§04 違う道さえ選べたなら

 嘘だ、という言葉はサニーの口から出なかった。

 喉の奥で息と唾液が張り付いて、窒息しそうな気分を味わう。酸素が足りないせいか、急激に視界が暗くなり、音が遠くなった。

 だが開かれたままの耳は、一言一句レイモンの声を聞き漏らさない。


「おれの親父が目をつけて、爆弾造りを仕込んだからな。ほれ、てめぇも知っているデボルデ・クリニック、あそこの院長だよ。奴はそうやって、父親と母親を纏めてぶち殺したって訳だ。ああ、母親とは血が繋がってねーんだったな。で、親殺し野郎の弟は、実の兄貴を殺しにかかって……まったく、腹違いとはいえ血筋だなこりゃ」


 ひゃははは、というレイモンの笑い声が奇妙に歪んで聞こえた。

 直後、ぎゃっ、という短い悲鳴になってそれが潰れる。ぼんやりと、インヴァットが奴を殴りつけたのを知覚した。

 ぎゅ、と肩を掴むミズルの手に少しだけ現実感を取り戻す。サニーは気を取り直して、そっと彼女の体を離した。独りで大丈夫だという態度を作る。


「そうですね」


 僕は何を言おうとしているんだろう。サニーは自分がしゃべり出していることに、自分で驚いていた。そう思いながら、舌が動くに任せる。

 体の奥底から、何かが彼を駆り立てていた。


「僕は兄さんを殺そうとしました。死んでしまえばいい、殺すしかないって。父さんと母さんのことは何も覚えてないし、どうして兄さんが殺そうとしたのかなんて分からない。でも、多分同じようなことを考えていたんじゃないかって気がします。

 ……兄弟、ですから」


 レイモンも、その周りで口をきく気力もなく座り込んでいたテロ屋たちも、「何を言っているんだ、こいつは」と書いてあるように怪訝な顔で、サニーをまじまじと見た。気にせず続ける。


「でも、僕も兄さんも間違えました。きっとそんなこと、本当はする必要なんてなかったんです。あなたたちが意味もなく銃を撃つのと同じように。ここに居るのは、みんな同じ穴のムジナですよ。けど、僕はその穴から出たい。あなたたちや、兄さんと同じにはなりたくない」


 それはもう手遅れなのかもしれなかった。

 自分は昨日、訪れたデボルデ・クリニックで人を殺したのだ。オルキスと、もう二人。大好きだったボクシングの技と、大嫌いな爆弾の力とで。


「奴に復讐するんじゃないのか、てめえは。だから解体屋をたらし込んで……」


 レイモンではない別の誰かが言った。インヴァットに蹴り飛ばされてすぐ黙る。


「それをやったら同じなんです。僕は兄さんを捕まえる、あなたたちウェザーヘッドに殺されるより先に。そして兄さんがあなたたちをこれ以上殺すより先に。キャスが炸裂するより前に」


 言うほどにサニーは悲しさがこみ上げてきた。どうしてこの人たちは、人間爆弾でもないくせに、爆弾と同じぐらい向こう見ずなんだろう。


「……みんなバカみたいだ、殺して殺されて死んで死なせて、他にやることないの!? 僕たちは殺すよりも、もっと他に出来ることがないか考えなくちゃいけないんだ。あなたたちにはまだ、それだけの寿命があるくせに!」


 激昂がサニーの信管を刺激することが彼の不幸だった。頭痛にそれ以上しゃべることが出来なくなり、サニーはピルケースを取り出す。

 錠剤をむさぼるように噛み砕き、必死で飲み込んだ。背中を撫でるミズルの手が心地よくて、思ったよりも早く炸裂欲求の兆しは収まってくれる。それとも新しい薬のお陰だろうか?


「するとクラウディオが貴様らと関わったのは、十一年前ということだな」


 インヴァットはサニーに替わってレイモンらに話した。


「奴が貴様らの中でこなした仕事について、署で洗いざらいぶち撒けてもらおうか」

「そりゃ構わねえが、ここでのんびりやっている暇はあんのかい? そこの情緒不安定な不発弾に、こんな狭い所で炸裂されたらひとたまりもねえぜ」

「確かに時間はないが……」


 レイモンに言われ、インヴァットは渋い顔で眉根を寄せた。

 ここは中間街の中でも新市街寄りだから、ウェザーヘッドどもの身柄はTR・CPPDに任せればいいのだろう。だが、インヴァットはSB・CPPDだ、彼から連絡するのは色々と面倒があるのかもしれないと、サニーは推測した。

 どの道こんな大人数をぞろぞろ連行する訳にもいかない。迷った末、インヴァットはTR・CPPDに連絡を入れることにした。彼らの主に旧市街で活動していたので、後日SB・CPPDに身柄を引き渡すことになるだろう。互いの連携が円滑に取れればだが。


「人が来たわね」


 車の残骸から何とか無事な荷物を漁りながら、ミズルが暗がりの奥を見た。サニーもつられてそちらを見ると、何だか危なっかしい足取りの男が一人。

 最初サニーは、それを酔っぱらいだと思った。次の瞬間、その手にぶら下げられた拳銃に気づいて戦慄する。インヴァットがサニーとミズルを庇うように前に出た。

 男の姿が乏しい照明の元に現れる。よれよれの服に、片方靴が脱げた足。頭に巻いた包帯からは、黒い髪がこぼれている。ふらふらと体を左右に揺らす動き、そして弛緩した笑みは、麻薬中毒者そっくりだ。

 妙なのは、男は拳銃を握っているのではなく、テープで固定していることだった。

 ウェザーヘッドたちから悲鳴があがる。サニーもそうしたい気分だったが、悪寒に舌が凍り付いて喉から音が出ない。

 男の正体に気づいていないのは、ミズルとインヴァットだけだ。


「……マッセナ! こいつは爆弾だ!」


 レイモンに開示され、インヴァットが動く。そう、私刑によって死んだはずの男だ。サニーもその現場を見ていた。

 それがまさか死に損なって、人間爆弾として再利用されていたとは。

 マッセナは自らのこめかみに銃口を押しつけた。大事な何かが切れて、そのまま二度と締まらなくなってしまった笑みを浮かべている。

 その両目が赤く――命そのものの色に、輝いた。

 歓喜の叫びが辺りをつんざく。人間爆弾マッセナの快哉。


「俺は生まれ、生き、生まれ変わってここに在る。そしてまた俺の命は生まれ変わるのだ。炸裂する業火となって!」


 インヴァットがそれに負けじと吼えたが、銃声が彼の突撃ごとそれを圧し潰した。

 大気を丸ごと飲み干すような轟音。

 マッセナの頭が信管もろとも弾け、その身が光となって爆ぜる。爆轟と火炎が吹き荒れ、壁も地面も人間も、粉々に吹っ飛ばした。

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