§02 愛をなくした人間砲弾の悲劇

「BGMを鳴らせ、野郎ども! 処刑用のやつをな!」


 号令一下、始まった猛乱射にサニーの腰が抜けかける。こんなバックミュージックいらない! 体を低くして陰を探すと、首根っこを掴まれた。

 もがけば「こっち」とミズルの囁き。安心して身を任せると、そのまま滑り込んだ陰は停まったインヴァットの車だ。車内は雪でも詰め込まれたように真っ白だった。これは完全に内装が駄目になっている。


「くそっくそっくそ、CPPDを舐めるなよ」


 呪詛のように悪態をつきながら、インヴァットが二丁拳銃で撃ち返していた。たちまち車体のエクステリアが火花に剥がされ、ボディがアバタだらけになっていく。


「囲まれたわね。よく見えないけど、十人くらいかしら」


 金切り声で撃ちっ放しのインヴァットと対照的に、ミズルは髪の毛先まで冷静なものだった。着実に狙いをつけては一発一発撃ち込んでいく。

 彼女が撃った後は明らかに火力が弱まり、逆にインヴァットが弾丸をばら撒いた後は、敵の銃火もヒートアップする。銃声の合間合間には、罵声が混じっていた。


「爆弾用の冷却弾って高いのよねえ。相手はウェザーヘッドか」


 ミズルの推測をサニーは保証した。率いているのはレイモンだ。兄に軍資金を持ち逃げされた彼らには、クラウドのみならずサニーを狙う動機は充分にあるだろう。


「加勢します」


 サニーは顔に手をやって霜を払い、ホルスターから銃を抜いた。安全装置の解除を音声ガイドで聞きながら、インヴァットとミズルに言われた射撃の心得を思い返す。

 車体の横っ腹に背を預けながら、さてどこから銃口を出したものか悩んだ。ミズルはうまく間隙を見つけては、さっと撃ってさっと引っ込む。

 手慣れた、という感じでとてもサニーには真似出来ない。インヴァットもデタラメにぶっ放しているようだが、引き際の心得ぐらいはあるようだ。

 自動車は内外の温度差で、ドアに結露が出来ていた。冷たく滴るその露が、サニーの体にも染み込んでいく。

 そのせいかどうか、冷めた視線の自分が居ることに気づいた。この硝煙と薄暗がりの向こうに、何人のマッセナがいるのだろう。何でみんな自前の口でしゃべらずに、銃の口に好き勝手まくし立てさせているんだろう、と。

 そう思っていたら、突如インヴァットは愛車の屋根に飛び乗った。そこからどかどか銃を撃ちまくる。サニーは思わず自分の得物を取り落としそうになった。


「ジランドラさん!?」

「キレたわね」とやたら静かにミズルが呟く。


 なるほど盾にされた車の様子は酷い物で、内部は冷却弾にやられているし、外装もおそらく総取っ替えになるだろう。

 しかしだからといって、弾幕に真正面から身を晒すのはどうか。


「この人殺しども、CPPDのモットーを知ってるかっ。アイ・アム・ロウ、我らこそ法にして秩序なり、だ。所轄じゃなかろうが課が違おうが、オレは今ここで貴様らに手錠をかけて転がすぐらいの権力を与えられている! だが貴様らがそのつもりなら戦争をしてやるぞ!!」


 しゃべっている間に弾丸がかすりもしなかったのは、今世紀最大の奇跡だったかもしれない。あるいはインヴァットの迫力に気圧されて、自然に狙いが逸れたかだ。

 クールダウンの持論はどこへ言ったのやら。驚きを通り越し、最早サニーが呆れているとインヴァットは一旦言葉を切った。

 すると、トレンチコートが変形を始める。コートが体に合わせて締まり、よりタイトなボディスーツに。襟元からヘルメットが展開し、光電性のストライプが輝く。テレビでしか見たことがない市警のフル武装。

 車から飛び降り、弾雨飛び交う真っ只中へ突撃を敢行する。火線がインヴァットに集まったが、白銀の装甲と化したスーツの守りはそれを一顧だにしない。


「くそっ、くるな、来るんじゃねえ!」


 ウェザーヘッド側の誰かが恐慌じみた声をあげた。同時に投げつけられた物を見て、サニーにも恐慌が伝播する。

 手榴弾。車上から降りたインヴァットの手をすり抜け車体に落ちる。


「逃げろ――ッ!」


 彼に言われるまでもなかった。走るサニーにミズルが体当たりのように覆い被さり、直後の衝撃と熱波から庇う。心臓が熱い手に掴まれ、絞られるように痛んだ。

 そのまま引き千切られそうな痛みが突き上げ、頭の芯を浸していく。

――炸裂欲求、それを予感してサニーの背筋がわなないた。銃を放り捨てるようにして、必死でピルケースを探る。


「貴様らやったな、やってくれたな……とうとう、やりやがったな?」


 にわかに降る凍て付いた声。インヴァットは踵を返し、車体の傍に歩み寄った。幸いして炎上こそ免れているが、全体がひしゃげ、歪み、酷い有様だ。

 インヴァットは見るも無惨な愛車の傍に屈み込んだ。ウェザーヘッドは不審に思いながらも、この機を逃すかとがら空きの背に雨あられと弾丸を注ぐ。


「貴様らオレの愛車にとどめを刺しやがって。まあこいつとの思い出は語ってやるのも惜しいが、オーケイ。そうだな、貴様ら無学者もハラキリは知っているだろう」


 当のインヴァットは、鉄風雷火どこ吹く風といった調子でしゃべり続けた。辺りは既に、硝煙と黒煙で黒白二種類の煙幕が立ち込めている。


「中でも、オレはムネンバラの気持ちだよ。ハラキリにも幾つか種類があって、無念の死を遂げるサムライは腹を切った時に自分のはらわたを掴みだし、敵に投げつけたんだとか」


 バヂン、と太い金属線の束が一度に断線したような音が、一瞬銃声を圧して響く。溶けた飴のように捻れた車体が大きく揺れ、軋み、傾げながら沈み込んだ。


「ジランドラさん? 何やってるんですか!?」


 サニーは何が起きたのかと、そっと避難した物陰から顔を出し、そして仰天した。自分が見た物を即座に否定するが、現実は否応無い重みで作業を続行中。

 インヴァットは、ゴムが焼け溶けて穴だらけのタイヤを一輪、手にぶら下げていた。今し方、軸ごとねじ切ったらしい。

 あまりのことに、銃撃もやんでいた。


「|断腸の思いというやつだ。貴様らもオレのムネンバラ、とくと味わえ」

「ちょ、ちょっとヴァッティ……何するのよさ?」


 ミズルの声すら〝クールダウン〟した刑事には聞こえていない。インヴァットは愛車の右後輪と右前輪それぞれのタイヤを手に、再び突撃した。


「介錯無用ッッ!!」


 その両腕でたわむ、コートの人工筋肉。掴んだタイヤを大きく振りかぶる姿は一見隙だらけ、だがその豪速と迫力と何より腕力につけいる隙もなく、標的にされた哀れなウェザーヘッドが二人纏めて吹っ飛ばされた。弾き出された独楽のような回転は、人体への配慮を別にすれば惚れ惚れするほどに鮮やか。


「くそっ、ヒスったデカなんざ冗談じゃねえぞ!」

「何がムネンバラだ! トチ狂ってカミカゼしたいだけじゃね!?」


 口々に罵りながら、テロ屋の銃口も掃射、掃射の嵐。路地での撃ち合いのはずが、戦場の最前線を思わせる熾烈な銃撃戦と化す。もっとも、こちらで撃っているのはミズルだけで、サニーは状況について行けず呆然としているのだが。


「サニーくん、援護射撃出来る?」


 ミズルに声をかけられて、サニーはやっと気を取り戻した。


「やってみます」と即応する。


 撃つのはこれが初めてだが、やるしかない。サニーは深呼吸すると脇を締め、インヴァットに狙いを付けるテロ屋へ向けて引き金を絞った。

 着弾――白いヘルメットの後頭部で火花が散る。


「おい、オレが生身なら今ので死ぬぞ!」

「す、すみません」


 サニーを怒鳴りつけながらも、インヴァットの足は止まらない。両の手からタイヤを投じ、正面の撃ち手から鼻骨をへし折る。そのまま急カーブして後ろ蹴りを放ち、別の一人から小銃を叩き落とした。

 ターンして愛車の屋根に飛び乗ると、息も絶え絶えの車体に手をかける。何をするかと思えば、メリメリと音を立てながらルーフを引き剥がした。

 屋根のみならずドアも反対側のタイヤも引き千切り、剥がし、片っ端からぶん投げる。人間と言うよりも怪獣の捕食行動じみた解体ショー。

 そのどれもが、べらぼうなサイズ違いのナイフ投げといった案配の正確さとスピードで集団を狙い撃ちにしていった。


「嘘ぉ!?」

「や、野郎」

「ででででっ」

「ばか逃げんじゃねえ!」


 ある者は鉄塊で頭を打って昏倒し、ある者は火の付いた鉄板で火傷にのたうち回り、ある者は狭い物陰に割り込んで震え、ある者は逃げに徹するばかり。


「ひどい……ひど過ぎる」


 インヴァットの一方的な攻勢をサニーはそう評した。他に言い様もないし、趨勢は明らかだというのに、攻撃の手はまるで緩まっていない。

 まるで鉄片をバラ撒く巨大なミキサーが、自動車を材料に人々を襲っているみたいだ。燃料タンクをきちんと避ける程度には、まだ分別がつくらしいが。


――事態が収拾したのは、インヴァットの愛車が完全に原形を留めなくなってからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る