遺跡

 村人たちの歓迎ぶりにどっぷりと浸かり、二日連続の宴会。ようやく遺跡へ出発するも、二日酔いと騒ぎすぎの疲労で、みんな死人のような顔だ。

 これでいいのか、勇者一行。

 途中、『平原のハンター』と呼ばれる四つ足猛獣の群れに襲われたが、まあ俺ひとりで何とか切り抜けた。ちょうど手持ちの武器ならしになって、かえって有り難いくらいだった。

 「さすが勇者様です。お強いですね」

と、案内人のエリザベ。おお、俺へのリスペクト度アップ!

 まんざらでもない俺。

 こんなニヤけた顔をパトラ姫に見られたら、血の雨が降るに違いない。荷馬車で寝込んでいる彼女に胸をなでおろす。


 予定より半日遅れで遺跡に到着した。早速リゾート地開発事業部、特設キャンプに招かれ、状況説明を受ける。調査団か帰還していないので、遺跡内部の詳しいことは分からないが、魔物がウジャウジャいるのと、何か仕掛けがあるのは確からしい。

 それと、遺跡に記された古代文字を解読出来る者が必要だとか。案内人のエリザベがその役を担う。彼女は学者(まだ見習い)なのだそうだ。


 キャンプでの宿泊を丁重に断り、野営の準備のなか、俺は戦闘の打ち合わせをした。大まかなところは前回の魔王戦の時と変わらないが、俺の手持ち武器変更のため、遺跡内での進行配列を少し変えることにした。

 「お前たち、頼りにしてるからな」

と、二人の魔法使いに言う。

 「任してください、兄貴」

 クンセイ、バン・ソーコ、自信満々の顔。

 魔法使いが初めからアテにできるなんて最高じゃないか。ま、ホントはそれが普通なんだけど。

 「お前たちも頼りにしてるからね」

と、パトラ姫が四人の盗賊たちに言う。

 「お任せください、姫様」

 前回同様、姫の下僕と化すつもりの四人。

 ネコババはあきれ顔だ。

 決行は明日。期待と不安で、叫びたくなるのを必死にこらえる。


 「さすがですね」

 気持ちを落ち着かせるため、一行と離れて星空を眺めていると、声をかけられた。

 案内人のエリザベだ。

 「剣の腕も素晴らしかったですが、皆さんをまとめる力も素晴らしかったです」

 褒められて嫌な気はしない。

 「足手まといでしょうが、なるべく迷惑をかけないように頑張りますので、明日からよろしくお願いします。それだけお伝えに参りました。では、おやすみなさい」

 一礼して去るエリザベ。

 彼女の後ろ姿を見つめながら、ときめく俺。

 彼女のために頑張ろうと思う。不純だが、何か良い事があるかもしれないしな。

 魔王を倒してから日が浅かったので、剣を鍛えられず、準備は万全ではないが、ひとりじゃないし、策も練った。

 星空にエリザベの笑顔を思い描き、拳を握る。

 「なにしてるんだ?」

 目の前にパトラ姫。

 「うわッ」

 たまらず仰け反る。

 「明日は早いんだ。さっさと寝るぞ」

そう言って腕を掴む姫。

 夢物語から現実へ引き戻される。

 うん、とにかく頑張ろう。みんなのために。

 心の中を読まれないように、馬の顔を思い浮かべた。



 さて、いよいよ出発の朝。

 アルカスと魔法使い二人、ネゴとパトラ姫+世話係二名。ネコババと四人の盗賊、案内人のエリザベと荷物持ち二名。総勢十五名で行くことになった。

 荷物を最小限、軽快に行動したいので、三日分の水と食料だけを持つ。その期間で調査が終わらなければ、一旦帰還して再挑戦する予定だ。

 大所帯だし、あまり無理なことはしない。

 リゾート地開発事業部スタッフから手厚い励ましの言葉や声援をもらい、遺跡の入口に立つ。

 見上げる程高い岩山。壁面に空いた大きな穴。岩を削り、手の込んだ彫刻が壁全体に彫り込まれている。獣の顔をした巨大な人型の像が、穴の両側に立っており、まるで門番のようだ。

 「よし、出発だ!」

 アルカスの発声が合図となる。

 一行はアルカスに続いて歩き始める。

 先頭にアルカス。少し距離を置いてクンセイとバン。荷物持ち、パトラ姫の世話係、エリザベたちを囲むようにして、パトラ姫とネゴと四人の盗賊。最後尾はネコババ。

 盗賊団が指示に従っているなんて、おかしな話だが、アルカスという男を気に入っているので、彼の命令を素直にきいていた。

 遺跡に入ってすぐ、感嘆の声があがった。

 中央の通路の両側に石の柱が数十本並んでいて、空へ届きそうな程高い天井まで伸びていた。内部に陽の光は差し込まないはずなのに、光が満ちて明るかった。

 俺は振り返ってエリザベを見る。

 「そのまま進んでください」

 彼女の言葉に右手を上げて答え、再び歩く。

 奥へ進んでも、辺りはずっと明るいままだった。

 しばらく行くと、人の手で加工された石を積み上げた壁が現れた。

 入口に何やら文字のようなものが彫り込まれている。一行を止め、エリザベを呼ぶ。彼女は壁の前に立ち、歴史本のような分厚い資料を広げた。横から覗いてみたが、絵のような文字を事細かに解読して、紙に記してあった。

 ちょっと見ただけで、めまいがした。

 文字は読めるが得意ではない。彼女の手元には、俺が一生かけても出会わないくらいの文字があった。

 「なるほど」

 解読を終えて、ひとり納得するエリザベ。

 「言葉が古い言い回しなので、分かりやすく説明します」

 それはありがたい。

 「ここより先に、『3つの試練』があって、それぞれのきまりに従って攻略せよ、と書かれています」

 おお~、と一行からどよめきが起こった。

 動物だか植物だかの絵柄が、そんな言葉に変わるとは。まるで魔法だ。

 エリザベを列の中央へ戻し、再出発。壁をくぐり抜けると石の階段が地下へと伸びていた。

 「このまま進むぞ」

 最後尾のネコババの合図を確認してから進む。

 長い階段だった。

 列が乱れないよう、なるべくゆっくり進んだ。かなり深部まで降りたが、灯蓋もないのに辺りは明るかった。

 ヘビのごとくうねった階段を下りきると広い部屋に着いた。

 正面に入口らしきものが七つ。その少し手前に石碑のようなものがあって、石板に例の文字が彫られていた。

 俺は石碑の前でエリザベを待つ。

 「万物の根源を選び、四つの魔物を退治せよ、と書かれています」

 おお~。

 どよめきはもういいよ。



 みんなを待機させ、俺とエリザベで七つの入口に近づく。入口の上に絵(文字かも)が彫ってある。

 「これは自然を表す『絵』ですね」

とエリザベ。


 『木』、『土』、『雷』、『風』、『水』、『人』、『火』


 二人で七つすべてを確認する。

 俺は石板の言葉と七つの絵を組み合わせ、思考をめぐらせる。すぐ横でエリザベも考えていた。

 「あ!」

 ほぼ同時に声をあげた。

 ひらめくものがあった。

 初めての共同作業だった。


 みんなと合流する。

 「いよいよ戦闘だ」

 俺の言葉に、歓声があがる。

 「あの七つの入口から、四つを選択して魔物と戦う。俺と姫とネコババ、それとバン。まずはこの四人で入ってみる。あとはここで待機」

 よし、と気合十分のネコババ。戦闘好きのパトラ姫は弓矢の点検。

 バンは腕立て伏せを始める。

 お前、回復系魔法使いだろ。行動の意味が分からない。

 四人で入口に近づきながら、俺も武器の確認をする。背中の布でくるんだこの大剣を使う場面があるだろうか。左右の腰にある剣の使い分けがポイントだな。


 『土』の絵がある入口。

 目線だけで合図を送る。こいつらには、言葉がなくても俺の意思が伝わる。

 いざ、中へ。

 一瞬闇が満ち、パッと視界が広がる。

 すぐ目の前に何かが迫っていた。奇跡的にかわせた。

 「いきなりかよ!」

思わず叫ぶ俺。

 何か巨大な物体が、土煙をあげて地面に潜った。俺は左腰の細身の剣を抜き、パトラ姫は弓を構えた。

 ネコババはその場にかがんで両手を地面につける。

 魔法発動。

 茶色の地面が砂と化し、大きな穴、アリ地獄が発生する。

 ネコババは地脈が読める=地下の魔物の位置が分かる、だ。

 「いたぞ」

ネコババが言った。

 三つめのアリ地獄の底に土色の魔物。前足の大きなカギ爪をバタつかせながらモグラのような顔を突き出していた。

 さっき目の前にあったのは、あの爪か。ちょっと寒気。

 パトラ姫が矢を放つ。

 風魔法と矢尻の魔法石の粉の力で、直線的に飛ぶ矢。前足に命中。魔物のうめき声を聞きながら、俺は剣を頭上から振り下ろす。

 一刀両断。

 魔物の肉片は塵となり、また闇がきた。

 視界が戻ると、俺たちは入口の前に立っていた。

 ほほう、こういう仕組みか。

 入口の奥には、それぞれ魔物がいて、倒すと終了。強制送還される。

 建物の中だし、地下施設なので、戦闘を制限しないと丸ごと破壊してしまうと考えていたが、どうやら大丈夫なようだ。

 魔物がいる場所は、こことは違う異空間らしい。

 仕組みは分からないが、遠慮なく戦えることが分かった。


 メンバー変更。俺とネゴとクンセイ。これでいってみよう。

 『水』の間。

 不意打ちに対抗するため、事前に魔法をかけておく。

 無色透明の魔法石。素早さと筋力を上げる魔法。かなりレアな石だ。

 行くぞ。

 俺の合図にうなずく二人。

 右腰の剣を持ちながら、いざ!


 闇が消えると、俺たちは海のど真ん中にいた。波で揺れる小舟の上。空はどんより曇っている。

 「どこだ、ここ?」

クンセイがつぶやく。

 「海?、ですか。なかなか面白い仕掛けです」

 冷静なネゴ。

 さすが修羅場をくぐり抜けてきただけあって、慌てた様子はない。おそらくこうであろう展開を予想して、二人に指示を出す。

 不意に、何かが海中から飛び出した。

 巨大な魚、いや、海のハンター、サメの魔物だ。俺たちの小舟を越えて、海へダイブ。しぶきと波が押し寄せる。

 一度見れば、素早さと動きのパターンが分かる。二人は準備万端。

 俺は右腰の剣を構える。

 刃の長さは大人三人分くらいの身長。剣先はダラリと小舟の底についている。これは特殊な金属で鍛錬したムチのようにしなる剣。切れ味は細身の剣より劣るが、攻撃範囲がかなり広い。切るというより叩く剣。

 背筋がゾワゾワする。

 さっきの魔物が迫っている。

 目の前の海面が黒くなった。

 今度は俺をめがけて飛んできた。素早さの上がった俺は、すでに右腕を三度振り下ろしていた。剣先が三本の軌跡を交差させて宙を舞った。

 魔物を切ることはできないが、多少の傷と軌道を変えることができた。

 着水地点にネゴが魔法発動。海面の一部が凍った。頭部を強打する魔物。氷の上で仰け反る周りに、煙のようなものが集まってくる。

 クンセイは指を弾いた。

 可燃性の煙が爆発。魔物を包んだ。

 まばたきする間に、元の場所へ戻った。


 まあ、全員で戦えばもっと楽なんだろうが、俺は人選して挑むスリルが楽しくて仕方なかった。

 さて、次はどうするか・・・・

 『火』の絵が彫られた入口。

 俺とネコババ、二人で挑戦だ。素早さ・筋力アップの魔法をかけて、入口へ。

 そこは以前どこかで見たような景色。

 大地から溢れる灼熱の赤い液体。岩山から吹き出す溶岩。

 首を大きく仰け反らせ吠える魔物。岩のようにゴツゴツした肌と、肉付きの良い四肢。竜のような顔。おとぎ話にしか存在しないドラゴンだ。申し訳ない程度の大きさの羽根は、果たしてあの巨体を浮かせることができるのだろうか。

 俺は背中の大剣に手をかける。

 三本の剣のなかで、一番試したかった剣。俺の身長と体の幅とほとんど同じ大剣。

 旅に出たきり帰ってこない、親父が鍛えた剣。

 「サポートよろしく」

大剣に巻かれた布を外しネコババに言う。

 「任しとけ」

笑顔で答えるネコババ。

 こいつも楽しんでるな。

 俺は溶岩質の大地を走った。


 魔物が弱いのか、俺たちが強いのか。比べる相手がいないので何とも言えないが、ここまで三つの部屋を攻略した。

 俺とネコババで挑んだ『火』の間のドラゴンは、俺の動きに全くついてこれなかった。口から吹き出す火炎はネコババの魔法(土の壁)で防ぎ、大剣で両断。実に呆気ない結末だった。

 しかしこの大剣。この大きさであの切れ味。刀鍛冶としての技術の差を痛感した。


 いよいよ最後の部屋だ。

 俺とパトラ姫、バンとクンセイ。大事をとって四人で向かう。

 ところで兄貴、とクンセイが話しかける。

 「七つの中から、どうやって四つの部屋を選んでいるんですか?」

 俺はすぐ横の石碑を指差す。

 「ここに書かれた言葉がヒントになっている」

 「えっと、大仏の・・・・門限?」


 万物の根源だ!


 「世界は四つの要素で作られていると言われている。大地(土)と水と火と、そして・・・・」

目の前の入口を見上げる。

 「風(空気)だ」

 おお~、すげぇ。さすが兄貴だ、感動しやした。

 大仏に言われてもあまり嬉しくない。


 『風』の間は、大苦戦だった。

 岩山の頂上。動きを制限される狭い場所で、俺たちは空を見上げていた。大きな羽根で優雅に飛ぶ魔物。はるか上空で、ムチの剣も弓も届かない。降りてくる気配もなく、時間だけが過ぎてゆく。

 部屋の攻略に時間制限が無いことを祈る。

 ふと、ひらめく。クンセイを呼んだ。

 「お前のあの煙って、どこまで上に行ける?」

 さあ、と首を傾げるクンセイ。

 煙だから、風に乗ってどこまでも登るのでは?

 時間はかかるかもしれないが、試してみる価値はありそうだ。

 このまま化石になるんじゃないか、と本気で考えるくらい時間が経って、ようやくクンセイの煙が魔物の飛んでいる高さまで到達した。

 指を弾くタイミングが難しい。距離の誤差は感覚で何とかするしかない。

 合図は俺が出すことにした。

 一回目。大きく外れた。

 二回目。少し合ってきた。

 三回目。もう煙が残り少なくなってきた。

 今だ!

 魔物の羽根を爆発させた。バランスを崩して降下してくる。攻撃が届けば、向かうところ敵なし、だ。

 俺の横で、パトラ姫が弓を引いた。見事、首と目に命中。我を失い、突進してくる魔物に、俺は細身の剣を抜いた。

 首をはねる。


 ミッション、コンプリート。

 そして、強制送還される。


 地鳴りがして、目の前の壁が沈み始めた。身構えたが、建物は崩れないようだ。

 やがて、壁が俺たちの立つ床と同じ高さになって、新たな道が現れた。

 この先に、次の試練が待っているのか。短い休憩をとって、一行は出発した。灯蓋も、光の差す穴もどこにも無いのに、地下通路はどこまで進んでも明るかった。

 ある程度進んで、俺は足を止めた。

 石碑だ。

 エリザベが資料片手にやって来る。


 集え、魔法使いよ。その魔力で全てを等しくせよ。さすれば門は開かれん。


 俺はひとりで先に進む。岩盤の壁に入口が。壁一面に絵柄が彫られた部屋が見える。床が何だか変だ。大きな溝が縦横にあり、床を九つに区切っている。その区切った四角の中心部分だけへこんで段差がついている。

 エリザベを先頭に、みんながやって来た。

 戦闘の匂いはしない。

 エリザベとネゴが、何か考え事をしているようだった。

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