Chapter02 ハート・トゥ・ハート
原稿用紙約48枚
§01 解体屋と刑事と爆弾と
センタープロヴィデンス市南部、三十番区はウォーラム街。
雑然としたここの通りは、ほんの数メートルの間に診療科も様々な医院が建ち並び、『お医者横町』と呼ばれている。
近隣住民は市の総合病院よりもここを頼りにし、深夜も煌々と看板を掲げる整形外科あり、急患で大わらわの外科ありと、日夜愛顧されて数十年。
その寝静まった一角に、新米女医が開業した小児科医院が佇んでいる。深夜も一時を過ぎた頃、院長のミズルトリス・オルブライトは、急患用回線に目を覚まされた。
『インヴァットだ。今日、匿名の通報で人間爆弾を確保した。今から二十分でそちらへ行く。大丈夫か? たらい回しにされてもうアテが無いんだ』
「ん。オーケイ、十五分で仕度するんだわ」
人間爆弾は、機械類や火工品である通常の爆発物とは異なり、あくまで生物である。そのため、無害化には従来の爆発物処理者ではなく、医療従事者が必要だった。
そこで誕生したのが、専門の訓練を施された『人間爆弾解体処理有資格医師』たちである。警察当局は必要に応じて、彼らに協力を要請することが出来た。
ミズルはそうしたボムドクター、俗に言う
二十四歳とまだ若い彼女は、医師としてのキャリアは無きに等しい。でありながら、こうして自分の医院が持てるのも、特殊技能所持者である点に請け負う部分が大きかった。そもそもが解体屋自体、まだ絶対数が少ない職種なのだ。
「よし、お仕事に行きますか」
体を起こすと、波打つ黒髪が、長々と彼女の背を流れ落ちる。ミズルは言葉とは裏腹に、枕元のルービックキューブを手に取った。
綺麗に六面揃ったそれを存分に崩すと、少し目が冴えベッドを降りる。それでもまだ足りない彼女は、五感の刺激を求めて端末を操作した。ニュースにチャンネルを合わせる。
『昨日、二十二番区プレア街で、フランシス・ヒューズさん二十六歳、エメリン・ロイさん二十五歳の夫婦が、自宅から遺体で発見されました。夫妻には長女のキャスリーン・ヒューズちゃん九歳がいましたが、現在行方不明。警察当局は、何らかの事件に巻き込まれたものと見て捜索中です。では、次のニュース……』
また嫌な事件だ。ミズルは金色の目を眇めて寝間着を脱ぎ捨てた。豊潤かつ引き締まって、メリハリの効いた肢体を晒しながらバスルームへ。熱いシャワーを軽く浴びて、完全に眠気を振り払う。体を乾かして、彼女はようやく部屋の電灯を点けた。
室内は機能的だがシンプルな内装だった。インテリアらしき物は二種類、壁一面にかかったジグソーパズルの額縁と、そこかしこに散らばる知恵の輪のコレクションぐらいだろう。
ミズルは真っ直ぐソファに近づき、置いてあった下着を身に付けた。続けて上着を持ち上げると、何だか重い。
襟の表示を確認すると電池が切れていた。充電ハンガーに引っかけて、適当に他を探す。モバイル・スーツは便利だが、こういう不便さもあるのだ。
人工神経研究の過程で誕生した電子繊維は、服飾に革命をもたらした。電子制御で布地を変形・変色させることが可能になり、従来にはない着心地や機能性はもちろん、より高い安全性や新しいファッション性が生み出されたのだ。
代わりの服に袖を通し、着衣モードを選択。独りでにボタンが閉まっていく間に、ミズルはタイトスカートや白衣を探した。最後に赤いリボンを選んで、背なの辺りで髪を束ねさせる。
「さあて、私のモルグは準備よし。ミズルはぐっと手際よし。爆弾は人じゃなし……っと」
仕度を終えて、ミズルはセンタープロヴィデンス市警(CPPD)のバンを迎えた。対人間爆弾処理係の刑事が、数人の警官と共に紺色の死体袋を運び入れる。
「すまないな、ミズリィ」
インヴァット刑事はばつが悪そうに頬を掻いた。
「他の解体屋さえ手が開いていれば、キミの所にこいつを持ち込むつもりじゃなかったんだが」
几帳面に撫でつけたオールバックの金髪に、アイスブルーの瞳。顔つきは優男その物だが、やたらと大柄の体に合ってない。そのちぐはぐさが妙な迫力を出している男だった。
「私は自分に持ち込まれる仕事に、注文を付けた覚えはないんだけど?」
「そりゃそうなんだがな」インヴァットは広い肩をすくめた。「オレの気が進まないんだ」
その刑事の反応で、ミズルは何となく今日の爆弾について見当を付けた。
──恐らく、また子供なのだ。彼が彼女にやらせたくない仕事といえば、そうと決まっている。
「ヴァッティお兄ちゃん? 私はあなたの妹や姪っ子じゃあないのよ」
「悪いね、心配性で」
他の警官を帰し、二人と爆弾はエレベーターで地下へ降りた。
三重の隔壁・二重のロックに守られた
ぴかぴかに清掃されているが、実に殺風景。白いタイル張りの床や、青白い照明は、細菌ごと潤いという物を殺してしまったかのようだ。当然と言えば当然だが。
ミズルは軽く機材のチェックを済ませて、死体袋のジッパーを降ろした。現われたのは、入れ物に相応しい青ざめた顔。
毛の色が分からないほど髪も睫毛も白く霜付き、血の気の無い頬も雪を被ったようだ。まるで雪山から直送された凍死体の風情。
「冷却ガスがきつすぎたのね」とミズルは苦笑した。
手で長すぎる前髪と霜を払っていくと、やっと顔が見えてくる。薄い頬に、細い顎の少年。綺麗なストロベリーブロンドで、造作は可愛いとさえ言える。
けれど、どことなく幸薄そうな顔立ちだというのが、ミズルの受けた印象だった。
(そういえば、どっかで見たような顔だわねえ)
どこの誰とは思い出せないけれど。
ミズルは少年の顔写真を市役所のサーバーに送り、データを照合した。エージェントから返ってきた結果をかいつまんで読み上げる。
「サニージーン・グレイス。十七歳ね、もっと小さいと思ったんだけれど、発育が良くないのかしら。ええと……両親は十一年前、車爆弾により死亡。犯人は不明。以後、異母兄のクラウディオ・グレイスと二人暮らし、か……」
「その兄は、極右過激派グループとの繋がりが疑われている」
ミズルは口を挟んだインヴァットにちらりと目を向け、先を続けた。
「五年前からミドルスクールを登校拒否。担任教師の訪問は、兄が病気を理由に断り、後ほど休学届けが提出された。ちょうどその頃から、自宅に妙な連中が出入りしてる」
「〝ウェザーヘッド・リポートマン〟。グレイス邸は、拠点の一つとしてマークされていた」
「注目するだけしておいて、放置した結果がコレって訳だわね」
ミズルは手にした端末を置き、代わって取ったペンライトでサニーを指し示した。目蓋を開かせて、光を当てる。丸くて大きくて、マスカットのような緑色の目だ。
「面目ないよ」
「この子は自分から爆弾に志願したのかしら。それとも兄に強要されて?」
「さて。そこまでは、本人に直接訊くしかないだろうな」
「事情聴取の後は、いつも通り解体処理ね。ねえインヴァット、それ少し待ってみない?」
「言うと思ったよ」
インヴァットは苦々しい顔で首を振った。
「確かにこの爆弾は、連中の内情を探るうってつけの手がかりだろう。これが人間なら、奴らの犯罪を立件する証人にもなれるかもしれない。
だが違う。こいつは人でなしの爆弾だ、放置しておく訳にはいかない。聴取で訊けるだけ訊き出して、それで仕舞いだ」
その性質上、人間爆弾が犯罪の証拠を握っているとしても、証人として保護すること、あるいは協力を求めることは困難である。
過去にはシェルター内に人間爆弾を閉じ込め、裁判まで生活させるという方法が試されたが、程なくして当人が炸裂してしまった。
人間爆弾をなだめすかし、周囲に被害が及ばないよう配慮しながら、重要参考人として扱うのはコストもリスクもかかり過ぎるのだ。ミズルもそれは分かっている。
爆発しても死ぬし、解体されても死ぬ。人間爆弾はその存在の始めから、死を免れ得ないものだった。
「キミの役目は捜査じゃない、解体だ。それが終わったら危険手当を受け取って、この間言っていた医薬品の購入に宛てるんだろう? さあ、仕事を始めよう!」
「オーケイ、誠心誠意、
死体袋は保冷のみならず保温にも優れ、スイッチ一つで氷詰めの爆弾も解凍してくれる。準備は完璧だった。あとは、ミズルが〝やる〟だけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます