第4話

「世話が焼けるんだから、もう」

 シービイは無感動な口調で呟くと、操縦席の両側から引っ張り出した信号ケーブルを、両胸のジャックに接続した。下半身の動力系が遮断されると同時に、フェライト電子脳が操縦系とインターフェースする。シービイは〈リプリー〉と一体化した。さらにボディをハーネスでGシートに固定。

「アルビレオ、出番よ」

『ほいきた。ちょっと待ってね』

 モニター画面の中で、すでにタイトスーツに着替え終えていたアルビレオは、ペイロード・ベイに仰向けに固定された〈ジレル〉のコクピットに乗りこもうとしているところだった。肩と腰のベルトを背もたれのフックに引っかけ、コクピット前面の主―従マスター・スレイヴコントロールに両足を突っこむ。がしゃりという音がして、足枷がはまった。

『OK、出して』

 アルビレオはヘルメットの気密を点検し、キャノピーを閉じた。アンロック警告灯が消えると同時に、透明なゼラチン状の緩衝液がコクピット内に注入され、彼女の体を羊水のように押し包む。動力系、チェック。各部レスポンス、チェック。武装アーマメントコントロール、チエック……。

 重々しいエンジン音を乾いた風の中に轟かせながら、〈リプリー〉はツートンカラーの巨体をランウェイ上に乗り入れた。転がってきたジュースの紙パックを、人の背丈ほどもある前車輪が泡のように押し潰す。全長七五メートル、オーソドックスなフォルムの前翼式スペースシャトルだ。見かけはありきたりの輸送機だが、内部にはスペース・サービスの商売道具がぎっしり詰まっている。各種の科学調査機器、工作機械、それに武器。

『こちら管制センター、大型機の緊急発進、最優先である。セクター・デルタ2を飛行中のローダー、左九〇度に転進せよ──〈リプリー〉、二〇秒後に発進どうぞ』

「こちら〈リプリー〉、ご協力を感謝します。STOLしますので、ランウェイを痛めるかもしれませんが、よろしい?」

『かまいません。ご武連を祈ります──あ、これが終わったらデートしませんか? 今夜、非番なんですが』

 シービイは鼻で笑った。「あなた、趣味悪いのね──〈リプリー〉発進します」

 四基のブースターがいっせいに吼えた。慄える陽炎のカーテンを曳いて、〈リプリー〉は走り出す。機首のリフトスラスターと、主エンジンの推力変向ベーンがランウェイを焼いた。速度が上がるにつれ、しなだれていた主翼が力強く反り返る。五〇〇メートル足らずの滑走で、車輪がすべて浮いた。一瞬後には砂漠の上に飛び出していた。

「背面投下。行くよ、アルビ」

『いつでもどうぞ。もてるお姐さん』

「余計なことは言わんでいい!」

 片方の翼がふわりと持ち上がった。四〇〇トンもある航空機が横転するのは、ちょくちょく見られる光景ではない。〈ジレル〉の発進時間を短縮するために、シービイとアルビレオが共同で編み出したテクニックなのだ。コクピット内ではシービイがさかさまになっている。

 完全に裏返った〈リプリー〉は、砂の海を舐めるように超低空で突進した。すさまじい対地効果によって、薄紙がめくれて丸まるように、地表の砂塵が巻き上がる。背面のペイロード・ペイのハッチが開き、三本のマニピュレーター・アームによって、〈ジレル〉が吊り降ろされる。

 全高一一・八メートル、人間に似たプロポージョンの低忠実度ロー・ファイデリティパワード・アーマーである。偵察用機として開発された機種の民間バージョンだが、バランス制御回路をバイパスして反応係数を大幅にアップしたうえ、各種のチューンナッブや補強を施してある。今回は右腕に九〇ミリ・ブラストライフルを抱え、左腕に複合装甲シールド、両腰に三連装ミサイルポッドを装着している。

 両脇のバーニャに点火。マニピュレーターが離れる。肩と膝関節から張り出した大小二対の可変角安定翼が、〈ジレル〉の重量を宙に支える。ハッチを閉じた〈リプリー〉は、横転しつつ上昇してゆく。〈ジレル〉は背中のメインスラスターを吹かし、はじかれたようにダッシュした。

 奮戦する〈ブリュンヒルデ〉が見えてきた。アルビレオは〈ジレル〉の機首を思い切り引き起こした。四枚の翼によってブレーキがかかり、失速する。素早く飛行モードから地上走行モードに切り換える。両足のホバーシステムを目いっぱい吹かせて、ふわりと着地した。

「ユッカ、三振、バッター交代よ」

「あーん、いつもいいところで横取りするんだからあっ」

「スターが出なきゃ、お話にならんでしょうが?」

「はっ、明るくなったわね、アルビっ」ユッカは精いっぱいいじけてみせた。

「敵はどこ?」

「あたしたちの真正面。さっきから潜望鏡みたいなの上げてる」

〈ジレル〉はフィギュア・スケーターを連想させる優美な身のこなしで地表を滑走し、〈ブリュンヒルデ〉の前に回りこんだ。なるほど、砂の中から突き出た斧のような形の金属体が、小さな砂の渦をいくつもまとわりつかせて、するすると音もなく移動している。そのはるか前方、薄紫色に染まりはじめた東の空を背景に、石油採掘プラントの鉄塔群が夕陽に光っている。

「正体がばれたもんで、プログラムが切り替わったのよ」シービイが言った。「隠蔽する気がなくなった。早いとこどうにかしないと、あいつ、証拠隠滅のために自爆するかも──プラントを道連れに」

「そんなことされたら、あたしらの信用、かた落ちじゃない!」ユッカがわめいた。

「何であんなもの上げてると思う?」とアルビレオ。

「慣性航法装置がいかれたんでしょうね」とシービイ。「この惑星の地磁気は弱いから、方位を知るには太陽や星に頼らなきゃいけない。ユッカたちの攻撃も、無駄じゃなかったってわけね」

 ミユがぱちんと手を打った。「んじゃさ、あれを潰して、ついでにペネトロスキャナーにジャミングかければ……」

 アルビレオはフェイスプレートの奥で狡猾そうに眼を細めた。「あいつは息が苦しくなって、浮かび上がってくるわけだ」

「そういうの、詩的表現って言うの?」シービイが混ぜっ返す。

 アルビレオはむっとした。「あんたこそ、ここんとと無駄口のボキャブラリーが増えたじゃない。増設モジュールでも買ったか?」

「お生憎さま、私のFUJI製バブルドメイン素子は、あんたの出来合いのニューロンなんかよりよっぽどインスピレーションに溢れてますのよ」

「ちょっとちょっと、そういうの後にしてよオ!」ユッカが割りこんだ。「この忙しい時に──もう、ワンパターンなんだから!」

「ほーんと。こんな仕事、早いとこ片づけて帰りましょうよ。お腹すいちゃったあ」とミユ。「あんまり長びくようだと、あたし、ユッカ食べちゃうよ」

「わーっ! 早くしてよ、アルビーっ!」

「んじゃ、ご要望にお応えして」

 アルビレオは潜望鏡から一定の距離を保ちつつ、〈ジレル〉をゆっくりと旋回させた。騎士の面頬を連想させる装甲板がスライドし、強化アクリルのキャノピーを覆う。同時に、外部モニターの映像がキャノピー内面に投影される。HUDがガン・モードに切り替わり、小刻みに震えるターゲット・コンテナに、ガン・クロスが重なった。

〈ジレル〉の九〇ミリ・ライフルの一撃は、正確に目標を射ち抜いた。


彼女たちの頭上はるか、暮れなずむ桜色の空の奥、静止衛星高度の闇の中にひっそりと停留している〈アラニアーニーⅡ〉の、幾重もの隔壁に閉ざされた中枢部で、マザー有機脳複合体オーガニック・ブレイン・コンプレックスは、メーザー回線を通して送られてくる映像を、黙して見守っていた。

 数多くの危険を切り抜けてきたにしては、四人のやり方は統一に欠け、まだまだ危なっかしい。しかし、リズベスはあえて口出しを避けていた。仕事を無事に完遂することよりも、四人がいかに精いっぱい活躍するかを見ることのほうが、彼女には楽しみだった。生前からの片腕であるシービイでさえ、この秘められた心情には気づいていない。気づいたら、おそらくいい気はしないだろう。

 私の愛しい分身たち──彼女たちの懸命な仕事ぶりを見ていると、まだ形ある肉体を持ち、翔び、闘い、愛した頃の、あの懐しい感覚が、記録の淀みの底から浮かび上がり、錆びついた情熱をくすぐるかのようだ。巨大なガラスのフラスコの中に閉じこめられ、たぎるような想いはとおに冷えてしまっていたが、四人は確実にそれを受け継いでくれている。だからこそ、あれやこれやと指図したくないのだ。彼女たちには、自分の操り人形になってほしくなかった。

(アルビレオ、油断してはだめよ)

 リズベスは心の中でそう呟いた。自分の力を過信しすぎるのがアルビレオの欠点だ。しかし、それは彼女の基本的性格そのものの反映であり、忠告して直るような性質のものではないことも分かっていた。確かにアルビレオの才能は素晴らしい。だが、いつかその高慢さが彼女の足許をすくうかもしれない。リズベスはそれが不安だった。

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