§05 君は生きた火、心ある雷
ミズルが行った危険な賭けを聞かされて、サニーは腰が砕けそうになった。もしやこの解体屋は、度胸があると言うより無謀で過激なだけなのかもしれない。
思えば、銃を持った複数の相手に素手で殴りかかるなど、自分も無茶をやったものだが。けれど、あの時はそれが出来るだけの度胸があると疑っていなかったのだ。
サニーも、自分の頭に入っている信管と、危険性を知らないはずはない。
だから――自分は無意識に炸裂しやすい行動を取った、ということだ。それに思い至ると、改めてぞっとする。
ただ、ミズルが賭けに踏み切った理由の一つには、この自分への信用もあったのではないだろうか。それは好意的な解釈どころか、都合の良い想像ではある。
だが彼女は約束してくれたのだ、サニーを炸裂させないと。
だからサニーも、無言の内に炸裂しないと約束したつもりだった。
とうに自分の命はミズルに預けたのだから。何より、銃を口に突き込まれながら、力強さを失わなかった彼女の眼は信じられる。
「ねえミズルさん。拳で殴ると、痛いですね」
院長室を出た二人は、階下で医薬品を漁って互いの手当をしていた。
サニーは長年の練習で、拳を痛めないパンチの仕方など習得済みだったが、そういう類の問題ではない。手は折れた歯が刺さったりで、少々傷になっている。ミズルも少し口の端が切れたほか、やはりツナギの下は痣やら打ち身やらで散々らしい。
「……ナイフで刺しても感触が伝わるし、銃だって反動はある。でなくても相手の悲鳴を聞くし、硝煙を嗅ぐし、血が飛んだり死んだりするのを見る」
けれど、とサニーは思うのだ。
「爆弾には、そういうのがありません。爆弾自身も爆弾を使った奴も、相手が死ぬのも傷つくのも何も見えないから。何も感じない」
「そうよ。武器や兵器は、ずっとそうやって発達してきた。人間は臆病だから、自分が傷つかないように、相手が死ぬのが見えないように。出来るだけ遠くから殺すことを考え続けた」
包帯に傷口を覆わせながら、ミズルはそっとサニーの髪を撫でた。温かな手。
本当は彼女こそが、こんな温もりを必要としているはずなのに。サニーはどこまでも、自分が情けない。
服装の乱れは既に正しているが、引きちぎられたブラだけは元に戻らなかった。あんな目に遭ったのに、彼女の様子に変わった所などまったく見られない。
あそこで炸裂しかねなかったとしても、自分はもっと早く動いて、彼女を助けるべきだった。そう思うと、痛めた指が丸まって、固く固く拳を作る。拳で絞るように言葉を続ける。
「でも人間爆弾は、それとも違います。こんなの武器でも兵器でもない、ただの凶器なんです」
「でも人を殴った君の手は痛い」
ミズルは両手でサニーの拳を包み込んだ。
染み入るように温かいばかりか、柔らかくもある掌と、繊細な指。それが無理をしない穏やかさで、サニーの拳を、心をほぐしていく。
「それを忘れなければ、君は炸裂なんてしないわさ」
最後にミズルは、そっとサニーの額にキスした。
風のように軽いタッチだったが、それだけで顔が真っ赤になってしまう。思わず先ほど襲われていた彼女の姿がフラッシュバックし、怒りと羞恥と自己嫌悪で目がくらくらした。
「さっ、帰るわよん」
肩を叩かれて気を取り戻し、サニーはうつむき加減になって、女解体屋の後を付いて行く。今振り返られたら心臓が止まりそう。
デボルデ・クリニックには都合五つの死体が残されることになった。炸裂こそしないまでも、自分は人を殺してしまったのだ。そしてミズルも。
オルキスも、自分が凶器にして振り回した男も、まず確実に助かるまい。
もしかしたら一人ぐらいは助かるかもしれないので、市警に匿名で通報すると共に救急車両を呼んでおく。これが殺人事件として扱われたら、犯人は自分たちということになるのだ。
逮捕される前に解体されているだろうが、人間爆弾が殺人の容疑者になった場合、法ではどのような扱いになるのだろう。容疑者──危険物及び死体。責任能力無し?
とりとめのないことを考えながら、サニーはバイクの後ろに乗り込んだ。最初よりかなり照れながら、ミズルの腰に腕を回す。エンジンが唸り、バイクが発進した。
腹に排気の重低音が響く。自分とバイクは似ていると、その時不意に気がついた。
(そっか……これも、爆発なんだ)
エンジンの燃料に点火し、その爆発を推進力に換えて動くシステム。──炸裂の有効利用だ。不思議な、しかし悪くない気分。
解体屋であるミズルがそんな物に乗り、後ろに人間爆弾を同乗させている。この状況が出来過ぎている気がして、サニーは何だか笑いたくなってしまう。
街は眠るには早過ぎて、まだ多くの人が行き交っていた。基盤の目のように規則正しく建物が並び、その間を電動車や路面電車が縫って行く。
人間爆弾になったのがつい昨日のことだというのに、随分色々なことがあったものだ。もう何ヶ月もの出来事を体験したような気分だった。
酷く疲れていたが、あまりゆっくり休んでいる時間もないだろう。サニーがそう考えていると、ミズルはバイクに搭載された端末パネルを操作した。
自宅の家電LANにアクセスして、冷蔵庫の在庫を確認。これから作る夕飯のメニューでも考えているのだろう。インスタントでも構わないのに、何かこだわりがあるのだろうか。
「ミズルさん、料理なら僕も手伝いますよ。ずっとやってきたから、得意ですし」
「そう? じゃ、頼むわよ。何を食べようか」
何とも日常的な会話に心が和む。彼女が材料を挙げていき、二人で何を作るか考えるのが楽しい。それにほっとしていることが後ろめたかった。
僕は何をしているんだろう。そんな冷たい違和感が、サニーの背中にぴったりと張り付いて、お前は何てことをしたんだと責め立て続けている。
だが、今は最低限でも食事と休息が必要だった。約束した以上、自分はミズルの復讐に付き合う、兄を捜し出して捕まえる。少しでも自分の罪を償いたくて、却って罪科を増やしてしまったのは笑えない冗談だったが。
バイクの端末が着信音を立てた。
ミズルが応じると、聞き覚えのある声ががなる。
『――まったく、君の頭ときたら鳥みたいにぶっ飛んでいるんだな!
それで、今は天国に向かって羽ばたいているのか? それとも誰かをぶっ飛ばしに行く最中か、ミズリィ?』
「インヴァット……」
「刑事さん!?」
『二人とも、クリニックに戻ってこい。今すぐ、早急にべらぼうに確実にだ、分かったな?』
インヴァット・ジランドラ警部補の声は、歯軋りと血管拡張の二重奏だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます