Chapter05 予言者スタージョン

原稿用紙約47枚

§01 燃え尽きる前に、発て

「兄さんとキャスが見つかったんですか!?」


 朝、医院を訪れたインヴァットの話を聞いて、サニーは居ても立ってもいられず詰め寄った。


「とっくに現場からは逃走していたけれどな」


 昨日と違い崩した髪型のインヴァットは、コーヒーをあおった。被害を受けた当の料理店は死傷者多数、内装は全滅。伝統ある店構えが台無しと酷い有様だ。


「一緒に居たヒューズ嬢は、テロ屋どもにどでかいショットガンをぶん回していたという証言もある」

「まさか。キャスはまだ九歳です、大きな銃なんて撃てませんよ」

「恐らく、外骨格銃庄によるパワーアシストだろう。そいつがあればデカイ得物も取り回せるし、反動にも耐えられる。子供に持たせるにはぴったりという訳だ」

「そんな……」


 サニーは呆然としながら、半ば無意識にピルケースを探った。

 鈍化剤の錠を噛み砕いて、心に取り付く冷たい物を拭う。不快にざらつく思考が、頭の中でごろごろと回っていた。

 キャスの両親が死んだと報道されたのは、あの子が兄に連れられて出て行った後だ。家に帰りたくないと言っていたキャス、もしかして父母を殺したのもあの子なのだろうか。それとも、兄が頼まれて代わりにやった?

 気になることは他にもある。インヴァットの情報では、レイモンの実家があのデボルデ・クリニックだったという。兄がどこでテロリストと知り合ったのかと前から不思議だったが、これが答えだったのだろう。あそこの老医師が死んだのはもう十年ぐらい前だが、その頃にはもうウェザーヘッドと兄は繋がりがあったのだろうか。


「考え込んでも仕方ないぞ、導火線付きティンダー。奴は地上の新市街に向かっている。上のどこ、とはまだ分からんが、これで当てが出来たぞ」

「上、ですか」


 サニーにとって、新市街は遠い外国のようなものだった。知らない訳ではないが、およそ自分に縁があるとは思えないような土地だ。

 けれど小さかった自分に向かって、クラウドはよく言っていた。あの時計塔を見上げながら、「いつかこの穴ぐらから、二人で出て行こう」と。


(なのに兄さんは、自分だけここを出て行っちゃったのか)


 そのことにサニーが一抹の寂しさを覚えていると、目の前に温かなココアのマグが差し出された。ポニーテール姿のミズルからだ。


「なら上へ出る前に、中間街で情報収集した方がいいわね」


 中間街は本来、旧市街が存在するジオフロントのための整備通路だ。アクシデントで地上へ戻れなくなった時、連絡路として機能した。

 浮上することを諦めてからは拡張工事が繰り返され、現在は複数の層に分かれている。その中にはジオフロント内の環境を保つための重要施設から、市の上下を結び新市街の〝地下鉄〟を担う鉄道も走っていた。

 だが、そうした主要区域を少し離れると、そこにはスラムが広がっている。


「やっぱり、裏社会の情報屋……って奴に会いに行くんですか?」


 好奇心と疑問からサニーが訊ねると、インヴァットは肯定した。


「当然だ。あの辺には〝警察協力者〟ってのがいてな。みみっちい悪事を見逃す代わりに、その過程で拾った有益な情報を差し出してくれる連中がいるのさ」


 利害関係の一致する犯罪者に対するお目こぼし。それに眉をひそめるほどサニーも子供ではないが、インヴァットもそれを許容しているのは少し意外な気がした。さすがにこの刑事でも、その辺は割り切っているのだろう。


「ところで爆発太郎、お前にプレゼントがある」

「はい?」


 ごとりと音も重々しく、一丁の拳銃がテーブルに置かれた。


「お守りだ。身長十一ミリの神様が七柱ななはしら、お前が窮地に陥った時には、必ずや助けになってくれるだろう。ただしご利益は銃口の先から六メートル以内という所だな」


 サニーは恐る恐るそれに手を伸ばした。マッセナの持っていたリボルヴァーとも、ミズルが持っていた物とも違う、砲金灰色ガンメタルも美しい小物だ。起伏が少ないスタイルは滑らかで、武器と言うより精密なツールという印象だった。


「いらんとか言うなよ? 危なさと厄介さで言えば、お前よりこいつのが方がマシなくらいだ。爆弾にボクシングをやらせるぐらいなら、銃を撃ってもらうさ」

「分かりました。撃ち方、教えてください」


 人間爆弾は下手な火器よりも危ない。改めてそんな現実を突きつけられながら、サニーはそれに対応しようと前を向いた。手の中の拳銃は思ったより軽くて、人の命を奪える代物だという事実を却って重くする。

 サニーはインヴァットに教えられて、拳銃のユーザー登録を済ませた。一度トリガーから指を離せば安全装置がかかるので、暗証番号を入力して解除する。


「音はそんなに大きくないわ。撃つ時は目を閉じないようにね。脇はちゃんと締めるように」

「ま、そんだけ気をつければ、ぶっつけ本番でいい。当てようなんて思うな」


 ミズルとインヴァットから代わる代わるのアドヴァイスを受け、サニーは懸命に耳を傾けた。話の端々に、中間街がいかに危険な場所なのか強調され、次第に別の疑問が沸いてくる。


「そういえば中間街って、何でそんなに治安が悪いんですか?」

「あー……それはなあ」


 インヴァットは急にばつが悪そうな顔になった。


「原因は色々あるが、その中でも特にでかい理由は、警察の怠慢だな」


 苦々しく、そしてやるせない調子で答える様は、いっそ訊いたのが申し訳なくなるほどだ。


「一般人にゃあまり気にされんことだが、CPPDは新市街と旧市街で所轄が違うんだ。上がTR・CPPD、下がSB・CPPDだが、距離的な隔絶もあって、互いに全く別の組織という意識が強くてな。どちらの所轄とも曖昧な中間街で、互いの足を引っ張り合ったり、衝突を繰り返したりしている。おかげで取り締まれる犯罪も取り締まれず、かくて麻薬や銃器の密売、逃亡者の潜伏、誘拐、強姦、強盗と、あらゆる犯罪の温床になっちまっているって訳さ」

「センタープロヴィデンスの暗部が集約されたようなものよねえ」


 インヴァットの言葉を継いで、ミズルがそう締め括った。


「やっぱり、危険な所なんですね……」


 デボルデ・クリニックのことを思い出し、サニーは不安で眉根を寄せる。ウェザーヘッド以外にも、ああいう連中と関わらなくてはならないかもしれないのだ。

 ミズルはそれを笑い飛ばそうとするように、サニーの顔をにっこりと覗き込んだ。


「大丈夫よサニーくん、このお兄さん強いんだから。

 インヴァットってファーストネームは、元々ミサイルの着弾とか突風を表す言葉から来ていてね。そこから付いたあだ名も〝人間砲弾〟!」

「隙あらばそのくだらん呼び名を流布するのはやめてくれ。とっとと用意をするぞ」


 インヴァットに促されて、サニーはココアを飲み干した。移動に関しては彼が愛車を出してくれるという。ミズルはバイクしか持っていないのだ。

 これから向かう上層で何が待ち構えているのか、本当に兄を捕まえることが出来るのか、サニーが案じることは幾らでもあった。

 だが全く後のない自分にしてみれば、どれだけ気を揉もうが前へ進むしか道はない。まあ、出発するに当たって、サニーが用意する物などほとんど無いのだが。

 私物はクリニックでもらったブレザーぐらいで、プレゼントされた銃も、一緒に与えられたホルスターに吊るすだけだった。仕方がないので、サニーは一足先に車で待つことにする。

 インヴァットの車の趣味は、中々尖った物だった。

 二十一世紀初頭風のスポーツカー。ライトといいリアガラスといいテールエンドといい、細かくカスタマイズされている。いい意味で拘りの見える一台だ。


「ミズリィは医療器具を詰め込んでいるからな、もう少しかかるらしいぞ」


 しばらくしてやって来たインヴァットはトレンチコートを羽織り、まさしく出撃準備完了という頼もしさを漂わせていた。

 市民のモバイル・スーツは武装が禁じられているが、警察官ともなればその限りではない。市警や軍では様々な戦闘力を付加した制服を支給しているし、私服警官とて丸腰のモバイル・スーツを着て職務には就かないものだ。

 コートのそこかしこに、目立たないよう入っている金属のストライプは光電性の帯だ。大出力を確保するためのそのデザインだけで、インヴァットのそれが相当の重装備であると知れた。

 サニーは後部座席に、インヴァットは運転席にそれぞれ乗り込んでミズルを待つ。何となくお互い黙り込んでしまい、サニーは話題を探してホルスターをいじった。


「オレはな、人間砲弾よりも、〝銀の弾丸〟になりたかったんだ」


 先に口を開いたのはインヴァットだった。胸元からボロボロのペンダントを取り出す。傷だらけでくすんだ銀色のそれは、確かに弾丸の形をしていた。


「お伽噺の怪物を、一発で仕留める魔法の弾丸だ。だがね、現実には何でも解決してくれる特効薬マジツクブレッドは無い。だからオレは砲弾にしかなれんし、それで満足するべきなのかもな。自分のあだ名が嫌いなのは、悪あがきかもだが」


 人間砲弾と人間爆弾。どちらもそれを望んでいないのに、それしか成れるものがなかった。だけどサニーは、自分が本当は何になりたかったのか、改めて自問すると分からない。ただ、爆弾になんてなりたくなかったということだけは確信出来た。


「ジランドラさんは、まだ銀の弾丸になれるんじゃないんですか」


 彼は、もう爆弾以外の何者でもない自分とは違うのだから。


「本物の銀になれなくても……少しでもそれに近い、別の何かに」

「だといいんだがな」


 インヴァットはタバコを取り出して咥えた。まるでため息の代用のようにそれを吸い、吐く。


「だが、ミズリィも同じだ。あいつだって、復讐者でも犠牲者でもない何かになれるはずさ。どいつもこいつも、自分はこうだって決め付ける奴が多すぎるんだろうな」

「兄さんを捕まえられたなら、ミズルさんだって変われると思います」


 そう言うなり胸が痛んで、サニーは一瞬、自分の感情が分からなくなった。第一級献体刑、死よりも重いその地獄。兄はそれほどの刑罰に値する人間なのだ。

 だから彼を止めなくてはならない。その裁きのために兄から恨まれても、兄がどれだけ多くの人に憎まれても、弟の自分だけは彼が好きだから。だから、罪を重ねて欲しくなかった。


「ジランドラさん。僕が爆弾以外の何かになれるとしたら――」

「ごめん! 遅くなっちゃったわね」


 何かを言いかけたタイミングでミズルが現れ、サニーはついその先を飲み込んでしまった。ミズルはパンツルックにタンクトップ姿で、肩にジャケットをかけている。

 インヴァットと違って武装した様子はないが、あの革ツナギの仕込みを考えると、見た目通りに考えないほうが良さそうだ。腰のウエストバッグには、医療キットが入っているのだろう。


「よし、行くか」


 ミズルが助手席に乗り込むと、インヴァットは車を発進させた。

 旧市街の中央部には、ジオフロントの天井にまで届く螺旋階段のモニュメントが伸びている。階段その物は実際に使用されることはない。支柱のエレベーターを登って辿り着く頂上は、時計塔を真正面に望む空中庭園だ。

 ここが中間街の門前広場、旧市街の最果てである。

 いつもはド・ジョーン駅の七番線から、中間街への直通便が出ているのだが、少し前に爆破されてアクセスが悪くなっていた。おかげで、本来なら二十分ほどの道程に半日がかりだ。

 中間街へ続くトンネルに車は進んで行く。その遥か背後で、時計塔は今日も不規則な鐘の音を上げて、三人を送り出した。

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