§03 生まれるより先にさだめあり

 人間砲弾ことインヴァット・ジランドラにも、休暇中とはいえ刑事としての職業意識と、そこから来る矜持や義務感や美意識というものがある。

 サニーらを襲ったウェザーヘッド総勢十二名を叩きのめした後、彼は黙々とテープ式の手錠を全員にかけて数珠つなぎにすると、それが終わってから愛車の亡骸に寄り添うようにして地面に蹲った。武装とヘルメットは解除してあるので、素顔だ。


「ジランドラさん……」


 サニーはどう声をかけたものか考えあぐねた。とりあえずテロ屋どもはもう害はないのだし、体中痣と煤と火傷と打ち身だらけの姿はいっそ哀れみさえ湧いてくる。

 それより、口もきけない状態で、淡々と義務を果たしたインヴァットの方が、よほど精神的に追い詰められているように見えた。


「あの車、本当に大事にしてたから……こういう時って放って置いてあげた方がいいのかもしれないけどさ。そうするにも、ちょっと怖いくらいの落ち込みようねえ」


 ひそひそと囁くミズルにサニーも頷く。自分で車を解体し、今は単なるガラクタが残る場所で膝を抱えている様は、寒々とした憐憫がこみ上げてくる姿だった。今頃、愛車との思い出が走馬燈のように脳裏を巡っているのかもしれない。


「それはそうと――現実問題としては、地上へ出るのに鉄道を使わなくちゃいけないのが悩み処よね。徒歩じゃ遠すぎるし、裏通りの抜け道を探す暇もないんだわさ」


 ミズルはインヴァットが放り投げていた二丁拳銃を拾って、テロ屋の重傷者を手当てしていた。十二名中三名に麻酔を打って意識を落とす。


「列車に乗るんですか、僕」


 爆弾に公共交通機関を利用させるなど恐ろしい話だが、他に手段もない。


「次善の策だけど、睡眠導入剤で意識を落としてね。後は私たちが背負って乗るから、あまり心配しないで。ちょっと我慢してもらわなくちゃならないけど」

「はい。分かりました」


 まるで荷物の扱いだったが、サニーに文句を言う気はない。それより、サニーを背負って目立つ格好になる二人の方が大変だろうと思う。


「……ということなんですけれど、ジランドラさん」


 サニーはおずおずとその背に近寄った。

 すると何事か呟いているのが聞こえてきて、どうしようかと迷う。結果、意外と元気な好奇心と、純粋な心配から耳を澄ましてみた。


「うちの家系はいつもそうだ。爺さんはマセラティ・クーペを購入三日で爆発炎上され、親父はどこからか見つけてきたアストンマーチンで事故ってそのまま昇天。クルマにだけは手を出すなとお袋にきつく言い含められ実際オレだってそのつもりだったのに、聞き込みに行った先であいつと運命の出会いをしたんだ。見た目は骨董品だが中身だってかなり改造されていたし購入に三日三晩迷って仕事もちょっと疎かになったぐらいさ。その天罰がこれってわけかい神サンよ。畜生、ジランドラの血筋なんて絶えちまえ、もう二度と誰もクルマのことで不幸になることはないんだ。どうせオレは愛しのエヴォーラと添い遂げられない運命だよ……」

「落ち着いてください」


 思わずサニーが口を出すと、にわかにインヴァットは立ち上がった。


「これが落ち着いてられるか!? それともオレは落ち着いていいのか、あ!? オレが平然としてりゃあいつの魂が安らげるってなら幾らでもそうしてやるぞ!!」


 完全にメンチ切る顔のインヴァットに迫られ、サニーは泣きたい気分になってきた。怖いからではない、ここにきて休暇中の刑事が立ち直れなくなりそうだからだ。

 かと思いきや、インヴァットは急に賦抜けたような顔になった。

 がっくりとうな垂れ、今にも泣きそうな声で語り出す。打ちひしがれ、この数分で急激に老けたように見えた。


「分かるか、愛犬が死んだようなものだ……自分に家族同然の飼い犬がいたら、と想像してみろ。猫の方が好きだという変態ならそこで終わりだがな」


 猫派のサニーは「にゃんこ差別だ」と口を尖らせた。


「黙れ倒錯者め!」


 インヴァットは歯軋りで唇を歪めながらサニーに詰め寄った。


「オレは趣味の違いには踏み入らんし昆虫類も爬虫類も鳥類も魚類ももちろん哺乳類もペットとして愛好されることは全く否定しない。だが猫だけは駄目だ、奴らは不潔で害悪極まりない! 人の車を土足で踏み付け爪を立てる! うっかり轢いた日には夢見も悪い上、修理代もかかる!」

「ああ、もうっ……ミズルさん、何か言ってやってください」


 困り果ててサニーは解体屋を頼った。

 ミズルは腰に一挺、片手に一挺の銃を持ってテロ屋の見張りに徹している。彼女は銃を持っていない方の手を掲げ、ひらひらと振った。


「ごめん私ウサギ派」

「わぁん、やっぱり」

「いいから全員黙れ! 今から少しでもオレの血管に圧力をかけた野郎は、そのクソ穴のような瞳孔を二度と縮まらないようにしてくれるぞ! 分かったか!」


 そもそも最初から黙っているウェザーヘッドに対しては理不尽な命令だったが、どこからもインヴァットに異論はあがらなかった。あげようも無いが。

 インヴァットは包帯だらけの男の前に立った。

 ミズルの手当とは別に、自前の格好らしい。お陰で顔が見えないが、タイヤのようにでっぷりとした腹にサニーも見覚えがあった。


「レイモン・デボルデだな。お前がこの中では一番格上のはずだ、知っていることを話せ」

「たっ助けてくれ、刑事さん」


 恥も外聞もなくへつらう態度にミズルが眉をしかめた。


「自分から撃っておいて、今更なに言ってるの。ヤクのやり過ぎ?」

「そうじゃねえ、おれたちをあのイカれたクラウドの野郎から守ってくれよ!」


 手錠をされて不自由な肥満体を揺らし、レイモンは絶叫した。


「は?」

 と怪訝そうなミズルと、黙り込むインヴァットに見守られ、レイモンは続けた。


「見てくれ、おれのこの傷だって、今朝方あの野郎に手榴弾で吹っ飛ばされてこさえたんだぜ。あいつはおれたち全員、ぶっ殺す気だ! 一昨日からこっち、機械でも人間でも爆弾をバラ撒いて、片っ端からアジトを吹っ飛ばしていきやがんだ。自分を追ってこれねえようにな!」

「なんだって?」インヴァットが再び口を開いた。

「昨日もそうだ。潰されたアジトから引っ越した連中がド・ジョーン駅に入った時、そう七番線ホームだ、それを人間爆弾で列車ごとドカンよ。ニュースにもなったろ!? ああ駅の爆破は前からの計画だったんだが、そら、オルキスの野郎がそこのサニー坊にやらせようとしやがって。おかげでポシャッちまったんだが、元から用意してあった爆弾は残っていたって訳よ」


 サニーは話に参加しようと前に出た。以前から気になっていたことがあるのだ。


「そのオルキスさんは、なんで僕に駅を爆破させようとしたんですか?」

「失恋の腹いせじゃねえの」


 興味ありません、という素っ気ない態度でレイモンは首を傾げた。意味が分からずサニーが続きを促すと、ぺらぺらと事情を説明する。


「クラウドはまあ、女に興味ねえからってオルキスがしつこく迫っててな。酒の勢いでベッドに連れ込んだんだが、やっぱ駄目だったらしくてよ。次の日荒れてたぜぇ」


 サニーは平衡感覚を失って、背後に回ったミズルに肩を受け止められた。


――あのインポ野郎、男にも女にも勃ちゃしねえと思ったら……。


 オルキスの言葉はそういう意味だったのか。冗談ではない。


「どこまでもとばっちりねぇ」


 ミズルの囁きは慰めようとしているのか、ため息をついているのか分からないものだった。それが聞こえていたのかどうか、にわかにレイモンはヒートアップする。


「そのオルキスもてめぇらが殺しやがったんだろうが! 畜生、畜生! てめぇら兄弟揃って殺人狂だ、親殺しに兄殺し、自分の仲間も裏切って、無差別にやりまくりやがって!!」

「え……なんですか、親殺しって」


 サニーが聞きとがめると、レイモンはにやりと唇を歪めた。待ちかねた獲物が罠にかかった時のような、残忍かつ悪意ある表情。


「何だ、知らねえのか。てめぇの両親が車爆弾で死んだのは知ってるだろ?

 あれをやったのはクラウドなんだよ」

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