迷宮ハンター
俺とエリザベ、ネゴの三人だけ部屋に入る。結構広い部屋だ。九つに区切られた床の向こうには、固く閉じられた扉があった。他に道が無いので、あの扉をあけて進むのだろう。
壁一面に精巧な彫刻。今までと違うのは、人の生活を描いたような絵柄。
二人して大きな鍋の中身を混ぜていたり、机の上で紙に文字を書いていたり。空を見上げ、太陽や月、星を眺めている人の姿もある。
「石碑に書かれた内容からして、これは昔の魔法使いの様子でしょうね」
俺の横にいるエリザベが言った。
なるほどな。今と魔法使いの定義が違うってことか。人並み外れたことができれば魔法使い。空を見て天候当てたり、病気を治す薬を調合したり。
ここには古い時代の歴史を感じさせるものがあった。
ネゴは何してる?
区切られた床の、へこんだ部分を見ていた。
「何かあるのか?」
彼に聞いてみる。
ネゴは床を眺めたまま、
「何もありません」
と答えた。
ただ、と言葉が続く。
「このへこんだ床だけ絵柄が彫られています。おそらくこれは五人の人型。何か意味があるような・・・・」
エリザベもネゴの方へ行って、へこんだ床を覗き見る。
「石碑に書かれた言葉に、答えが隠されているはず」
彼女の言葉を聞きながら、俺も二人の場所へ行く。
確かにこれは人を表した絵だ。五人の人が別々の方向を見ながら、立っている。窮屈そうに密接して。足元には・・・・
「この五人て、魔法使いだよな?」
確認のため二人に尋ねてみる。
あれ? 何でそんなキョトン顔なんだ?
「なぜ魔法使いと分かるのですか?」
ネゴに聞かれる。
「なぜって、こいつらの足元見ろよ」
そう言って、俺は床の絵を指差す。
「魔法陣があるだろ。このあたりの魔法使いにはいないが、魔法の種類によっては、発動する時に術式が足元に表れるらしいぜ」
みんな知ってると思っていたが。
「まあ、俺が知ってる魔法陣とは、少し形が違うけどな」
俺の言葉を聞いて、エリザベが何かを思いついたように顔をあげる。
「聞いたことがあります。東方の国では魔術の魔法ではなく、数式の『魔方陣』が神秘的な力があると信じられているとか。九つに区切られた四角に、規則的な数が書かれたものを使って、運勢や方位の吉凶を占うそうです」
さすが学者さんだ。詳しいことまでよく知ってるな。
「では、これがその魔方陣を描いているなら、この床の意味は、それぞれの四角に数字を入れる、ということですか」
ネゴが言った。
「石の床に数字を彫るのか?」
多分違います、とエリザベ。
「このへこんだ床に描かれた絵のように、人が乗るんだと思います」
彼女の言葉に、俺とネゴは顔を見合わせた。
エリザベの記憶を頼りに、九つの数字は一から九だと分かった。
真ん中のへこんだ床は、五人の人だから、数字の五。へこんでいるのは完了という意味だろう。
あとはどこに何の数字が入るか、だが。
「法則があります」
と、エリザベ。
「縦、横、斜め。三つの合計は全て十五になるように、数字を入れます」
手元の資料の白紙部分に九個のマスを描く。
しばし考え、数字を当てはめていく。
あー、なるほど。エリザベの頭の回転力に感動する。
彼女の指導のもと、この床の仕掛けに挑戦だ。まずは入口に近い所から。五の手前は数字の一だ。
俺が乗ってみる。
しばらく待ってみたが変化なし。
足元の床を見る。一箇所だけ色の違う、明らかに後からはめ込みました部分があった。剣をいつでも抜けるように構えながら踏んでみる。
石なのに、柔らかい感触がした。
何か小さな音がして、ゆっくり床が沈んだ。
こういう仕組みか。
それからみんなの協力を得て、それぞれのマスに数字(人)を当てはめて、残されたのは、扉の前の最後のマス。俺を含めた九人を適当に選び、マスに乗る。戦闘態勢をとりつつ足元の石を踏む。
九つ全ての床が沈んだ。
目の前の扉から軋む音がした。
俺だけ進んで扉を押してみる。重いが開く。どうやら先に進めるようだ。
祭りのように騒ぎながら、扉の先の通路を進む。
あ、あれは。
とバンが指差す。
通路の先が光に満ちている。足早に通路を抜けると、そこは森の中。地下のはずなのに地上に出てきたのか?
さらに進む。
夕暮れの平原。
平原、だよな? どう見たって。
真っ赤な太陽と、赤みを帯びた空。遺跡近くの平原とよく似ている。違うのは、悠然と歩く生き物の姿。
これだけ離れているのにあの大きさ。人間が歴史に登場する前の時代にいたという、あの巨大生物を思わせる姿だ。
「姉さん、ここに石碑がありますぜ」
クンセイが言った。
自分より優れた者を尊敬すると、男は『兄貴』、女は『姉さん』のようだ。さっきの数字の謎解きで認めたようだ。
エリザベが石碑の文字を解読する。
狩人よ 獣を狩って七つの星を集めよ 次の扉が開かれん
あー、そうなんだ。
やっぱりアイツらを倒さなきゃならないんだ。
もうすぐ日が落ちる。これ以上進むのは酷だな。
「夕食の準備をしよう」
アルカスが言った。
この森は安全そうなので、ここで野営だ。戦闘パターンも構築しなきゃな。
次の日は、朝から騒がしかった。
戦闘好きの姫は弓矢の手入れをしながら、呪文のような言葉をつぶやいている。
ネコババは興奮が抑えられず、近くの草木に向かって蛮刀を振り回している。
クンセイとバンは、俺の顔を見ながらニヤニヤしてる。
静かに朝食を食べる俺とエリザベの横で、ネゴがそろばんで演算をしている。
おもしろ集団だな、まったく。
出発の準備が出来たところで再確認。
「あの怪物たちを何体倒さなきゃならないのか分からない。魔法は温存して、戦闘は俺と姫とネコババでいく」
うなずくみんな。
目つきがこえーよ、パトラ姫。
「さあお前たち、ひと狩りいこうぜ!」
「おー!!」
姫の周りで盛り上がる盗賊たち。
思わずため息。
戦闘は最小限で前進するのがいい。だけど姫やネコババたちは違うようだ。戦い足りず、欲求不満状態。ここで一気に爆発させる気らしい。
姫たちを先頭に出発。
ひとまず固まって移動して、戦闘が始まったら三人以外は安全圏へ離れる。あれだけの巨体だ。動きは鈍いはず。
それにしても大きいな。近くで見ると実感する。外皮は分厚く硬そうだ。細身の剣やしなる剣では、かすり傷程度しか与えられないだろう。
俺たち三人は目を合わせうなずき合う。
振り返ってネゴに手を上げる。戦闘開始の合図。
ネゴやエリザベたちが距離をとったのを確認してから背中の大剣を抜く。武器の準備が不十分なのを、魔法石で補う。
ここは『銀の魔法石』だな。これもレアな石だ。
姫とネコババが左右に移動。
よし、やるか!
俺は正面から挑む。これだけ近づいても怪物は素知らぬ顔だ。大剣を大きく振りかぶって前足に叩き込む。
岩を殴ったような感触が伝わる。予想以上に硬いな。
だけど・・・・
俺の右側から風を切る音。パトラ姫の矢だ。風の魔法と魔法石の粉で、直線的な弾道と並外れた飛距離。
一投目で怪物の目にヒット。そこは硬くないだろ。
怪物、吠える。
空気が振動して大地が揺れる。これがコイツの武器か。
声の衝撃波。
耳の激痛に耐えながら大剣を振り下ろす。傷ひとつ付かない。
ネコババが両手を地面につけ魔法発動。アリ地獄が怪物の両前足を沈める。たまらず頭部が地面に激突。
俺は無色の魔法石で自分に魔法をかける。持続性はないが一時的に素早さと筋力が上がる。
大剣を思いっきり振り下ろす。
首と胴体が離れた。
怪物の色がゆっくりと薄くなり、巨体が塵となって消えた。後に残ったのは、小さな鉄の塊。手のひらに乗る程のメダルが一枚。遺跡の壁にある絵のような文字が彫り込まれている。
これが星か。
七つ集めれば、次の場所へのカギとなる。
このペースでいけば楽勝だな。
などと、甘い考えは持たない。
同じ怪物を六体倒したが、最初に出たきりひとつも無い。もしかすると、同種からは出ないのかもしれない。この先は、草原の大地が荒野に変わり、別の怪物が歩いている。
平原から荒れた大地に足を踏み入れる。
ここに生息する怪物は、やや小型で動きも早い。エリザベたちをあらかじめ安全な場所へ移動させておいて、俺たちは戦闘を開始する。攻撃のパターンはほぼ同じ。俺が切り込んで、姫とネコババがサポート。
メダルが出ないまま、三体目。
不意をつかれた。
俺が突進している途中に、怪物は反転。胴体より長い尾が勢いよく迫った。
よけられない!
姫が俺の名を叫んでいた。
ドン! と鈍い音がした。装備に合わせて持ってきた魔法石が幸いした。銀色の魔法石によって魔法発動。俺の体は鋼鉄の如く硬くなり、岩よりも重くなった。その程度の攻撃など、くすぐったい。
俺は大剣を振り下ろす。胴体から尻尾が切り離された。
風を切る音。
姫の放った矢が、怪物の目と首を貫く。草原のヤツより外皮は硬くない。
二つ目のメダル。
別種の怪物を求めて、俺たちは奥へと進む。
荒野が途切れると、今度は湿地帯が広がっていた。
ここが遺跡の中だと忘れてしまいそうだ。そもそも、現実の世界なのかも怪しい。何処かの異空間に飛ばされているんじゃないか。地下にいるはずなのに、空に太陽がある。
怪物たちは進むにつれ小型化し、群れで行動するようになり、賢くなってきた。
「まるで、生物の進化の過程をみているようです」
と言ったエリザベの言葉。
まんざら外れでもないかもな。
三人だけでは少々キツくなり、魔法使いたちにも参戦してもらう。火と氷の魔法は絶大な効果を発揮した。
アルカス一行は順調に進み、六つのメダルを手にしていた。
そして、次の場所は・・・・
床も壁も天井も、同じ素材でできた通路。何かの建物の中。どこからか耳障りな音がしている。
壁に触れてみる。鉄のように硬くて冷たい。だけど鉄とは違う感触。どんな技術なのか、どこまでも継ぎ目がなく伸びている。
草木一本生えていない。
エリザベたちを中心に、注意深く進む。
怪物たちに囲まれた時とは違う怖さを感じる。
やがて、広い空間に出た。天井が高く全体が丸みを帯びた部屋。異彩を放つ空間で唯一の存在。魔方陣の謎解きと同じ扉が奥にある。あれが次への入口なのだろう。
だけど、カギとなるメダルは六つ。ひとつ足りない。どこかで取り損なったか。引き返すしかないか。
考えていると、部屋の中央に何かが突然現れた。
慌てて剣を構えるアルカス。
「なんだ、あれ?」
思わず言ってしまう。
それくらい変な物体だった。
一応、人間の形はしている。しているが変だ。頭は毛がなくツルンとしている。体は全身銀色で、服なのか裸なのかよく分からない。
何より違うのは顔だ。眼しかない。しかも真っ黒で異常に大きい。仮面を被っているのかもしれないが定かじゃない。
足が宙に浮いて見えるのは錯覚だろうか。
今までとは違う怖さがある。
ほかの連中を守りにまわし、俺は前進した。二つの魔法石で極限まで補助魔法の効果を上げておく。
細身の剣を抜く。
深呼吸して床を蹴った。その場から消えたように見えるくらいの素早さで、銀色人間を両断する。
はずだったが、よけられた。
背中に衝撃。
防具替わりの大剣でしのいだ攻撃に、俺は目を見張った。
アイツ、指先から光が出たぞ。当たったら何かヤバそうだ。いや、そもそも指から光が出るなんて、なんじゃそれ。聞いてないよー、だ。
だけど、ここで受け身に入れば終わりだ。
間を開けず、再び突進する。首を狙ったがまたよけられた。全身鋼鉄化。指から出た光をまともに受けたが耐えられた。
なんとかなりそうだ。
何度もよけられたが、少しずつ銀色人間の動きが見えてきた。
剣を振り切る。剣先の微かな感触にニヤつきながら、片足を踏ん張って方向転換。全身鋼鉄化のまま体当たり。
よろける銀色。
指から光。
余裕でよけてやった。ざまーみろ。
左手を右腰の剣に。掴んですぐ振り上げる。しなる剣は曲線を描いて伸びてゆく。相手の動きを予測してタイミングよく振り下ろす。
当たった。
少し動きが鈍った。それで十分だ。
しなる剣を手放し駆ける。胴体を両断。柄が床に落ちるまでに細身の剣は鞘の中。
銀色人間は塵となり、メダルだけが残った。
アルカスはその場にひざまついた。
全身を襲う脱力感。無理しすぎた。
バンの回復魔法を受けて、ようやく立ち上がる。
魔法使いA・B(クンセイとバン)の尊敬の眼差しと、パトラ姫の惚れ直した熱い視線と、やるなお前、みたいなネコババの笑顔。みんな嬉しいが、なかでもエリザベの、素敵です、好きになりました(アルカスの勝手解釈)顔が一番嬉しかった。
これでカギは揃った。
アルカス一行は扉へ向かった。
エリザベがアルカスの名を呼んで近づいてきた。
「先に遺跡に入った調査団、ふた組合わせて十人。どうなったと思いますか?」
彼女に問われるまで忘れていた。
「仮に、怪物たちに襲われて亡くなったとしても、何の痕跡も無いなんて、おかしいです」
確かにエリザベの言う通りだ。ほかにルートは無かった。なのに足跡すら残っていないなんて。
返答に困ったまま扉の前。観音開きの中央に七つの丸い穴。
そこがメダルを入れる場所。
「可能性は低いけど、生きているかもな。この迷宮を攻略して、何か分かればいいけど。そうしか言い様がないよ、俺には」
アルカスの言葉に、エリザベは悲しそうな顔をした。
彼女にとっては大切な仲間たち、だよな。でも、今の俺には何もできない。
「そうですね。先に進みましょう」
無理に笑顔で言うエリザベ。
ここまでの道のりを考えれば、彼女だって分かっているはずだ。
俺は七つのメダルを強く握り締めた。
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