Chapter07 天使の彫像に成り代わって
原稿用紙約45枚
§01 二度と帰らぬ道行きへ
――クラウドも両親を殺した後は、夜眠れなかったのかしら。
何度も寝返りを打ちながら、キャスリーン・ヒューズはそう考える。
――パパとママを撃ち殺したあの日から、キャスはよく眠れない。
あの時は何もかもが愉快だった。銃の反動に耐えられるよう、そっと肩を抱いてくれるクラウドの手が心地よくて、頼もしくて。自分をいいようにし続けてきたあいつらが、今度は自分にいいようにされて顔を歪めていた。最高の夜だった。
なのにこの睡眠不足はどうだ?
クラウドに気づかれないようにしてきたけれど、そろそろ限界かもしれない。
「ねえ」
暗闇の中、隣で寝ている男に呼びかける。新市街のホテル、広々としたベッドでキャスリーンは男とぴったり寄り添っていた。
「ねえってば、クラウド」
返事はない。キャスリーンは起き上がり、すねる自分を何かから……何かは分からないが、隠すように膝を抱いた。
つまらない気分だった。こうしているのが何もかもくだらない。クラウドも自分もばかみたいだった。だって、爆弾と爆弾魔だなんて。
「世界なんてほろびちゃえ」
それが自分には可能なのだと、闇の中にいるかもしれないものに向かって宣言した。クラウドがそのためのお膳立ては済ませている。後はタイミングだけだ。
けれど、この世界にはまだ彼の弟が残っている。
クラウドはサニーに会わなくていいのだろうか。テロ屋どもの襲撃後、キャスリーンがそう訊ねると、クラウドは気のない返事をした。
いわく、「俺たちが見つける前に、炸裂しちゃうよ」
彼は不発弾ではないかと反論すれば、
「じゃあ解体されるんだろ」
更に反論。
だからどういう訳か、その解体屋とサニーがつるんでいるんではないか。
「ああ、そうか……。じゃあそのうち追いつくのかもね」
「サニーに会いたくないの!?」
クラウドは心底困ったような情けない顔で眉根を寄せた。
「じゃあレディ、君はそんなにあいつに会いたいのかい?」
「知らないわよっ!」
キャスリーンは男を平手打ちにし、そのままアイスクリームと新しいワンピースとイヤリングを買ってもらうまで、決して機嫌を直さなかった。
それにしても、彼の考えが分からない。
――クラウドは、サニーを愛しているんじゃなかったの? 大事な弟を。
サニーと初めて会った時、キャスリーンの顔には大きな青痣がくっついていた。
それを見るなりサニーはびっくり仰天して、痛くないの、とか誰にやられたの、とか。それはそれは心配そうに訊いてきたものだ。
おたおたするその様が憎たらしくて、救急箱を取りに走り出すその背中を思い切り蹴ってやった。すってんころりん、見事に転ける。
サニーはなぜそんなことをされるのか、もちろん分からなかった。分からなかったが、蹴られても踏んづけられても引っ掻かれて血だらけになっても、めげずにキャスリーンの手当をした。クラウドは黙って、もみ合う二人を眺めていた。
酷いことをしたのに、なぜかサニーはキャスリーンに親切にするのだ。
なるほど可哀想に、これは頭が足りない子に違いない。……キャスリーンはそう納得することにした。
手当のお陰で傷は綺麗に治った。サニーが作り、運んでくる毎日の食事は温かく、そして美味しかった。キャスリーンはいつもそれにケチをつけた。クラウドはサニーの部屋で生活するように言ったので、キャスリーンはまんまとベッドを独り占めにして、サニーを床で寝させた。サニーは通いもしない学校の勉強はよく出来るようだったが、それだけだ。キャスリーンは〝頭が足りない〟という彼に対する評価を、今も昔も揺るぎなく持ち続けている。
でなければ、クラウドを殺そうとするものか。キャスリーンは他のあらゆる点を棚上げにして、それだけでサニーの全てを否定することが出来た。
――すなわち、あんたなんか大嫌い。
(サニー、あたしあなたを見てるとイライラするわ、おバカさん)
大事に大事にクラウドに守られて育ったくせに。優しいお兄ちゃんにずっと可愛がられておきながら、その恩に何一つ報いるどころか仇で返した。あの最低野郎。
「ばか。ばーか、サニーのばか。死んじゃえ」
歌うように節をつけて言いながら、キャスリーンはベッドから降りた。思ったより大きな足音になって、クラウドが起きなかったかびくびく振り返る。
男は安穏と寝息を立てるばかりだ。
キャスリーンは寝間着を脱ぎ捨てて、お気に入りのワンピースに着替えた。
サニーに会いに行こう。見つけたらまず、徹底的にひっぱたいて髪をむしってほっぺたつねって、それからどうしてクラウドを殺そうとしたのか訊きだすのだ。
「あたし、あなたを許さないわ。サニー」
クラウドが死んだら、キャスは爆弾になれなかったのだから。けれど、この広々とした地上世界のどこかで出会えたなら。その時は一緒に爆発してあげよう。
「うん、そうね。キャスと一緒に爆発してくれたら、許してあげてもいいわ」
自分の独白にくすくす笑いながら、キャスリーンは身支度を済ませた。さて、どこへ行こう。手提げのバッグに詰める物を吟味しながら考える。
クラウドを追っている彼らをどうにか迎えたいものだった。彼らは中間街で情報収集をしているかもしれないが、キャスリーンが一人でそちらへ行くには無理がある。
この地上新市街で、サニーと解体屋が行きそうな所? まったく見当が付かない。
ならば、自分が行きたい所を一人うろうろしても同じだろう。彼らは時間がないのだから、こんな夜明け前の時刻でも何かしら行動しているだろうし。
「うーんと――」
キャスリーンは宙を見つめて考えを巡らした。
「あたしが行ってみたい場所、クラウドと一緒でなくてもいい……そう、終戦記念公園!」
目的地を見定め、キャスリーンは両手を打ち鳴らした。
自分でその音にびっくりし、ドキドキしながらベッドを見遣る。爆弾魔は爆睡中。基本的に寝起きの悪い男なのだ。
キャスリーンは手荷物を確認して、そっとホテルの部屋を抜け出した。クラウドには後でメールでもしておこう。公園は最終目的地、たっぷり寄り道して行くのだ。
彼に内緒で、一人で知らない土地を歩く。その後ろめたさにぞくぞくしながら、子供らしい冒険心と好奇心でキャスリーンは軽やかに走り出した。
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