた場所に同じ三人が現れる。

 俺は指示を出す。荷物持ちを先頭に、世話係、盗賊の順で縦に密接して並ばせる。 そのまま前進。

 すると、予想通り向こうの三人も同じ並びで攻めてきた。

 アルカスは彼らに近い場所へ移動した。そこから常に戦闘の細かな指示を出し、相手との差をつける作戦だ。

 緊張のなか、戦闘開始。

 鮮やかな剣技も魔法も無い、地味な戦いが始まった。それは想像を絶するものとなった。護身用の短剣が空を切り、殴り合いの拳が交錯した。お互いの力量に差が無いので、なかなか決着がつかない。アルカスの指示は的確だったが、残念ながら正確に実行できる技量が無かった。

 戦う彼らの疲労より、観戦、指示を出す側の疲労が勝っていた。


 荷物持ち。ほぼ互角の殴り合いのなか、力尽きて引き分け。


 世話係。護身用の短剣で一進一退の攻防。姫の声援(ほとんど脅しの言葉だった)が効いて、なんとか勝利。しかし、次の盗賊に速攻殺られる。


 盗賊。戦闘が得意でないにしても、数々の修羅場をくぐり抜けてきた。それなりに見ごたえのある戦いを展開した。蛮刀が火花を散らせ、体と体がぶつかり合った。

 僅差だったが、一歩及ばなかった。

 また勝てなかった。  

 後がなくなった。

 頭の中で模擬戦を繰り返す。客席の檻を気にしているエリザベを横目に見ながら、最善の方法を導き出す。

 クンセイとバン、ネゴを呼ぶ。魔王討伐メンバーでミーティング。この連中だと話が早い。俺の意図する事をすぐ理解してくれる。

 最後は俺とクンセイ、バンで挑む。

 みんなに目配せをして、自分の士気を高める。ここでやらなきゃ勇者じゃない、なんて柄でもないことを思ったりする。

 闘技場にいるのは三人だけ。

 手持ちの魔法石で、補助魔法をかけて、鏡のような床に臨む。武器は細身の剣だけ。今まで鍛えた中でも、最高の逸品だと自負している。

 黒い塊が床から出てきた。

 目を閉じて、最後の模擬戦。よし、大丈夫だ。

 ちなみに、二戦目の時に床の外から応戦できないものかと、姫の矢を射ってみたが、対戦が始まると見えない壁のようなものがあるらしく、矢も人も入れなかった。


 アルカスをはじめとする三人が登場した。

 これで負けたら命がないかもしれない。それなら勝てばいい。たったそれだけのことだ。

 深呼吸して目を開ける。

 敗戦を教訓に、修正を加えて臨む。

 左腰の剣に手を添えて、助走無しの駆動。消えたように見えるのは、床石がへこむ程の踏ん張りと補助魔法の成果。

 クンセイは魔法で煙を、バンは回復魔法を準備して、アルカスを見守る。

 俺は俺自身を潰しにかかる。あちらの魔法使いが、煙を使って視界を邪魔しているが、問題ない。

 剣と剣が交わり、火花が散った。煙が誘爆した。二人のアルカスは、それに巻き込まれることなく対峙していた。

 太刀筋も素早さも同じなか、剣が乱舞する。横から振ろうと、上から振ろうと、全て受け止められる。

 前回同様、床下から現れる擬似人間は常に無表情。


 なんだかムカつく。


 こっちだけ必死の形相なんて、負けてるみたいじゃないか。

 技量が同じなら、何で勝つ? 精神面か?

 剣を交わしながら、少しずつ自分の欠点が見えてくる。なるほど、この時俺はこうなのか。もっとこうすればいいのか。

 二人の魔法使いは、アルカスの指示通り自己防衛に徹している。

 それでいい。

 集中力が上がってきた。

 剣の動きに差がつき始めた。

 自分を切るというのは、あまりいい気分じゃない。鏡のような石の床に、俺の右腕と頭が転がった。生身の人間とは違い、赤いものは一滴もこぼれなかった。

 三人のパーティーで、アルカスがいなくなれば、勝ったも同然だ。魔法を発動する間もなく、二人は彼の手にかかった。

 三人の死体は、元の黒い塊となって、再び床の下へ消えた。


 「やったー!!」

 大喜びのクンセイとバン。もちろん、ほかのみんなも。

 剣を鞘に収め、観客席を見上げる。ネコババと四人の盗賊たちが、対戦のスキに檻の中の調査団を救出しているはず。

 そういう作戦だった。

 ネコババたちは檻の前に立っているが、様子がおかしい。

 「誰もいないぞ!」

ネコババが大声で叫んだ。

 そんな馬鹿な。確かに人がいたはずなのに。それともあれは、俺たちを惑わすための幻覚だったのか?


 誰かが手をパチパチと叩く音。

 鏡の床の、アルカスの正面にそれは立っていた。

 「さすがは勇者様。見事全てのダンジョンをクリアされました」

 とっさに剣を掴む。

 アルカスの前に、人ではない、獣のような顔をした小さな生き物が立っていた。耳が大きく、手足が細くて長い。

 「何だ、お前は?」

警戒はしながら、問うアルカス。

 そいつは、主に従う者のように、膝をつき頭を垂れた。

 「私は名も無き下賤の者。あの御方が再び世に現れるまでの、管理をする者でございます」

 「管理?・・・・誰をだ?」

 アルカスの問いに、そいつは顔を上げた。

 「魔王様でございます」


 耳を疑った。

 俺だけじゃないと思う。姫もネゴもネコババも、みんなキョトン顔だ。

 「何言ってんだ。魔王は俺たちが倒した」

とアルカス。

 「確かに。ですがそれは、魔王様が人間であれば、の話でございます」

そこで一旦言葉を切り、姿勢を正す管理者。

 「魔王様に人間の『死』というものは存在しません。ある程度の時間と条件が揃えば、魔王様は再び世に現れるのです」


 なんだよ、それ。そんなのアリかよ。


 みんな同じ気持ちだ。


 「今回の魔王様は、元が人間であったことと、かなりの深手を受けてらしたので、少々手間がかかりました。ですが、お陰様で勇者様御一行の助力のもと、無事復活のはこびとなりました。ご協力に感謝致します」

 深々と頭を下げる管理者。


 何言ってんだ、コイツ。協力って何だ?


 「ここは肉体を失った、魔王様の魂が眠る場所。そして、その魂を呼び起こし、存在を再生する施設なのです」

 「俺たちは、魔王復活の手助けをした、ってことなのか」

 「はい」

 断言しやがった。

 めまいがして倒れそうになる。

 一度倒したんだ、楽勝だろ。兄貴なら大丈夫っすよ。なんて声が飛び交っているが、そんな簡単な問題じゃない。

 同じ手は使えない。不意はつけない。

 そういうことだ。

 

 「勇者様」

管理者が言う。

 「どうか、今度こそ魔王様を完全にこの世から消して下さいませ」

 また耳を疑う。

 「幸い、復活までの時間が短かったため、やや不完全での再生となります。付け入る隙もあろうかと思われます」

 「お前、魔王の手下なんだろ? いいのか、そんなこと言って」

 「私は管理をする者。魔王様が復活されれば、存在は消えてしまいます。どうか、今度こそ魔王様を・・・・」

 俺の問いには答えず、突然姿が消えた。

 「え?!」

 近くで聞こえるネコババの声。

 客席にいたはずの盗賊団が、闘技場の入口付近にいたエリザベたちが、鏡のような石の床に立っていた。

 青い空がみるみる暗雲立ち込める。

 何かが始まろうとしていた。

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